『あ、一番星だ!』
そう言ってエージは空を指差した。
一緒に遊んでいた友達は既に帰り、公園近くに住む私たちだけが残っていた。
ジャングルジムにのぼったエージが指差した先には、夕焼けと闇との狭間で輝く一番星。
呼ばれてのぼったジャングルジムのてっぺんで、小学生の私たちは肩を並べて空を眺めた。
『俺さ、今日が誕生日なんだ。』
『え?ウソ!早く帰らなくていいの?』
『うん。うち、お父さんもお母さんも働いてるからさ、平日は遅いんだ。
だから週末に誕生日パーティーするんことになってる。』
『そっか。』
『今日はパーティーなしの普通の日なんだけど・・・本当は誕生日。』
そう呟くエージが少しだけ寂しそうに見えた。
兄弟も多くて楽しそうなエージの家だけど、親が仕事してると大変なんだろうなと子供心に思う。
私はポケットを探り、残り一つの飴玉をエージに差し出した。
それはお小遣いで買った大きなソーダの飴玉だった。
家に帰って食べようと思ってたのだけど、他にプレゼントできるものがないから仕方ない。
『これ、あげる。』
『え?』
意味が分かってないエージの手に無理やり飴玉を握らせれば、目を丸くしたエージがパッと笑顔になった。
なんだか急に恥ずかしくなり、私は誤魔化すようにハッピーバースデーを歌った。
そんな私に合わせてエージも楽しそうに歌い始める。
私たちは顔を見合せて笑い、ジャングルジムの上で足をブラブラさせながら歌う。
エージは飴玉を口に放り込み、頬を膨らましながら笑ってた。
ただただ懐かしく、優しい思い出だ。
プレゼントを貰いに。
エージとは小学校からの付き合い。
ずば抜けた運動神経と、とびっきり明るい性格。
小さな頃から男女を問わず人気のあった彼だけど、今とは比べ物にならないと思う。
テニスを始めたことは知っていた。
毎日が楽しくてしかたないと目を輝かせているのを笑って訊いていた頃が懐かしい。
中学で大石君というパートナーを得て、目覚ましく成長したエージ。
あっという間に全国に名を知らしめるほどの選手になっていた。
もともとの人懐っこい性格もあって、学園の内外を問わず人気が出たエージの周囲には人が絶えない。
同じ中学、高校と進んできた私だったけれど、エージを囲む人の輪からは段々と外れていっていた。
今日はエージの誕生日だった。
廊下には一年生から三年生まで、たくさんの女のコたちがプレゼントを手に集まり賑わっていた。
噂では駅や校門前にも他校の生徒がエージを待っていたらしい。
「わぁ〜い、ありがとう!悪いにゃ〜」
帰りの玄関で耳にしたエージの声に、つい反応してしまった。
振り返れば、人の輪の中心でプレゼントに埋もれながら笑ってるエージ。
その屈託ない笑顔は変わらない。
その輪に入ることもできず、遠くから見てるしかない距離が今の私たち。
いつの間にかエージは手の届かない人になっていた。
「、ゴメン。」
立ち尽くす私は邪魔になっていた。
後ろからクラスメイトに声をかけられ横に退けば、不意に視線を上げたエージと目が合った。
やましいわけでもないのに、咄嗟に視線を逸らし歩き出す。
エージの目が見られない。
見られてしまったら、隠した胸の内を知られてしまいそうで怖かった。
校門を出れば、やっぱり見慣れない制服の女のコたちがいてソワソワしている。
彼女たちもエージを待っているんだろうと思えば、こだわりなく祝える立場が羨ましく思えた。
中途半端に友達という立場があって動けない私よりマシかもしれない。
そんなことを思いながら、足早に彼女たちの脇を通り過ぎた。
一度は家に帰り、服を着替えると塾に向かう。
いつもの時間に授業を終え外に出たら、夜の闇は深く、冷え込んでいた。
エージの誕生日は何でもなく過ぎていく。
澄んだ空には星が一つ、二つと輝いていた。
『あ、一番星だ!』そう言って空を指差したエージの横顔を思い出す。
あの頃は好きも嫌いもなくて、近くにいるのが当たり前だった。
一緒に遊んで、笑って、たまには喧嘩して。
何でも話せた二人だったのに、いつの間にか離れてしまった。
暗い道の角を曲がれば、子供の頃に通った酒屋の明かりが周囲を照らしていた。
前は古びた木枠の引き戸だった店も、数年前に建て直して自動ドアの洒落た店になっている。
それでも中では相変わらず駄菓子やアイスクリームが売っていて、今でも近所の子供たちが集まる場所だ。
酒屋の前で足を止め、店の明かりに目を細める。
この時間には小学生もおらず、酒屋のおばさんがレジに座って小さなテレビを見ていた。
私は久し振りに酒屋へ足を踏み入れる。
入った途端、店は新しくなったはずなのに懐かしい匂いがした。
少し道草をしての帰り道。
明るい都会の空に増えない星を眺めながら歩いていたら、公園のジャングルジムが視界に入った。
誰かいる。
ジャングルジムのてっぺんで、誰かが足をブラブラさせていた。
どう見ても子供じゃないし、変な人だったらと鼓動が速くなる。
とにかく刺激しないようにと公園の前を足早に通り過れば、突然後ろから名前を呼ばれた。
「おかえり。遅かったじゃん。」
「エージ?」
公園の薄暗い外灯が照らす姿を目を凝らして見つめれば、ニコニコ顔のエージだった。
エージは白地に派手な編み模様が入ったフード付きのセーターを着て、袖から指先だけが出た手で私を手招きする。
あまりの驚きと会えた嬉しさとで、また鼓動の速さが加わった。
誘われるままに公園に入っていった私はジャングルジムのエージを見上げる。
「こんなとこで何してるの?」
「を待ってた。」
「私?」
なんで?
