無口な恋人 〜蜜月〜
をアメリカに招いた。
彼女の夏休みを、航空券を送りつけることで自分のものとしたのだが。
我ながら強引だったかと思う。
しかし、トーナメントが続き、帰国するほどの時間が取れない今。
数ヶ月にも渡って、彼女をひとりにしておくのが心配だった。
会えなくとも、自分の心は変わらないと誓えるが。
彼女の傍にはいてやれず、恋人らしいことも出来ない自分では、いつ愛想をつかされても文句が言えないだろう。
それに。
自分自身が、彼女に会いたくて堪らなかった。
それが、一番の理由。
空港で俺の姿を見つけたが、一瞬泣きそうな顔をして微笑んだ。
スーツケースを頼りなげに引きずっている彼女に駆け寄って肩を抱く。
「手塚君・・・来ちゃった」と、呟く声が愛しくて。
言葉も出せずに、彼女の髪に口づけた。
「疲れただろう?なにか、飲むか?といっても、お茶とコーヒーしかないが。」
「あの・・・えっと、お構いなく。」
ソファの隅っこに座ったまま、ぎこちなく答える。
俺のマンションに来たはいいが、なにやら居心地悪そうにしている。
航空券は送ったが、もちろんホテルなどはとっていない。
彼女が滞在するのは俺の部屋だと勝手に決めている。
「どうした?疲れているなら、奥の寝室で休んでもいいぞ。」
「大丈夫・・・なんだけど。あの・・・あんまり広いから、びっくりしちゃって。」
確かに。日本の住宅事情から考えれば広く感じるだろうマンション。
リビングだけで、かなりの空間がある。
「留守が多いからセキュリティーを重視したら、このマンションになった。
もう少し狭い方が暮らしやすいのだがな。掃除が大変だ。」
俺がこぼすと、がクスクス笑った。
やっと見られた彼女の笑顔にホッとする。
湯気の立つマグカップを渡しながら、彼女の隣に腰をおろす。
「、ちゃんと顔を見せてくれ。ずっと・・・見たかったから。」
思わず洩れた本音に、は頬を染めながらも俺を見つめてくる。
ああ・・・彼女だ。
目の前にすると我慢できない気持ちになって、渡したばかりのマグカップを取り上げると脇のテーブルに置き、
不思議そうに見上げてくる彼女を抱きしめた。
「会いたかった。」
「・・・うん」
ぎゅっと、彼女の背中がしなりそうなほど力を込める。
抱きしめて初めて。
深刻なほどに彼女が欠乏していたのだと知り、そこまで依存している自分に呆れた。
が欲しい。
このまま、ひとつに解け合って。
ずっと、彼女が自分の一部になったらいい。
・・・帰したくない。
来たばかりの彼女を抱きしめるだけで、暴走してしまう気持ち。
そんな溢れる想いのままに口づけた。
翌日から、短い夏休みを過ごす。
朝は日が高くなるまでベッドでふざけて、遅いブランチ。
午後から散歩を兼ねて、ふたりで街へと出かける。
買い物をすれば、何でも物珍しがる彼女が可愛らしい。
「見て、見て。可愛いボールペン。天使の羽がついてるの。買おうかな。」
子供みたいな物を欲しがる彼女の手を引いて店内をまわる。
慣れた場所も、彼女がいれば色が変わる。
そんなことを感じながら、彼女に触れたまま歩く。
マーケットを出たところで、背中にテニスラケットのバッグを背負った小学生に囲まれた。
『手塚だ!』と口々にいいながら、屈託なく握手を求めてきた。
苦笑しながら握手をすると、子供達は目を輝かせて質問をしてくる。
短く答えながら、3人の子供達の頭を撫でてやった。
彼らを見送って振り向けば。
は随分離れたところで、微笑んでいた。
その笑顔が、なんとなくいつもと違って見えた。
どうした、と。近付いて問いかければ、ううん・・・と首を振る。
「子供って、何処の国でも可愛いわね」と次に見せた笑顔は、いつものだった。
だから俺は、それ以上問うこともせず彼女の肩を抱いた。
外で夕飯を食べて帰ろうか。
そんな相談をしていたら、また横から声をかけられた。
