無口な恋人 〜素顔〜
手塚国光という人は、時々、突拍子のないことを平然とする。
彼の名前を聞いてイメージする姿は、クールで無口。感情の起伏が乏しい、ポーカーフェイス。
そんな感じだと思う。
だが、私の前に立つ彼は。
いろんな顔を見せてくれる。
とにかく彼の行動は突然だ。
中学から大学卒業。10年も友達を続けていて、一度たりとも『好き』だとは言わなかった。
何も告げずにアメリカに旅立っていき、私は長い片想いに別れを告げたはずだった。
なのに。
ある日、突然に訊ねてきたかと思えば抱きしめられて・・・彼は私の部屋に泊まっていった。
それから後も、約束無しに突然やってきては私の時間を奪っていく。
彼の情熱的な瞳を私は初めて知った。
時には、ひょこっと会社の待合室に立っていたりして度肝を抜かれたこともある。
突然にアメリカ行きの航空券を送りつけてきたり。
私の誕生日にケーキを探して、夜遅くに探し回ってみたり。
相変わらず口数は少ないのに、彼の行動は雄弁だ。
好きなのだ・・・と。欲しいのだ・・・と。
傍にいると、彼の心が伝わってくる。
一人で待つ時間が長いと、どうしても後ろ向きになってしまう。
些細なことにも敏感になって、彼を疑い・・・別れの予感に怯えてしまう。
その度に。
あの瞳で。無口な彼が、私を力強く引っ張ってくれた。
「まだ、起きてたの?」
「ん。明日のことを少し・・・な。」
ベッドの上、難しい顔をして資料に目を落とす彼。
明日からは全米トーナメントの取材と解説のために渡米する。
引退後の仕事は順調のようだ。心配していた解説業も、無駄がなくて評判がいいらしい。
ドレッサーで髪を乾かそうかと思ったけれど、邪魔になるな・・・と洗面所に向かう。
ドライヤーをコンセントに差し込んだら、鏡に彼の姿が映った。
「どうしたの?」
「俺がしてやろう」
「え?あ・・・ちょっと」
突然のことに慌てる私など気にも留めず、彼は私の手からドライヤーを取り上げる。
振り向く私の肩を、ぐっと抑えると。瞳で『じっとしてろ』と制する。
仕方なくおとなしくすると、大きなモーター音と共に熱風が注がれた。
彼の指が私の髪をすくっていく。
目を閉じて、彼にされるがまま。
心地いい。優しい指先。
繰り返される手の動きは、まるで愛撫のようだ。
「。」
「うん?」
名前を呼ばれて目を開ければ、鏡越しに真っ直ぐ見つめてくる彼の顔があって、今さらながら照れてしまった。
彼はじっと私の顔を見てから、ドライヤーのスイッチを切ってしまう。
「あ・・ありがとう。」
終わったのだと、お礼を口にした途端。背中から、ぎゅっと抱きしめられた。
片手にドライヤーを握ったまま、胸の前で交差される手。
「手塚君?」
「・・・お前も、手塚だ。」
「そっ・・そうだけど。もう、まだ慣れないの。ね、あの・・・」
私の肩に顔を埋める黒髪がくすぐったい。
だが、それより何より。抱きしめられている自分の姿を鏡で見るのは恥ずかしすぎる。
なんとか彼に離して貰うか、鏡から逃れたい。
「あのね・・・ちょっと」
「、一緒に行かないか?」
「え?アメリカ?だって・・・」
今までとは違う。
アメリカに行ってしまったら、何ヶ月も戻らないのとは違うのだ。
ここを本拠地にしてアメリカへは仕事に行くだけなのに?
私のもとに。必ず帰ってくる。
なのに。
「離れるのは、寂しいんだ。。」
息が止まる。心臓を鷲づかみにされる・・・って、こういうことを言うのね。
くぐもった声。
顔をあげない、彼。
甘えてる、あなた。
こんな嬉しい言葉。
突然の我儘が・・・あなたらしくて。
「一緒に行ってくれないか」
突拍子のない彼の言葉に、明日からの仕事はどうしようかとか。
今から荷物をして間に合うのかしら?と、考えをめぐらせている自分がいる。
顔をあげた彼と、鏡越しに目があった。
意識して。困ったような顔を見せたのに。
ふわっと、彼が嬉しそうに笑うから。
私もつい、つられて微笑んでしまった。
「飛行機の手配をしなくてはな」
そう囁きながら、首筋に落とされる唇に目を閉じた。
誰も知らない手塚国光。
私にだけしか見せない素顔。
幸せは。私の手の中にある。
無口な恋人 〜素顔〜
シリーズ最終話です♪
ありがとうございました!
2005.04.03
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