声に出さなくても表情に出ていたのだろう。
明るくはない中でも、エージが私の顔を見て笑った。
「今日さ、俺の誕生日。知ってるでしょ?」
「まぁ・・・あれだけ騒ぎになってれば。」
「知ってて、は何にもくれないんだ。」
「まさか、プレゼントの請求?」
「あったりぃ〜。プレゼントをもらいにきたよん。」
呆れた。
こういうところエージは子供みたいに無邪気で残酷だと思う。
こんなことされたら、友達だって違う方向に期待させてしまうかもとか思わないのだろうか。
「いっぱい貰ってるじゃない。もう十分でしょ?」
「いんや、足りない。」
キッパリと答えるエージに溜息をついて、カバンの中を探った。
ちょうど良かった。さっき気まぐれで入った酒屋で買った飴玉があったから。
そういえば去年の誕生日は食堂でプレゼントを請求され、大事に取っておいたエビフライをとられた。
その前の年は書道の半紙がなくなったとやってきて、プレゼントでいいよねと袋ごと持っていかれたっけ。
他にも毎年やってきては、ついでのようにツマラナイものを私の手から持っていった。
「ハイ、飴ぐらいしかないの。お誕生日おめでとう。」
手のひらに載せた飴玉をジャングルジムのほうに差し出せば、エージが軽い身のこなしで目の前に飛び降りてきた。
咄嗟に後ろへ下がろうとしたけれど、それより先にエージが私の手を飴ごと掴む。
焦って手を引こうとしても強い力に逃げられない。
「エージ!?」
「、手が冷たいね。手袋したほうがいいんじゃん?」
言うなり掴んだ私の手に唇を寄せ、温かな息を吹きかけた。
エージの白い息がやけに鮮やかに見えて、私は言葉も出せず混乱する。
二度三度と息を吹きかけたエージは、そっと私の手を両手で包み顔をあげた。
ああ、どうしよう。
思い出の幼い笑顔が重なって、勝手に目の奥が熱くなってくる。
「飴、もらうね。」
ウン。声に出せず頷けば、大事そうに私の手のひらを開いたエージが飴玉を取った。
「さんきゅ。ついでに歌もうたってよ。」
「下手・・だよ?」
「下手なの知ってるから、へーき。」
「ひど・・」
私が泣きそうになりながら笑えば、頬にエージの温かな手が伸びてきた。
まだ流れてはいない涙を拭うように触れ、ほんの少し苦しそうに告げてくる。
「俺がね、自分からプレゼントをもらいに行くのはだけだよ?
だから無視しないでよ。なんか目も合わせてもらえないとヘコんじゃう。
に嫌われたかと思ったら、ちっとも誕生日が嬉しくないんだ。」
「私が・・・エージを嫌うわけない。」
「じゃっ、好き?」
ストレートな質問に瞬きを忘れた私に、エージは笑顔で追い打ちをかける。
「俺は好きだよ。ずっと、好き。
だからさ、も好きになってよ。」
エージは首を傾けて私を覗き込むと、しっかり私の手を握ったまま訊いてくる。
なんて人だろう。私の躊躇いなど軽々と飛び越えて、そうも簡単に私の欲しい言葉をくれるなんて。
「うわっ、泣くことないだろ?そ、そんなに嫌?」
胸がイッパイになると涙も零れて、それを全く違う方にとって慌ててるエージが可笑しい。
嫌じゃない。
エージが望むなら下手なハッピーバースデーも歌ってあげる。
今年も、来年も、その次の年も・・・ずっと。
子供みたいに泣きながら告げれば、
エージに思いっきり抱きしめられた。
「プレゼントをもらいに。」
2007/11/09 2007年お誕生日ss
沙羅ちゃんへプレゼント
追記・・・
先日かやちゃんと買い物に行った際、白地に赤い模様のカウチセーターがディスプレイされているのを見て、
「これが似合うキャラは絶対菊丸君!」と、意見が一致。
私の我儘で、カウチセーターを着た菊丸君SSを書いてもらいました。
かやちゃん、ありがとう!!
沙羅