朝陽が差し込むベッドルーム。

ほんの少し早めに目覚めた朝は・・・あなたを観察するのが私の楽しみ。   










寝起きのあなた 〜乾編〜










乾君とケンカした。



は、なんで俺の言葉を信じない?何度、好きだと告げればいいんだ?
 抱きしめても抱きしめても、すぐに腕をすり抜けてしまう。
 その度に、俺がどんな気持ちになるか知ってる?』



彼の長い指が私の肩を掴んで揺らした。
力加減ができていない彼の指に、少し眉根を寄せながらも私は耐えた。





きっかけ些細なこと。
派遣の女の子が乾君に恋をした。若い女の子は恋心を隠したりしない。
真っ直ぐに彼に想いをぶつける。それは、周囲の人間にも分るぐらいの気持ち。


私は嫉妬した。と、同時に。その真っ直ぐさが眩しくて、羨ましくも思えた。


資料の手直しをするために二人が並んで話している。
それは良くある風景。
並ぶ二人はバランスが取れていて『お似合いのカップルだわ・・・』と苦く笑う。


さりげなく席を立って化粧室に逃げ込むのが、ここ最近の私。
徹夜続きで荒れた肌。どんなに化粧でごまかしても、30前の女には違いない。
溜息をつくたび。幸せがひとつ、こぼれていく気がした。



さんのお陰で助かりました。さすがです。エースと言われる貴方と組めて良かった。」
「とんでもありません。私の方こそ助けていただいて感謝しています。」



大きなプロジェクトがひとつ終わった。
安堵感と達成感。
どんなにキツイ仕事でも、この一瞬で報われる。
相手側の担当者と握手を交わし、お互いの労をねぎらう。



「貴方には随分と無理をさせてしまいましたね。
 体のほうは大丈夫ですか?最後のほうは徹夜続きだったと担当の者から聞きました。」


「それは・・・いつものことですから。
 五十嵐さんこそ、私の案を通すために上層部に掛け合ってくださったと聞きました。
 ありがとうございます。」


「あれは貴方の案が素晴らしいと思ったからですよ。それに・・・貴方に成功して欲しかった。」


「え?」


「あ、いや。貴方があまりに素敵だから・・・ちょっと肩入れしたというか。いや・・何を言ってるんだろう、俺。」



目の前で。私より年上の人が照れたように頭をかいた。
その姿が可愛らしく見えて、つい私も笑ってしまう。



「ここで笑いますか?一応、貴方を口説いているつもりですけど。」
「また、冗談を・・・」


「冗談なんかじゃありません。もう、貴方と会うチャンスも減ってしまう。
 さん、良かったら・・・私との交際を考えてみてくれませんか?」



マジマジと相手の顔を見つめた。
穏やかな笑顔の中にも真剣な眼差し。



「少し考えてみてください。私の携帯の番号・・・知ってますよね。お電話をお待ちしています。」



無理強いはせずに、そっと告げると。それでその会話は打ち切って、仕事の顔に戻る。
大人の男だと・・・思った。



どうやって、ことわろうか?



そんなことを考えながらエレベーターに乗り、オフィスの階に止まった。
資料の入った重い鞄を片手に、見慣れたフロアに降り立って一息ついたとき。
聞きなれた声が聞こえてきた。


エレベーターホールの脇で乾君と派遣の女の子が立っていた。



「悪いんだけど、これは・・・」
「でもっ、受け取って欲しいんです!」



何かを受け取る受け取らないで揉めているようだ。
私は見てみぬフリをすることにした。
ふたりから目をそらし、足早に自分のオフィスに急いだ。


部長に報告して席に着く。
それと同時ぐらいに乾君も席に戻ってきた。
彼が私の方を見ているのを感じながらも、いつも通りに残務処理をしていく。
外に出ている間に溜まったメールを処理して午後は終わった。


ディスプレイの文字を追っているのに、さっき見た光景が頭の片隅でちらつく。
落ち着かない私は、久しぶりに定時で退社することにした。
それも、乾君が席を外した僅かの間に荷物をまとめてオフィスを後にしたのだった。


真っ直ぐ帰ろうか?それとも少し寄り道しようか。
暮れていく夕日に目を細めながらアスファルトにヒールを降ろした途端、後ろから腕をつかまれた。



「俺も帰るよ。」
「い・・・乾君?どうしたの?」


「どうしたの?それは俺のセリフだけど。
 まあ、それは後でじっくり聞かせてもらうよ。車を拾おう。」
「ちょっと、待って。」



彼の厚いレンズに夕日が反射して表情が良く見えない。
だけど、どこか余裕のない口調に私も焦る。
慌てる私の言葉になど耳も傾けず、痛いぐらいに腕を掴んだまま大通りに出て行くと、
すぐにタクシーを捕まえて私をシートに押し込んだ。



