無口な恋人 〜雪の日〜










小雪が舞う中。
駅から少し離れた公園に、あなたは立っていた。



「ごめんなさい」



久しぶりに出した声は掠れて、白い息と共に広がっていく。
彼は、ほんの少し瞳を細めると、私の方に体を向けた。


長身の体を黒いロングコートに包んで立つ姿。
見惚れてしまって、勝手に頬が熱くなる。



「すまない。急に呼び出して。仕事中だったんだろう?大丈夫なのか?」
「気にしないで。ちょうど帰るところだったの。
 手塚君こそ・・・どうしたの?今日は取材があるから忙しいって。」



半年振りの帰国。
全米オープンテニス後の帰国ということで、たくさんの取材があって忙しい、と電話があったのは数日前だ。


帰国した夜に、いつもの如く突然やってきて。
一夜を過ごしたら、それっきりになっていた恋人。


そんな彼から、仕事中に突然『会いたい』と電話がかかってきたのだ。
溜まっている仕事も放り出して、周囲が呆れるほど慌てて会社を出てきてしまった。


彼は私の言葉を遮って、自分がしているグレーのマフラーを外す。
それをそのまま、ふわっと私の首に巻いてくれた。



「だ・・・大丈夫、寒くないから」
「お前が寒くなくても、俺が気になるんだ。」


「手塚君は寒くない?大丈夫?」
「大丈夫だ。お前を・・・」



え?私を?



「・・・抱きしめるから」



聞き返そうとした時には、視界が真っ黒だった。
ウールの柔らかな感触が頬に触れる。
抱きしめられて。大きな腕に、くるまれた。



「ね?どうしたの?」


「取材を終えて外に出たら、雪が降っていた。」
「うん」


「舞う粉雪が綺麗だと思った。」
「うん」


「そしたら、お前に会いたくなった。どうしようもなく・・・お前に会いたくなって。我慢できなかった。」


「・・・仕事は?」
「取材後のディナーを断わった。」


「いいの?」
「いいさ。」



彼の抱きしめる力が強くなった。
私も、彼のコートをぎゅっと掴む。


素肌を合わせているわけでもないのに、じんわりと滲んでくる温かさ。


雪を見て、私を思い出してくれたこと。
私に会いたいと思ってくれたこと。



それだけで、もう・・・充分。



この数日の寂しさも。半年間の心細さも。すべてが、雪のように淡く消えていく。





、俺のもとに来ないか?」



彼の腕の中で目を閉じていたら、優しい唇と共に囁かれた言葉。
思わず顔を上げて体を離すと、漆黒の瞳が私を見つめてる。



「アメリカに・・・来ないか?」



信じられない言葉を頭の中で反芻する。



彼の傍に?
アメリカに?



意味が理解できたら、目元が熱くなってきた。


嬉しい。そう、言ってくれた彼の気持ちが・・・泣いてしまうほど嬉しい。


でも・・・



「ありがとう・・・ものすごく嬉しい。」
「そうか、なら」


「でも、いけない。」
「何故?」



彼が私の肩を掴んで、顔を覗き込んでくる。
真っ直ぐな瞳、大好きよ?



「無理・・・しないで。私がついて行っても足手まといになる。手塚君の重荷になるのは嫌なの。」
「何を根拠に?そんなものにはならない。」


「アメリカだけに、いるわけじゃないでしょう?世界中を飛び回る人に、ついてまわれない。
 異国で独りになってしまったら・・・きっと寂しさに耐えられない。」
「なら、世界中を共にまわればいいだろう?」


「ダメ。それこそ、あなたに迷惑をかける。大切なテニスに集中出来なくなるわ。
 とにかく・・・私のことで、あなたに負担をかけるのは耐えられない。」


・・・」



手塚君が、困惑した瞳で私の頬に触れてきた。
両手で頬を包むから、私も彼の手に自分の手を重ねる。



 愛してるの・・・だからこそ。
 あなたの重荷に、なりたくないし。なってはいけない。



 ・・・お前らしい、な。
 あと何年、テニスが続けられるか分からないが。


 引退したときは、お前をさらってもいいだろうか?



微笑んで頷いたら、頬を温かいものが滑り落ちていった。
頬を包んでいた指で、涙をぬぐってくれながら彼が呟く。



「お前は・・・不器用な奴だな。俺も、人の事は言えないのだが。」



フッと、口元を緩めて。
見つめてくる彼の瞳は、ただ、ただ優しい。



「忘れないでくれ。離れていても・・・お前を想っている。」
「うん。私も」



雪は静かに。
絶え間なく、揺れながら舞い落ちる。



「冷えてきた。帰って、毛布にでも包まるか?」



悪戯っぽい顔をした彼の腕に抱かれて歩き出す夜の道。





ねぇ、ずっと傍にいてね。



離れていても・・・心は傍に。




















「無口な恋人 〜雪の日〜」  

2005.03.17

囁かれたい・・・・・ by沙羅




















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