朝陽が差し込むベッドルーム。


ほんの少し早めに目覚めた朝は・・・あなたを観察するのが私の楽しみ。   










寝起きのあなた 〜手塚編〜











おととい買ったばかりのテニス雑誌。
表紙は今が旬の手塚国光プロだ。
クールな中にも強い光りを宿した瞳。ボールを捕らえた瞬間の写真。


その手塚国光が、私のベッドに眠っている。


メガネを外した切れ長の瞳は閉じられて、僅かに開いた唇。
穏やかに上下する胸の動きを見ているだけで鼓動が速くなる。


今でも夢を見ているんじゃないかと怖くなることがあるの。


あなたの想い。あなたの声。あなたの手。あなたの瞳。


すべてが私の望みから生まれた夢なんじゃないかって・・・思う時がある。





久しぶりに帰国した彼が突然現れて。
挨拶もそこそこに唇を塞がれた。
会えなかった時を埋めるように抱きしめられて、求められて、朝を迎える。



数ヶ月に一度、繰り返される夢のような時間。



でもそれは短くて。



数日後に彼が旅立ってしまえば、いつもの日常が戻ってくる。
そして夢から醒めた私は、膝を抱えて彼のぬくもりを思い出しながら時間を費やしていく。



わかってるの。
ひとときを彼が私に求めてくれるだけで幸せだと思わなくては。


だって・・・手塚国光は稀有な才能を持った人間。素晴らしい人なの。
本当なら私になんて手が届く人ではないんだもの。


起こさないよう気をつけて。
綺麗な額にひとつ、キスをする。


彼のために出来ること。ささやかなことでも、私にできることはしてあげたい。


温かいベッドから抜け出して、冷たい台所に向かう。
彼が目覚める時、あたたまった部屋で朝食がとれる様にと。










「おはよう、



リビングのドアが開く音と同時に名前を呼ばれて振り返る。
皺になったパジャマと少し乱れた髪。
メガネ越しの瞳も、心なし潤んでいる感じだ。



寝起きの手塚国光って。つい笑ってしまった。



「なにを笑っている?」
「おはよう。別に、たいしたことじゃないの。どうする?すぐ朝食を・・・な、なに?」



私に近付いてくると、彼がいきなり後ろからウエストに手をまわしてきた。
背中にピッタリとひっつくと耳元に頬を寄せ、寝起きの掠れた声で咎めてくる。



、答えろ。」



ああ、もう。その声は心臓に悪いの。
知っててやっているとしたら、彼は相当な遊び人なのかもしれない。



「たいしたことじゃないの。
 あのね、あなたの・・・そんな寝起きの姿って、いったいどれくらいの人が知ってるんだろうって思っただけ。」


「それが可笑しいのか?」


「可笑しい・・・っていうか。
なんかね、そんな飾らない姿を見せてもらえるのって嬉しいな・・・って思ったの。それだけ。」


「そうか。」



彼は短く答えて、私の肩に顔を埋めた。
硬い髪が首筋に触れてくすぐったい。
居心地が悪くて肩を揺らし『解放して欲しい』と訴えてみるが彼は動かない。



「ねぇ、もうすぐ朝ごはんができるから、離して。ねっ。」
「離さない。」


「どうしたの?」
「妬いては・・・くれないのか?」



「妬く?」意外な言葉に首をかしげた。



「俺のこんな姿を他に誰か知っているのかと気にはならないのか?」
「それは・・・」



気になる。もちろん気になるけれど。聞けないし聞きたくない。
聞いてしまったら傷つくのが分かっているもの。



「俺は気になる。お前の寝顔を見つめるたびに、こんな無防備なお前を知ってる奴が他にいたらと。
 考えただけで嫉妬する。笑ってなど考えられない。」


「そんなこと」



言いかけた言葉を最後まで聞かずに、強引に体を反転させられた。



「こんなに心をさらすのも。寝起きの姿を見せるのも。俺には・・・しかいない。」



真っ直ぐな瞳が私の心を覗き込んでいる。
隠し事は望んでいない。真実だけを求めている瞳に・・・嘘はつけない。



「私は・・・いつも嫉妬してるわ。あなたを瞳に映す世界中の人間に。それは男女問わず・・・すべてによ。
 そして、いつも怯えてるの。あなたが素敵だから・・・私には勿体無い人だって。
 私以外に、あなたを知っている人がいたら・・・と考えただけで、おかしくなりそうだけど。
 こんな私には何も言えないとも思ってる。これが、私の気持ちよ?」


「お前は何も分かっていない。」
「そうかな?」



彼の瞳が優しく細められていく。伸びてきた指が、そっと頬に触れてきた。



「俺も・・・同じ気持ちだ。」



そのまま抱きしめられた。後ろでお湯が沸騰している音がする。
それでも彼の首に両手を回して、私も抱きしめた。
お互いがお互いを抱きしめて。


体も、心も。すべて一緒に腕の中。



「寝起きのあなたは、ずっと私のもの。ねぇ、そう思ってもいい?」



聞いてみたら。
大真面目な顔であなたは答えた。



「もちろんだ」 と。



跳ねた髪に手を伸ばし、皺になったパジャマに頬を寄せる。



寝起きの手塚国光は私だけのもの。




















「寝起きのあなた 〜手塚編〜」   

2005.02.25  

浴衣寝巻きの方が似合いそうです




















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