無口な恋人 〜ルミナリエ〜           










仕事から帰って。まず、ゆっくりとお風呂に使った。お気に入りのキューブを入れて。


目を閉じて。何も考えずに、体を伸ばす。


ふと。季節外れの桜の香りに。


今頃・・・どうしているのかな?と。


海の向こうにいる彼の事を想う。


今年もまた、ひとりのクリスマスを過ごす。


もう、寂しさにも慣れてしまったけれど。





お風呂から上がって。
冷たいミネラルウォーターを一口飲んだところで、電話が鳴った。



「もしもし?」
『俺だ。』


「手塚君?どうしたの?」



思いも寄らない人物からの電話に慌てる。恋人からの電話に、どうしたの?もないのだが。
へたをすれば、1ヶ月ぐらい音信普通もざらにある恋人からの電話ならば、仕方ないだろう。



『今から行く。』
「今から?え?帰ってきてるの?」


『今日、帰国した。とにかく、今から行く。10分もすれば、つく。』
「10分?あ・・・もう。信じられない。」


『じゃあ。話は、後で。』
「あっ、待って。」



すぐに切られてしまった電話。出るのは、溜息。


時間は10分しかない。


部屋を片付けるか?髪を乾かすか?化粧をするか?


迷っている間にも時間が過ぎていく。
彼が10分といえば、10分で来るのだろう。


とりあえず、バスローブから部屋着に着替えた。
それから慌てて、テーブルの上を片付ける。


お風呂に入ったのだから、当然・・・素顔。
それは、あまりに辛い。慌てて、鏡の前に立ち。
淡いピンクのリップクリームだけは塗った。


髪が濡れたままなのにも困って。少しでも・・・とドライヤーを持ったところでインターフォンが鳴る。


時計を見ると。ちょうど、10分が経過したところだった。





仕方なく。そのままの姿で、ドアを開けた。


そこには。3ヵ月半ぶりに見る、彼の姿。


久しぶりに見上げた、その漆黒の瞳に目を奪われて。
なのに。彼は、毎日でも会っているかのごとく淡々と玄関に入ってくる。



「久しぶり。元気そうね。」



ちょっと、嫌味も込めて言ったのに。



「ああ。元気だ。」



さらっと返されて。彼は、さっさとリビングに向かってしまう。


その背中を追いながら。
本当は、怒ってもいいのだけれど。会えた喜びのほうが大きくて、怒れない自分。
勝手に緩んでくる頬を押さえて彼の後ろについていった。



リビングに入った途端、振り返った手塚君が、じっと私を見る。
ほとんど素顔だし。久しぶりの彼に、つい途惑ってしまい。言葉で誤魔化す。



「何か飲む?夕飯は?」



返事の代わりに伸びてきたのは、長い腕。
あ・・・と思った時には抱き寄せられて、ぐっと腕の中に閉じ込められてしまう。



「ちょっ・・・待って。髪が濡れてるから。」



彼の胸を押したら。更に強く抱きしめられて。
抗議しようと顔を上げたら、口を塞がれた。





相変わらず、言葉の足りない彼。それでいて、強引に私を奪っていく。
それでも、逆らうことができずに。彼の思うがままに翻弄される。



キスの合間に。


「話は?」


と聞けば。





「話は、いつでもできる。」


と囁き。
そのまま、寝室へのドアを開けた。










翌朝。といっても、かなり遅く起きた朝。
やっと落ち着いて向かい合ったテーブル。彼が口にしたのは。



「今から、神戸に行く。」
「神戸?何をしに?」



彼のために常備している、日本茶をいれる手が止まる。



「行けば分かる。」



新聞に目を通しながら、あっさり答える彼に。いささか呆れる。
神戸って・・・いったい何を思って、何をしに行くのか、さっぱり分からない。
まるで、近所に行くみたいに軽く言うけれど。
どんな交通手段を使ったにしても、一日仕事になるだろう。


今から出たのでは、日帰りはきつそうだけど・・・。


チラッと彼を見ても。相変わらずの無表情で活字を追っている。
質問して答えてくれる人でないことぐらい、長い付き合いで分かっているし。
とにかく、行く・・・といったら行くのだろうからと。黙って、ついて行くことにした。










