確率は100パーセント 新婚生活編3
些細な事だと乾は言うけど、私は許せなかった。
「乾の馬鹿!!」
「はいはい」
本気で怒っているのに全く相手にされてない。
乾は長い指を器用に使ってリンゴの皮を剥いている。
どこまで長く剥くつもりなのか。こんな時にゲーム感覚で皮むきに集中してるのが腹立たしい。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿。乾なんか大嫌い」
「そんなに連呼しなくても。それに君も乾だって」
「乾なんかと結婚するんじゃなかった」
「そう言うなよ。お、剥けた。すごいだろ?」
ほらと繋がったリンゴの皮を見せて満足げに笑う。
恋人時代は『嫌い』とか『結婚しない』とか口にすると、あからさまに拗ねた。
結婚したら何を言っても右から左ってわけ?
「もう離婚する」
「え?」
綺麗に剥けたリンゴを切ろうとしていた乾の目が丸くなっている。
やっと交わった視線に私は更に言葉を重ねた。
「離婚するの」
強い言葉に唖然としていた乾だが、我に返ると大きな溜息をついて果物ナイフを置く。
「俺のことはいいんだよ」
優しく言って、乾は子供にするみたいな仕草で私の頭を撫でた。
甘酸っぱいリンゴの香りと、いつもと変わらない乾の笑顔。
後悔が胸に押し寄せてくる。
「ごめん・・なさい」
こみあげる想いに声が震えてしまった。
分かってる。
乾が悪いんじゃない。すべては私が悪い。
それが悔しくて、情けなくて、乾に八つ当たりしてるだけ。
「ごめんなさい・・私のせいで大事な仕事」
顔を覆った私の肩をそっと包んでくれる乾の温もりに涙が零れた。
ずっと咳が続いて体調が悪かった。
だけどスタッフが家の事情で急に辞めて、それじゃなくてもギリギリの人数でまわしていた職場で休めなかった。
無理をしてたのは分かってる。乾が心配して、何度も休むように言ってくれた。
それなのに自分を過信して聞く耳を持たなかった。その結果が、今だ。
私の左腕から伸びるチューブの先には規則的に落ちていく点滴がある。
真っ白な壁で囲われた病室にいる私。
昨日までは体を起こすことさえ辛かった。
乾はベッドに腰をおろし、横から私を抱き直すと頭の上で囁く。
「君は変なとこで真面目だから自分を責めるけど違うんだ」
違わないと乾の腕の中で首を振る。
私が重症の肺炎を起こして入院したのは、乾がアメリカに出立する前日だった。
大きなプロジェクトを任され、半年を費やして準備したのを知っていたのに。
アメリカに行って欲しかった。
私には両親だっているし、病院は完全看護だ。
何故ここまで努力してきた仕事を簡単に放り出すのか。
高熱を出していた私が気付いた時には、もう乾は渡米をやめると決めてしまっていた。
「違わない」
「違うよ。俺が君の傍にいたかった。君がどんなに自分を責めて苦しむかを知っていてもね
これは俺の我儘なんだ。病気の君を置いてアメリカに行ったら、俺が後悔する
だから、俺は自分のために日本に残ったんだ」
穏やかな乾の声が触れた胸から直接響いてくる。
ゆっくりと言いきかせるような声色。
「それにね。うちには優秀な社員が沢山いるから、俺が抜けたって大丈夫さ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃないよ」
乾に甘やかされてる。
分かっているのに、慣れてしまった温もりに後悔さえも負けてしまいそうだ。
「それにね」と乾が私の体を離した。
視線の先には何故だかとても嬉しそうな乾の顔。
「会社には代わりの人間なんて山ほどいるけど、
こうやって君を抱きしめることができるのは俺だけだ」
結婚して良かったよと弾む声で付け足された。
「馬鹿」
零れる涙を拭って泣き笑い。
そんな私の顔を見て、乾は蕩けそうな笑みを浮かべている。
この男は馬鹿だとしか言いようがない。
言いようがないけど、そんな馬鹿な男に馬鹿がつくほど愛されて幸せでないはずがない。
「乾・・・」
手を伸ばして乾の首にまわせば、待ってましたとばかりに再び抱きしめられた。
もっともっと、この人を大事にしよう。
ずっとずっと、愛していこう。
乾が私を愛してくれるのと同じように。
確率は100パーセント 新婚生活編3(リクにお応えして)
2011/04/23
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