本気の恋 〜番外編〜 『空を越えて』












『今日は雨。そっちは、どうや?
 雨を見上げてアメリカの空は晴れてるかなぁと考えていたら後頭部を跡部に叩かれた。
 なんでもお前のことを考えている時の俺の顔は直ぐに分かるらしい。
 その度に『ウザい』と言われ続ける毎日や。
 ところで欲しいもんは見つかったか?そろそろタイムリミットやで?』





毎日の定期便であるメールを読んでから、は立ち上がってレースのカーテンを引く。
今にも泣き出しそうな灰色の空に笑みが浮かんだ。



「こっちも雨になりそう」



小さく呟いて、は遠くの恋人を想う。


誕生日のプレゼントは何がいいのかと、もう何度も聞かれている。
大好きな人から初めて貰える誕生日プレゼントだ。
訊ねられた日から色々と考えてみたのだが、これという物が見つけられないだ。


むしろ忍足が自分のために選んでくれたのなら何でもいい。
どんなものでも喜べる自信がにはあった。



「侑・・士」 



ただ、会いたい。



遠い空の下で自分のことを考えてくれている人のことを想うだけで、
胸が切なくて、それでいて甘い気持ちになる。


は空に向かい、好きでどうしようもない彼の名前を呼んだ。










『こっちも雨が降りだしたよ。
 プレゼントは考えたけれど思いつかなくて・・・侑士の選んだものなら何でもいい。
 声を聞かせてくれるだけでも嬉しいと思う。』





からのメールを読んだ忍足は、そのまま机に突っ伏した。
冷たい感触が火照った頬に気持ちいい。


素っ気ないようでいて、とても可愛いメールだと思う。


俺の選んだものなら何でもいいやって。
声を聞かせてくれるだけでも嬉しいやって。


肩をふるわせて笑ってしまう。
跡部に見られたならば、間違いなく『気色悪い』と殴られてしまうだろう。


好きや、好きや、好きや、可愛い人。
恥ずかしがり屋で素直になれない、美しい人。


忍足は体を起こし、頬杖をついて考える。
誰より大事な彼女に喜んでもらえるプレゼントは何だろうかと。










誕生日の当日、は朝から家族に『おめでとう』の言葉を貰って気恥ずかしい思いをした。
海外での暮らしが長いせいか、両親はとても仲が良く家族を大事にする。
度々の転勤を家族単位で移動するのも、家族は一つ屋根の下という両親の方針だ。



「そうそう。そういえば昨夜遅くに跡部のお家の方から電話があってね、景吾君がこっちに来るんだって」
「景吾が?どうして急に」



は朝の日差しがさすテーブルで、ティーカップを手に首をかしげた。
隣では年の離れた弟が「景吾兄ちゃんが来るの?」とハシャギだす。



「こっちで取引先の大きなパーティーがあるんですって
 それに景吾君も出席するからって。そのついでに少し顔を出すって言ってたわ」


「まだ高校生なのに景吾君も大変だね」
「跡部家の長男だもの。期待は大きいのでしょうね」



父親が新聞から顔をあげ、同情気味に話をする。
学校もテニスもあるだろうに、合間をぬって渡米までしてこなくてはならない従兄弟が可哀想になる。


それでも少しだけ・・・景吾から忍足の話が聞けるかもと期待してしまうだった。





は地元の名門校に転入したのだが、ここでも直ぐに人気者となった。
日本人とは違って臆せずデートに誘ってくる男のコたちを交わしつつ、友達もできて生活は落ち着いてきた。
中国などアジアからの留学生も多く、黒髪の男性も多い。
忍足に似た背中を見つけるたび、の鼓動は跳ねて足が止まってしまう。
そんな自分が恥ずかしくも愛しくて、消えることはない寂しさと切なさを抱えて空を見上げる。


だが今日はどこから漏れたのか、あちらこちらで誕生日を祝われて大忙しだった。
他所からの人間を受け入れてくれる心の広さはアメリカが一番で、愛想がいいとは思えない自分にも優しく接してくれる。
はたくさんのプレゼントを貰い、また甘いものを奢ってもらったりして楽しい一日を過ごした。





家に帰ると直ぐにポストを確認した
だが、忍足からは何も届いていなかった。


ひょっとしたら、と思う。


忍足のことだ。景吾が渡米すると知ったら、にプレゼントを渡してくれと頼みそうな気がする。
だとしたら忙しいスケジュールをぬって家に来るという景吾は、ポストマンよろしく配達に寄ってくれるのかもしれない。