『ファンなんです!サインを下さい!』
学生らしき女性に差し出されたノートにサラサラとペンを走らせる。
『ありがとう!応援してます!』
『ありがとう』
女性が握手を求めてきたので、それにも応じる。
チラッと後ろに立つを見て『恋人ですか?』と聞いてくるから。
迷わず『yes』と答えた。
すると少し驚いた顔を見せてから『お幸せに』と、笑顔を残して去っていった。
は、また俺から少し離れたところに立っていた。
だが、それから極端に口数が減ってしまう。
俺が手を握ると、困った顔をして手を離そうとする。
「どうした?」
「・・・人に見られるわ。」
「それが?」
「あなたは有名な人だもの。ダメよ。」
「。そんなもの、お前が気にする必要はない。」
「でもっ」
瞳に涙を溜めている彼女に気づき、顔を覗き込むと目をそらされた。
「ごめんなさい。私・・・日本に帰るわ。」
「っ!?どういうことだ?」
「私、あなたの傍にいちゃいけないもの」
「何を?」
「だって・・・あなたは、手塚国光だから。」
あまりの驚きに言葉が出ない。瞬きも忘れて彼女を見下ろしていた。
「あなたは・・・私一人の、あなたじゃない。
分かっていたはずなのに。ごめんなさい。それが・・・辛いと思ってしまう。」
「」
「私、ここにいたら・・・うまく笑えなくなっちゃうわ。だから・・・帰る。
日本で待っていれば・・・私だけのあなたが・・・来てくれるもの。」
彼女の瞳から涙が零れていく。
彼女が何を言っているのか・・・理解するまでに時間がかかった。
しかし、理解をすれば、彼女の涙の意味がストンと胸に落ちてきた。
そして、心に残ったのは。
ただ。愛しいと想う気持ち。
「。マンションに帰ろう。食事は、家にあるものでいい。とにかく、帰るぞ。」
「てっ・・・手塚君、私。」
彼女の手をにぎり、ぐいぐい引っ張って歩く。
引きずられるようにして、ついてくる彼女の手を強く握って告げる。
「。今、お前の手を引いているのは・・・ただの手塚国光だ。
お前が欲しくて、恋焦がれている、ただの男。」
「手塚君・・・」
「テニスプレイヤーの手塚国光は応援してくれるファンのものかもしれない。
だが、今・・・お前を抱きしめたくて家に急いでいる俺は、」
足を止めて、彼女を振り返る。
はやっぱり泣きながら、俺を見上げていた。
「俺は・・・お前だけの俺だ。」
そこから、5分の道のり。
これほど長く感じたことは、なかったかもしれない。
泣いている彼女の手を引いて、それ以上の言葉も交わさずに歩き続けた。
マンションに入り、エレベーターに乗り込む。
乗り込んで行き先のボタンを押した、その手で。
彼女を抱き寄せ、唇を塞いだ。
抵抗もせず、俺の求めるがままに応えるに・・・想いが通じたことを知る。
分かったか?
お前の目の前にいる俺は。
テニスプレヤーでも、なにでもない。
ただ、お前を愛している男だということ。
それから2日間。
俺たちは、ほとんどを家の中で過ごした。
いつも触れて。見つめ合って。
ただ。ただ。
想いを交わし、愛し合った。
それは・・・蜜月のように。
「2月には・・・帰る。」
それは、半年後の約束。それでも、は微笑んだ。
待ってるわ。
そう、笑顔を残し。
また小さな体にスーツケースを頼りなく持って帰っていく。
マンションに戻れば。
お前の気配が残っているだろう。
甘い香りも残っているだろう。
これからしばらくは、孤独が身に堪えそうだ。
半年後まで。
俺はテニスプレーヤーとしての俺になる。
だが、2月。
再び、お前を抱くときは。
お前だけの俺に戻ろう。
短い蜜月を惜しむように、俺はを乗せた飛行機を見送った。
「無口な恋人 〜蜜月〜」
2005.03.25
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