確率は100パーセント 〜新婚生活編〜
乾と結婚して思うこと。
コイツが、こんな男だったとは!!
「ちょっと、起きて。今日、早く行くんじゃなかったの」
「あと・・・五分」
布団の中からくぐもった声が返ってくる。
五分、五分と既に三回目だ。
「もう十分たったの。ほら、起きなさい」
「なら・・・あと四分三十秒」
「どんな違いがあるのよ」
「・・・三分四十五秒」
「いい加減にしなさいっ」
力任せに布団を剥ぎ取った。
布団も何もなくなって、寒々しいパジャマ姿の乾が渋々というかんじて身を起こす。
はねまくった頭のままで目を擦ると、あくびを噛み殺しながら「あ〜あ」と伸びをした。
「毎日、毎日、いい加減にしなさいよ」
「もう少し愛情をもって起こしてくれると、すんなり起きられると思うよ」
「愛情てんこ盛りしてるでしょう?愛情がなかったら、起こさずに仕事に行ってるわ」
「君に望む俺が悪いのかな」
乾は僅かに首を傾げると、ベッドから私を見上げて自らの唇を指差した。
「なに?」
「キス」
「はぁ?」
「おはようのキスで目覚めると思うんだけど」
「おやすみなさい。もう遅刻しなさいよ」
呆れ果てた私は布団を乾に放り投げ、寝室を後にする。
後ろで乾が笑っているのが聞こえてきて、腹立たしいったらありゃしない。
この男に羞恥心というものはないのか?
付き合い始めてからも時々は思った。
思ったが・・・なんていうか付き合い始めの高揚感がそうさせるのかなとか、
付き合いが安定すれば、ベタ甘な言動も落ち着くのかなと考えていた。
それが、どうだ。
結婚して一緒に暮らすようになって、ますます乾のベタ甘度が上昇している気がする。
ハッキリ言って、ウザいぐらいだ。
派手に音を立てながら朝食の皿を並べていたら、メガネをしていない乾がリビングにやってきた。
早く顔を洗えと言いたかったが、真っ直ぐ私に向かってきた乾に怯む。
「・・・」
「な、なによ?」
いまだ慣れない切れ長の瞳は、レンズを通してじゃないと直視できない。
それを知ってか知らずか。
こうやってメガネをせずに私を見つめてくることがあって、その度に胸がドキドキするのは内緒だ。
見上げた乾は真面目な顔。
少々髪は跳ねてはいるが、いい男だと思う。これも内緒。
「言い忘れてたことがあって」
「う、うん」
「おはよう」
乾は私の手を取ると、結婚指輪のある薬指にキスをした。
瞬時に飛び逃げた私の運動能力は、なかなかなものだと思う。
「素晴らしい瞬発力だね」
「馬鹿なこと言ってないで、顔を洗ってきて!!」
「はいはい」
また笑いながら乾が洗面所に消えていく。
途中でゴミ箱に躓いていたが、メガネをしてないせいだと思う。
勝手に熱くなる頬が悔しくて、
また無駄に食器の音をたてながら朝食の準備を始める。
これが新婚家庭というものなのか?
いや、友人の旦那さんは淡々としていた。
人の知らないところではベタ甘だったのか?
違う。人は人だ。
私が戸惑っているのは、『あの』乾がこうなってしまったこと。
ふたりが友達だった頃、飲み屋で話したことがあった。
『また別れたの?長続きしないわねぇ。ちゃんとカノジョに優しくしてるの?』
『面倒くさいよ。そういうの』
『駄目ね。乾にはマメさも甘さも何もない』
『マメさと甘さねぇ。例えば?』
『そうねぇ。まずはメールとか電話には、きちんと応えること』
『時間の無駄って気がするな』
『その時点で乾は終わってる』
『もう終わったのか?早いな』
『いい?恋人が自分を大事にしてくれてるって思えるようにしなきゃ
あなたみたいに「誕生日?忘れてた」なんて言われたら、とてもじゃないけど付き合ってられないわ』
『男は記憶力が大事なのか』
『あとさ、恋人を褒めてる?新しい髪型が似合ってるねとか、その服可愛いねとか』
『変化してても気付かないね。そもそも、そんなに会わないから
二週間ぐらい会わなければ、変わってて当たり前だろうし。そんなことわざわざ言うのもね』
『乾・・・もう結婚は諦めた方がいいわ。寂しい老後を過ごしてね』
『それならも俺と一緒に老人ホームに行かないか?』
『冗談。私はね、全身全霊をかけて愛してくれる王子様と結婚して幸せに暮らすんだから』
『白タイツが好きだったのか。君にそんな趣味があったとは』
『そんなんじゃないわよっ』
『ふ〜ん。毎日のように愛を囁かれ、キスの雨でも降らせて欲しいわけだ』
『いいわね、それ』
あの時、ほろ酔いの乾は居酒屋のテーブルに頬杖をついて笑っていた。
まさか・・・あの日の戯言を実践している?
