無口な恋人 〜遅れた告白〜










手塚国光。名の知れたテニスプレーヤーの彼とは中学からの同級生だ。
彼はいつも輝いていた。きらびやかな輝きとは違う。
そこにいるだけで輝きを感じる、存在感の人だった。



中学時代からずば抜けた才能を見せていた彼。当然人気もあった。
女子の多くが手塚君に憧れているのを見て、彼女達と一緒にはなるまいと思っていた。


今思えば、そう考えている時点で彼を意識していたのだ。
けれど幼い私は、手塚君に恋なんか絶対しない。そう、心に決めていた。


中学3年の時、彼と同じクラスになった。
遠目に見ていた彼とは違って、それほど無愛想でもなかったが。
確かに無駄なことは口にしない無口な人だった。
頭も良くてテニスもできるのに、決してそれを自慢したり、ひけらかしたりはしない。
静かで思慮深い彼は、まだまだ子供のクラスメイト達に比べると異質だった。


女の子たちは手塚君を特別として扱っていた。


だが、私は違っていたと思う。というか、無理して普通のクラスメイトとして付き合おうとしていたのかもしれない。
恋愛抜きで接してくる私とは付き合いやすかったのか、手塚君はポツポツ話をしてくれるようになった。


話してみると好きな映画が一緒だったり、同じ本を読んでいたり、共通点が多かった。
録画していたビデオや本を貸しあいこしたり、休み時間に語り合うようになっていた。


3年の夏。私は、手塚君に違和感を感じていた。なんとなく・・・彼の纏っている空気が違う気がしていた。
彼が所属するテニス部は順調に勝ち進んではいたが、
全国に向けての予選も山場を迎えていたし緊張しているのかな・・・とも思った。


けれど、どうしても気になって。



「手塚君、何かあった?」
「ん?何がだ?」


「うーん。なんていうか・・・なんか雰囲気が違う。ピリピリしてるのとも違うんだけど。
 覚悟を決めてる・・・っていうか。緊張感を感じる。」


手塚君の目が細いフレームの中で大きくなった気がした。
でも彼は何も言わず、私の小説に手を伸ばして話をそらした。



「これ、面白そうだな。借りてもいいだろうか?」と。





そして、あの日。氷帝学園 跡部君との試合。
私は青学の応援席で泣いていた。


これだったのかと。私が感じた空気は・・・青学にかける彼の覚悟だったのだ。


苦痛に顔を歪めながらボールを追い続ける彼の試合を最後まで見た。
胸が裂けていくような痛みを感じながらも、目をそらさなかった。
彼がすべてをかけた試合だと思ったから。


試合が終わって、空を見上げた彼。
ベンチに戻ってくる時・・・ふと観客席に目を向けた。
一瞬、彼と目が合った気がした。だから私は頷いて精一杯の拍手をした。頬に流れる涙も拭わずに・・・。





そして私は。彼に恋をしている自分に気付いたのだった。





しばらくして。彼は九州へ肩の治療に旅立つと聞いた。


また泣いた。それでも、彼の肩が治る見込みがあるのなら・・・と神様に毎日祈って過ごした。



?』
「手塚君?」



セミが激しく鳴いていた暑い日。手塚君から突然かかってきた電話。



『しばらく九州で肩の治療をすることになった。あっちに良い医師がいるんだそうだ。』
「そう。はやく・・・治るといいね。」


『ああ。・・・お前に借りていた小説。まだ読んでいないんだ。向こうに持って行ってもいいだろうか?』
「うん。持って行って。そのほうが・・・嬉しい。」


『嬉しい?』
「少しでも手塚君のためになれるなら。ほんの些細なことでも・・・嬉しいよ。あ・・・でも、たいしたことじゃないけど。」


『いや。本があれば気分も紛れて助かる。』
「そう。」


。』
「うん?」


『試合・・・見届けてくれて、ありがとう。』
「ううん。私こそ・・・素晴らしい試合を見せてくれて・・・ありがとう。」



話の途中から。すでに涙がこみ上げてきて苦しかった。
必死に呼吸を整えながら、声が震えないように気をつけた。



『・・・じゃあ。』
「うん。気をつけて・・・」



切れた携帯電話。繰り返される機械音を聞きながら、私はしゃがみこんで・・・声をあげて泣いた。



あの夏。私は空ばかりを見ていた。



彼の手元にある私の小説。それが、私と彼を繋いでくれている。
私の代わりに・・・少しでも彼の心を癒せることができたなら。


そう思って。遠い空の下の彼を想った。















「何をしている?」
「え?ああ。懐かしい物を見つけちゃって。」


彼が私の手元を背中から覗き込む。
なんだ?と目で問うから、笑いながらカバーを外し小説の題名を見せてあげた。


ああ・・・と納得した顔を見せて。肩越しに伸びてきた手が小説をさらっていってしまう。



「確かに・・・懐かしいな。」
「覚えてたんだ?」


「当然だ。」
「手塚君、眉間に皺。」



難しい顔をする彼をからかったら、背中からぎゅうっと抱きしめられた。
首筋に埋めた唇がイタズラにキスしてくるから、くすぐったくてたまらない。



「ちょっ・・・やめっ。荷物が片付かないっ」
「お前が、からかうからだ。」



やっと開放されて振り向けば、彼は小説を懐かしそうにめくっていた。



「3章が面白かったんだ。」
「すごーい。内容まで覚えてるのね。」


「ああ。こればかり読んでいたからな。」
「え?他に本は持っていかなかったの?」



彼は本好きだ。どんなに忙しくても、僅かな時間を見つけて本を読んでいる。
そんな彼がテニスの出来ない治療期間に、本を持っていかなかったとは考えられなかった。


私の疑問に唇の端だけで笑い、彼は目を伏せる。



「持っては行っていたが・・・この本しか読む気がしなかった。」
「それって・・・」


「お前が貸してくれた本だったからな。これを枕元において、治療を受けていた。」



勝手に胸がドキドキしてきた。それって・・・まさか?



「お前を想いながら本を読んでた。」



     つらい治療も・・・お前がいてくれたから。乗り越えられたんだ。



今さらの告白に、私は言葉も出ない。
ただ、マジマジと彼の顔を見つめる。


照れくさいのか、フイとそらされた視線さえ愛しくて。
私は彼の胸に飛び込んだ。



「どうした?」
「だって・・・今さら、そんなこと。もっと早くに聞きたかった。」


「お前が俺のことを好きだと知らなかった。」
「好きだったのよ。ずっと、ずっと前から。」


「お前はいつも知らん顔して・・・友達だったじゃないか。」
「あれは・・・。他の子みたいに騒ぎたくなかったの。そしたら、友達から抜け出せなくなっちゃって。」



あの頃の切なさを思い出して、彼のシャツをぎゅっと握り締める。
大きな手が背中を包んで優しく撫でてくれるから体の力を抜いた。
彼の唇が髪に、額にと柔らかく落とされていく。



「遠回りをしたが、お前は今ここにいる。それで満足だが?」
「うん。私も・・・」



笑いながら口づけを交わす。



あの夏の日から10年以上が過ぎて。


やっと、私たちはあの頃の気持ちを打ち明けあった。





彼のマンションに引っ越す荷物は、まだ半分も片付いていない。




















無口な恋人 遅れた告白 

2004.12.25




















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