どちらにしても今日は電話をしよう。
いつもは自分からなんて緊張してしまってできない。
だけど、今日はどうしても声が聞きたい。


独り暮らしの忍足には通話料の高い国際電話など望めない。
それでも彼は図々しくも景吾の家から、話のついでだと言って声を聞かせてくれる。



『お前のところに電話するって言ったら、勝手に付いてきやがった』



不機嫌そうに景吾は言うけれど、本当はのために忍足を誘ってくれているのだと思う。


いつも受け身ばかりでは何も伝わらないと思うから、今日ぐらいは自分から電話をする。
些細なことだけれど、にとっては大きな勇気がいることだった。





例年のように母親が手作りのケーキを作り、嬉々とした弟が飾り付けをする。
いつもは台所の手伝いもするだが、今日はお客様状態だ。
普段は帰りの遅い父親も家族の誕生日には早く帰ってくる。


賑やかに並んでいく料理を横目に、は母親が買ってくれた新しいワンピースに袖を通した。
柔らかな水色のワンピースに飾りは少ないけれど、品の良いもので肌になじむ。
あまり華美なものを好まない娘の嗜好に配慮しつつも、女のコなのだからと母が選んできた服だ。


正直・・・こんな綺麗なワンピースが自分に似合うとは思えないし、着るのも恥ずかしい。
それでも母の喜ぶ顔が見たくて、数時間の事だからと自分に言い聞かせる。


唇に控えめな色をのせ、少し伸びた髪を直していたら玄関の呼び鈴が鳴った。



景吾かな。



急いで階下に降りたは、腰を上げた父親に声をかけて自分が玄関に向かう。
覗いたインターフォンに懐かしい顔を見つけ、自然と笑顔になったはドアを開けた。



「いらっしゃい」
「よう。めかしこんでるじゃねぇの」


「あ・・これはね」
「ま、時間かせぎしてやるから楽しんできな」


「え?」
「あんまり遅くなるなよ」



久しぶり会った景吾は、を上から下へと眺めてから唇の端をつり上げた。
意味の分からないが首をかしげるのも構わずに、景吾はの手首を掴むと自分の背後に声をかける。



「オラよ、俺様からのバースデープレゼントだ」



景吾の背後で、停まっていた車のドアが開く。
その中から降りてきた人物を見て、は夢を見ているのかと思った。


漆黒の瞳がレンズの奥でを映し、ゆっくりと柔らかに細められる。



「お誕生日おめでとう、



侑士!?



そう思った時には駆け出していた。
跡部は振り返りもせずに玄関の中へと入っていく。


忍足は自分の胸に飛び込んできた恋人を受け止めると、ありったけの力で抱きしめた。



「ゆう・・し、どうして」
「とうとう我慢しきれずに来てしもうたんや。なぁ・・・お前をさらってもええかな?」



忍足の囁きを聞いて、は涙を堪えて頷いた。



ワンピースの裾がひるがえり、美しい軌跡を描く。
白く細い腕が漆黒が揺れる首にまわり、それに応えて節くれだった大きな手が華奢な背中を支える。
忍足は恋焦がれた恋人の甘い香りを胸いっぱい吸い込んで、そのまま柔らかな肌に口づけた。



空を越えて会いにきた。
会いたくて、会いたくて、とても我慢なんて出来なくて。
無理を言って、人に借りを作りまくっても会いたかった。



はただ会えたのが嬉しくて、胸がつまって言葉が出ない。
ただ子供のように大好きな人に縋りついて甘えた。










のいない時間を口先だけで誤魔化し続けた跡部が焦りを感じ始めた頃、
頬を染めたと笑み崩れた忍足が帰ってきた。



共通の友人と紹介された忍足が丁寧にの両親へ挨拶をしているのを横目に、跡部は肩をすくめる。
さりげなくの隣へと移動すると、さっきはなかったはずの首に揺れるネックレスを見て呟いた。



「忍足にしちゃ、いいセンスだな。今の服に似合ってる。だが・・・」
「な、なに?」


「ここ、跡になってるぜ」



とんとんと自らの耳の下を差した跡部が意地悪げに笑う。


耳の下に・・・跡?


何だろうと考えをめぐらせたの頬が、一瞬で真っ赤になった。
確信犯であろう忍足が二人を振り返り、にっこりと微笑む。



が帰国した日には、いったいどうなるのだろうか。
慌てふためくと満足げな忍足を見つめながら、再び跡部は溜息をついた。




















本気の恋 番外編 『空を越えて』 

2008/08/24 

リクエストにお応えして 




















テニプリ連載TOPへ戻る