唐突に思いついて愕然とした。
洗いかけのフライパンを手に考え込んでいたら、後ろから手が伸びてきた。
長い指が蛇口を押して、流しっぱなしの水を止める。
「やっぱり食器洗浄機を買おう。君の手が荒れるのは嫌なんだ」
耳元で囁くと、乾の手が背中から抱きしめてきた。
そっと首筋に触れる柔らかな唇。
焦った私は前で組まれた乾の手を振りほどき、勢いよく振り返る。
乾は振り払われた手に唖然としていた。
「乾、よく聞いて」
「ああ」
私の鬼気迫る声にパジャマ姿の乾が若干身を引く。
が、逃がさないように、シッカリと乾の肘を掴んだ。
「無理して王子様にならなくていいから」
私の言葉に乾が眉を寄せる。
「だ・か・ら、乾は乾のままでいいの。私のために無理しなくていいってこと。分かる?」
今さら乾が誕生日や結婚記念日を忘れたとしても、そんなの気にするタイプの私じゃない。
朝からキスを強請られる恥ずかしさや、
雨のように降ってくる甘いセリフにどう反応していいのか困ることも身をもって理解した。
だからもういい。
乾は独りの寂しい老後を回避することができたんだし、自分を繕うことはない。
私のつまらない夢物語に付き合って、ここまで努力してくれた乾には申し訳なかった。
心から詫びるような気持ちで乾に訴えた。
だが・・・
「よく分からないんだが、王子様って?」
「へ?」
「俺は別に無理してることもないんだけど。まぁ強いて言えば・・・」
少し考える素振りをした乾が、見たこともないような甘い笑みを浮かべて手を伸ばしてくる。
そっと私の頬に触れると、次には身をかがめて額にキスをした。
くすぐったさに身をすくめても、乾の手が逃がしてくれない。
「もっと触れたい。君のために無理しなくていいと言うのなら、俺から逃げないで」
真摯に見つめられ言葉を失った。
「恥ずかしがってるのも可愛いけどね」
乾の顔が近付いてくる。
やっぱりメガネがないほうがオトコマエだ。
その顔には弱いのよ。
思いながら目を閉じる。
爽やかな朝にしては濃厚な口づけを受け入れている横で、やかんが沸騰していた。
エントランスを出て駅に急ぐ。
時計を確認して、遅刻ギリギリの時間なことに溜息が出た。
「45分の電車に乗れるか微妙だわ」
「朝から走るのか・・」
「誰のせいよ!!」
どう考えても、朝からベタベタとして離れなかった乾に原因がある。
ブツブツ文句を言っていたら、先を歩く乾が手を差し出してきた。
その手には私とお揃いの結婚指輪が朝の日差しに輝いている。
「ほら。そこの交差点まで走れば間に合うよ」
私の手を寄こせということらしい。
躊躇っていたら、素早く乾に手を取られて引っ張られた。
慣れてしまった温もりと大きさの手。
私は赤面しながら、俯き加減に手をひかれて走るしかない。
ご近所の人に見られていませんようにと、ただ神に祈る。
「ねぇ、。気になってることがあるんだけど」
「なに・・よ」
少し走っただけで息が弾んできた。
最近はたいした運動もしてないくせに、平気な顔をしている乾が憎らしい。
「さっき話してた王子様って何のことだい?みょうに気になるんだ」
「もう・・・忘れて」
私が知らなかっただけ。
乾は根がこういう男だったんだろう。
もう諦めるしかない、そう悟った朝だった。
確率は100パーセント 新婚編
2009/02/05
一部のファンの皆様の熱烈なリクに応えて。甘すぎる乾に苦情はお断りです。
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