狭い車の中、気まずい空気が流れる。
彼の告げた住所は私のマンション。
外では話せないようなことなのだと胸が不安で押しつぶされそうになった。
そして、ろくに言葉も交わさず、私のマンションへと帰ってきた。



「コーヒー飲む?」
「いいから、こっちに来て。」



荷物を置くなり本題に入る彼。
前に立って見下ろしてくる彼が、今日はとても大きく見えた。



「今日、廊下で俺たちのこと見たよね。」



俺たち・・・という言葉に傷ついた私がいた。
俺たちが、彼と彼女を指しているのだとすぐに分かる。
私の中に言いようもない負の気持ちが沸いてきた。



「なんで何も聞かない?気にもならない?それとも俺から逃げた?」
「乾君に何を聞けばいいの?私に何が言える?」


「俺なら聞くよ。五十嵐さんとはどうなってる?何か言われなかった?」



まるで見ていたかのような言葉に、思わず目を見開いてしまった。
答えなど返せるはずもない。



「やっぱりね。俺の推測どおりだ。俺は訊くよ?
 君は俺の恋人なんだから。それぐらい聞いて当然だと思うし、知りたいとも思う。嫉妬だってするしね。」


「私と乾君では違うわ。」
「何が?」


「それは・・・」
「まさか歳が違うからとか、そんなつまらない事じゃないよね?」


「つまらなくなんかっ」
「5年に何の違いがある?歳の差ばかりに縛られて、君は本当に大事なものを見ようとしない。」


「大事なもの?」


は、なんで俺の言葉を信じない?何度、好きだと告げればいいんだ?
 抱きしめても抱きしめても、すぐに腕をすり抜けてしまう。
 その度に、俺がどんな気持ちになるか知ってる?」



彼に肩をつかまれて、体を揺すぶられる。
真っ直ぐな瞳。
ずっと私を見つめてきた変わらない眼差し。



「いい加減、観念してくれないか?もう・・・すべて俺のものになってもいいだろう?」



苦しげな呟きと一緒に抱きしめられた。
広い胸に押し付けられると彼の速い鼓動が耳に届いてくる。


その音が。彼の不安を教えてくれていた。



私、怖いの。あなたが好きだから。失うのが怖くて臆病になる。
5歳の差。あなたは軽々と越えてきたけれど、私には泣きたくなるほど大きな違いなの。
可愛らしくて若い子が沢山いるから。
あなたに私は相応しくないんじゃないか?
すぐに厭きられてしまうんじゃないか?
好きになればなるほど怖くなって。


傷が浅くてすむように。
自分を守るために。
あなたから距離をとろうとしてしまう。





俺だって、怖いさ。君が好きだから。失うのが怖くて、いつも余裕がない。
5歳の差に君が躊躇うたび、歯がゆくてね。
君が若さを恐れるように、俺だって恐れてる。
から見れば経験も浅いし、頼りがいだってないだろう。
君を受け止めるだけの力が俺にあるだろうか?
呆れられてしまうんじゃないか?
好きになればなるほど怖くなる。


でもね、と違うのは。
だからといって逃げやしない事。
失うのが怖いなら、失わないように努力する。
もっともっと・・・近くなれるようにね。





抱きしめられたままの会話。
体の脇に伸びていた手を、そっと彼の背中にまわした。
乾君の腕の力が強くなる。



「・・・離さない。」



心のそこから零れてきたような音色に。
私は涙した。










カーテンの隙間から白い光りが射している。
新しい一日が始まるのをぼんやりとした意識で確認して体を動かせば。
乾君の安らかな寝顔がすぐ近くにあった。


ついつい観察。
睫毛が・・・長い。鼻筋が通ってる。端正な顔。


お互いの素顔も。心もさらして。
そうするたびに近くなるの。


肩が冷えないように毛布を引き上げてあげたら。瞼が少し震えて、切れ長の瞳が朝日を受けていく。
少しくすぐったい気持ちで、彼が目覚めていくのを見つめる。


彼は何度か瞬きを繰り返し、眩しそうに細めた瞳で言った。



「ああ・・・いいな。毎朝、こんな風に君の顔を最初に見たい。」



寝起きのあなたが、ふんわり微笑んで言ってくれたの。





随分たってから。



「あれがプロポーズの言葉だったんだけど・・・分ってた?」と、聞かれた。
「そうだったの?」


「ひどいな。やっぱり分ってなかったんだ。」
「だって寝起きだったし。なんだか寝ぼけてたみたいだったわよ?」


「まっ、いいか。どっちにしろ結婚するんだから。」
「あら?プロポーズの言葉は重要よ?」


「じゃあ、あの時のがソレということで。」



顔を見合わせてクスクス笑う。





一生忘れないわ。


寝起きのあなたがしてくれたプロポーズ。




















「寝起きのあなた 〜乾編〜」   

2005.02.28  

年上編完結




















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