近くのパーキングに連れて行かれて。
「乗れ」と言われた車のシートに体を滑らせる。



「車どうしたの?」
「借りた。」



そして、車は走り出す。


ハンドルを握る彼に見惚れた。
向こうでは車での移動が多いと言っていた。さすが、運転が上手だ。


昨夜は、ただ抱き合うばかりで。落ち着いて、彼を見られなかったから。
今のうちに・・・と。じっくり見つめた。


途中、さすがに彼も居心地が悪くなったのか。



「そんなに・・・見つめるな。穴があく。」と。



冗談とも本気とも取れる言葉を零した。





長いドライブ。
彼はポツポツと話をする。この3ヶ月半の間に起こったこと。
テニスのこと。アメリカでの生活について。


私にも。「仕事はどうだ?」とか。「休みは何をしてた?」とか。
少しの質問をして。あとは、私が話すことを黙って聞く。


続かない会話。流れる沈黙。
それでも、別に苦にはならない。
ふたりの間にある空気は穏やかで。


空が青いな・・・とか。


今日は、あったかいね。とか。


そんな些細な会話と沈黙で埋められていく時間も優しかった。










神戸につく頃には、夕闇が迫っていた。


車は真っ直ぐに、三ノ宮近くのホテルに入っていった。
駅周辺は混雑している。週末の夕方だから、仕方ないにしても・・・凄い車だった。


車を止めて、フロントに向かう彼の背中を追いかける。
でも、一定の距離を置いて。目立たないように・・・私はついていく。


フロントで彼が話をしている間も、ロビーにいた数人が、彼に気付いていた。


突出した身長と容姿。どこにいても、目立つ彼。
すぐに、テニスプレーヤーの手塚国光だと知れてしまう。


彼は、私のことを隠すつもりはないみたいだけれど。
それでも、ついつい周囲の視線を気にしてしまう。





そっと、彼から視線を外し。窓の外を見ていた。
大きなガラス窓の向こうは、人通りも多くて賑やかだ。
そのガラスに映っている私は・・・平凡な女。


特別に綺麗でも、スタイルがいいわけでもない。どこにでもいるタイプだと思う。
なのに、何故・・・彼は私のもとに来るのか。

恋人・・・だと、私は思いたいけれど。
彼がどう思っているのか。正直・・・怖くて聞けていないのだ。



。行くぞ。」



呼ばれて振り向けば、彼が眉間に皺を寄せていた。


ん?と。私が、微笑めば。黙って、私の腕をつかみ。そのまま手を繋いでしまった。



「手塚君。ちょっと、手・・・いいの?」
「恋人と手を繋いで、何が悪い?」



はっとして、見上げれば。くしゃ・・・と頭を撫でられた。



「人目など、気にすることはない。」



泣きそうになった。涙を見られたくなくて。


寒いね・・・といいながら。手に息を吹きかけるフリをして、浮かんできた涙を拭った。










彼に手を引かれながら歩く、見知らぬ町。
それでも、人の波が同じ方向に向かっているのが分かった。


あっちこっちで、交通規制もされている。


お祭りみたいに人が多くて。
これぐらい多いと、私たちが誰なのかも。手を繋いでいるのも。そんなに気にならなくなってきた。


歩いているうちに。周囲は夜になっている。



「あ・・・綺麗・・・」



手塚君に手を引かれて。たどり着いた場所には、巨大なイルミネーションがあった。
暗闇に浮かぶ、繊細なデザインと明かり。


どこか神聖ささえ感じさせるイルミネーションに、言葉をなくす。



「ルミナリエだ。」
「ルミナリエ?」



彼の横顔も、明かりに照らされて。とても、柔らかだ。



「イタリア語のIlluminazione Per Festeが語源だそうだ。
祭礼、装飾芸術のひとつとして発展した建築物を起源とした光の彫刻。」


「光の彫刻・・・ほんとね。すてき・・・。」


「大震災後に、犠牲者の鎮魂と復興・再生へ希望を託して。
 この、神戸で開催されるようになったそうだ。」


「そう・・・。ん・・・分かる気がする。」



繋いだ手が引き寄せられて、そのまま背中から抱きしめられた。



に・・・見せたかった。だから・・・帰ってきたんだ。」


「ん。」


「お前と。見たかったから。」


「ん。」


?」


「・・・・・・。」



暗い空に浮かぶように、光り輝くルミナリエ。あまりに美しくて。


背中のぬくもりが、温かくて。


耳元で囁く、彼の声が優しくて。


この美しい光景を。私と共に見よう・・・と思ってくれた。あなたが・・・嬉しくて。





背中から覗き込んできた彼が、頬にキスをして囁いた。





「泣くな・・・。」
「手塚君?」


「ん?」
「連れてきてくれて・・・ありがとう。」


「ああ。また・・・来よう。」
「うん。」





私たちは飽きることなく。ずっと、光りの彫刻を見つめていた。



お互いのぬくもりを抱きしめながら。



心を。ひとつにして・・・。



私たちの未来にも。光りと希望が溢れていますように。



私の祈りに。彼は、ほんの少し笑って。



誓いのように。優しいキスをした。




















「ルミナリエ」  

2004.12.14





















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