「もう一つの花」 番外編 〜声が聞きたい〜
「か・た・お・か・さ・ん」
『どう?』
見上げた従姉妹は親指を立てて微笑んだ。
「大丈夫、ちゃんと『片岡さん』って聞こえるよ。」
『よかった』
は両手を胸にあてて、ほう・・・と息をついて微笑んだ。
そんな姿に従姉妹の利香も、つい笑顔になってしまう。
恋をしたのね。
利香は少し歳の離れたを妹のように可愛がっている。
そのの変化に、利香は『恋』だとすぐに気がついた。
利香は手話もできる。
すぐ、に探りを入れた。
『片岡さんって?例の助けてくれた人?』
『誰から聞いたの?お母さんでしょ?もぅ〜おしゃべり。』
『そんなことは、どうでもいいの。で、どんな人?いくつ?』
『ステキな人。大人で・・・優しい。歳は利香ちゃんの彼氏より上だと思う。』
「ええ〜!本当に?」
手話にするのも忘れて叫ぶと、が少し困ったような顔をした。
『多分。相手になんかされない。片岡さんから見たら・・・私なんて子供だし。それに、片岡さんは健常者だしね。』
『。健常者とか・・・そんなの関係ないよ。は。
どうしたの?らしくない。いつも元気で前向きの貴方らしくないよ?』
『やっぱり臆病になるよ。聴覚障害者だから、優しく親切にしてくれてるのかもしれないし。』
突然。バシッと、背中を叩かれた。叩いたのは利香だ。
『痛いっ!なに?』
『っ!しっかりしなさい!専門学校に初めて聴覚障害者として入学した根性はどうしたの?
学校なんて行かなくても叔父さんが教える・・・って言ったのを突っぱねて、
入学試験を受けさせてくれって学校に直談判した根性があれば、怖いもの無しでしょうよ。』
『それとこれとは』
『違わない。歩き出す前から諦めちゃだめ!じゃないと、一生・・・諦めて生きるようになっちゃうよ!』
『利香ちゃん』
『らしく、ぶつかって行け!』
大げさに利香が片手を振り上げて、ゴーゴーと勢いづける。
それをハの字にした眉で見つめていただったが、ぶっと噴出した。
ふたり、ゲラゲラと顔を見合わせて笑った。
利香と別れた後。は、自分の家に帰りながら考えていた。
自分なりに自分らしく生きたいと頑張ってきた。
もしも幼い頃に音を失っていなければ、もっと気楽に何も考えず生きていたかもしれない。
耳が聞こえないのは、時に不便だとは思う。
でも、だからといって困ってどうしようもない・・・ということはない。
こんな私。片岡さんを好きになってもいいだろうか?
ううん。もう好きになってる。
穏やかな笑顔。優しい眼差し。細やかな気遣い。
専務秘書だから、仕事柄身についたものかもしれない。
けれど。仕事に関係のないところでも、初めて会ったときから彼の態度は変わらなかった。
気遣いが過ぎれば、かえって傷つくことも多い。
だが、彼の気遣いは心地よいばかりで、に引け目を感じさせたり傷つけるものではなかった。
「かたおかさん」
練習した言葉を小さく呟く。
音が分からないぶん、発音が曖昧だと思う。
それでも口にできる彼の名前が嬉しかった。
声が聞きたい。
片岡さんの声って・・・どんな音なんだろう。
私の名前を呼ぶ唇から零れる音は・・・どんな音色なんだろう?
聞きたいよ。あなたの声。
聞きたいよ。あなたの呼ぶ私の名前。
もしもカミサマが、ひとつだけ願いを叶えてあげるといったなら。
片岡さんの声だけでいい。
私に・・・聞かせて欲しい。
「もう一つの花」 番外編〜声が聞きたい〜」
2005.04.17
大好きな、あなたの声だから。
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