〜ふたり・番外編〜 「のどかな幸福の時間」
苦痛でしかないパーティーを終え、ネクタイを緩めながら車に乗り込む。
自宅とは全く違う方向に走り出す車は、口にしなくても目的の場所に運んでくれるだろう。
見上げた空には青白い月が輝いていた。
「景吾様、着きました。」
「ん?ああ・・・」
声をかけられて目を開く。
思ったより疲れていたらしい体を起こし、ドアが開くのを待って外に出た。
山の夜はシンとして冷えていた。
澄んだ空気が肺に沁みて、深呼吸をすれば凍りそうだ。
都心と比べるのもなんだが、かなり寒い。
「明日、連絡する。」
「かしこまりました。」
暗に連絡するまでは邪魔をするなと言い置いて背を向けた。
走り去るエンジン音を聞きながら、重い木の扉に手をかける。
ログハウスの小窓からは、俺を待つ柔らかな明かりが漏れていた。
「お前たち、は?」
車の音に気付いて飛び出してくるかと思ったが、出迎えてくれたのは犬たちだった。
不思議に思って訊ねれば、賢いアレンが俺を誘導するかのように振り返って歩き出す。
オレンジの炎が揺れる暖炉の前、そこにはいた。
クッションを抱くようにして、俺が選んでやったパーティー用のワンピースを着たまま眠っている。
背中にかけてあったショールがずれているのをアレンが口で引っ張り直しているのを見て、
俺が留守の間はコイツがとチョビの世話をしていたのだと分かった。
「いい子だ。」
主人に似たのか恋人が大好きな愛犬を労い、そっとの隣に膝をつく。
もう二十歳になったというのに、寝顔は小学生のままだな。
既に自分の手で女にしてやったというのに、いつまでも汚れなき乙女のような恋人に少しだけ嫉妬する。
いつまでも俺だけが恋い焦がれているようで悔しくなるんだ。
悪戯心が湧いてきて、まだ想いを告げていなかった頃のように寝ている唇を盗むことにした。
初めて唇に触れたのが小学生の頃だったから、いま思えばマセたガキだったと思う。
軽く唇に触れて様子を見たが、は気持ちよさそうに寝たままだ。
面白くないと思い、もう一度トライした。
今度は長めに唇を重ねたが、反応しない。
段々とムキになってきて啄ばむようにキスをすると、瞼や額にも次々と唇を落とした。
俺が遊んでいると思ったのか、犬たちまで面白がっての頬を舐める。
これには流石の眠り姫も瞼を震わせた。
「ん・・・?」
「お前、無防備に寝すぎだ。」
「景ちゃん?」
寝ぼけ眼のが睫毛を瞬かせてから、パッと笑顔になった。
そのままの勢いで両手を伸ばすと、俺の首に抱きついてくる。
子供みたいな仕草も愛しくて、そっと華奢な背中を抱きしめた。
「遅くなって悪かったな。」
柔らかく背中を撫でて囁けば、恋人は腕の中で首を横に振る。
「平気・・・アレンとチョビで遊んだから。」
「へぇ。なにしてたんだ?」
「鬼ごっこ。」
「お前も加わって?」
「そう。」
「そりゃ・・・遊んだんじゃなくて、遊んでもらったの間違いじゃねぇのか?」
「あ、そうかも。チョビが疲れてた。」
腕の中でが笑うたび、柔らかな髪が鼻先をくすぐる。
どんな香水より気に入っている恋人の香りを惜しげもなく吸い込んで目を閉じた。
冷えた体がぬくもってきた。
暖炉の炎だけじゃない、分け与えられる恋人の温もり。
俺たちは暫し言葉もなく抱き合う。
時間に追われていた一日が嘘のようだ。
お前といるだけで俺の中にある時計の針がゆっくりと動き出すのを感じる。
空気も光りも、吐息や瞬きさえ穏やかで、俺は体の底から力を抜いて息ができるんだ。
それは誰にもできないこと。
だけが俺に与えてくれる『幸福』だ。
「そうだ。景ちゃん、お腹すいてない?」
「ん?何かあるのか?」
腕の中から急に顔をあげたの前髪を額から退けてやれば、くすぐったそうに肩をすくめる仕草が可愛い。
「パイを焼いたの。」
「あれか?」
「ブルーベリーパイ。」
名前を聞いて、急に腹が減ってきた。
の頬を両手で包み、感謝のキスを額に落とす。
やっと空気が読めるようになってきたが恥ずかしそうに睫毛を伏せるのに満足し、
俺だけが触れることのできる桜色に唇を寄せた。
唇と唇が触れる瞬間、暖炉の炎が俺たちをひやかす様に音を立てる。
のどかな・・・幸福の時間。
お題 「のどかな幸福の時間」
2008/04/09
お題提供 『キミにうたう「すき」のうた』 葉祇桃花さま
はなばなしく笑う人
ねがいをそっと呟いて
のどかな時間の幸福
より道ついでに会いに来た
うぐいすみたいに歌う君
なきたくなったら呼んでくれ
きらめく青春を過ごす中に
すきだよ、なんて今更だけど
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