無口な恋人 〜髪を切って〜
ソファにくつろいで本を読んでいる彼の前髪が眼鏡にかかる。
そのたびに手でかき上げる仕草。
さまになっていて見ているだけでドキドキする。
もう何年も傍にいるのに。
いまだに私をドキドキさせる人。
あなたにとって私は?
私は今でも。あなたをドキドキさせることがあるかしら?
「何を見ている?」
「え?あっ・・・前髪。」
「ん?」
「少し伸びたな・・・って。」
ああ・・・という顔をして。自分の前髪を長い指で引っ張ってみせる彼。
少し考えるそぶりを見せてから、おもむろに立ち上がった。
引き出しを探って。出してきたのは普通のハサミ。
「切ってくれ。」
「ええっ。だ・・・駄目よっ。失敗したら大変だし・・・。第一、それ。髪を切るハサミじゃないもの。」
「前髪ぐらい、どんなハサミでも構わないだろう。」
「嘘・・・。」
彼は神経質そうに見えて、変なところでアバウトというか、こだわらない。
じっと私の顔を見つめて、ハサミを引っ込めない彼。
「眉チョンになっても知らないわよ?」
「そうなったら、しばらく外出せずにいよう。」
「やだ・・・本気?プレッシャーかけないで。」
「その時は、お前も仕事を休んで付き合ってもらうぞ。」
「え?」
「ずっと部屋の中で、お前を抱いて過ごすことにしよう。」
・・・・信じられない。真顔で言ってるわ、この人。
溜息をつきながらハサミを握る。
そんなことを言われて、今さら動揺している私。
彼にニュースペーパーを渡して、胸の前で広げてもらう。
緊張しながら少しずつ彼の髪にハサミを入れていった。
静かな部屋にハサミの音が響く。
眼鏡を外して、目を閉じている彼。
切った髪が端正な顔に落ちていく。
ああ・・・本当にステキな人。
世の中の人が憧れる手塚国光という人が。
今、私の目の前で無防備に瞳を閉じている。
なんだか夢を見ているみたいなの。
私みたいな平凡な女が、あなたの傍に居て。あなたに触れていても・・・いいのかしら?
慎重に少しずつ切ったおかげで、思った以上に綺麗に切れた。
あまり切れない普通のハサミだったのが、かえってよかったのかもしれない。
そっと顔に触れて。ついた髪を落としてあげる。
クシを通して整え、出来上がり。
「はい。できました。」
言いながら前に広げたニュースペーパーを彼の髪ごと丸めた。
ゆっくりと開いていく瞳。漆黒の瞳が私を映していく。
鏡を渡そうとしたら、いきなり抱きしめられた。
カタン・・・と。ハサミがフローリングに落ちた音がする。
彼はソファーに座ったままで、膝立ちの私を抱きしめながら胸に顔を埋めてきた。
「どうしたの?」
「・・・抱きしめたくなった。」
「手塚くん?」
「愛しすぎて・・・こうするしか他にない。」
「あ・・・ほんとに?」
「お前は?お前は俺が想っているほどに俺のことを想っているだろうか?」
彼の言葉に驚いて。
ぎゅっと、彼の頭を抱きしめた。自分の胸に押し付けるように。
そして、ゆっくりと髪を撫でる。
「私も・・・好きすぎて怖いぐらいよ?手塚君に負けてない。」
「・・・そうか。」
「そう。」
顔を上げてきた彼。眼鏡をしていないと少し幼く見える。
その彼が寄せてくる唇に瞳を閉じた。
ねぇ?今でも私にドキドキする?
ああ。いつもしている。
本当に?
俺の胸に手を当ててみれば分かる。
あ・・・ドキドキしてる。
触れるときは、いつもこうなる。
お前に髪を切ってもらってる間も・・・ずっとドキドキしていたんだ。
彼の告白に。私もドキドキして。
髪は上手に切ったけど。
結局は彼の我儘で、翌日の会社を休むことになってしまった。
そして一日中。言葉どおりに、彼の腕の中で過ごした。
「無口な恋人 〜髪を切って〜」
2005.01.11
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