『お慕いしております〜跡部景吾編〜』 来世編










「は?」



跡部の口から零れたのは、らしくもない間抜け声だった。



この女は初対面の俺に向かって何と言った?
聞き間違いでなければ、『あなたが嫌い』と言わなかったか。



しっかりと脳内に記憶されてしまった言葉に、跡部は眉根を寄せた。
目つきが悪くなった跡部に対しても女はまったく怯まない。
唇を引き結んで睨んでくる瞳は強い光を宿していた。


不思議なことに初めて会ったような気がしない。
好みの容姿であることは間違いないのだろうが、これはいったいなんだろうと思う。
驚きと怒りを感じたのは一瞬で、すぐその後には興味をひかれている。
最近は顔色をうかがってくる者ばかりで嫌気がさすぐらいだったから、物珍しいのかもしれない。


跡部が反論せずに唇の端を上げれば、美しい女は怪訝な顔をした。



「お前の名前は?なんで此処にいる?」



女は答えない。
まぁ、答えないだろうなと跡部も思っていた。



「いいさ。調べれば分かる事だ」



歌うように言ってやれば、途端に女が嫌そうな顔をした。
わりと感情が素直に出るタイプらしい。



「で?俺の何が嫌いだって?」



ふたたび煙草を出して口に運ぼうとすると、すかさず「ここは禁煙です」と女が注意してくる。
お堅い学級委員と一緒にいるみたいだと跡部は笑って煙草を戻した。
なんにしろ、ここで別れてしまうには惜しい相手だ。



「俺は跡部景吾だ」



めったに自分からは名乗らない跡部だったが、相手の反応を知りたくて名を告げた。
彼女は驚くでもなく、僅かに眉を寄せて視線を逸らす。



は〜ん。俺を知っているうえでの『嫌い』か。



嘘はつけないらしい女の横顔を見つめながら、ひとつの推測を口にした。



「金に目のくらんだ親父にでも無理やり見合いに参加させられたものの、
 俺なんぞには興味もないし結婚もしたくないってんで、逃げ隠れしてたってとこか」



瞳を大きくした女に「図星か」と嫌味たらしく笑ってやると、形の良い唇が悔しそうに結ばれた。


跡部は愉快だった。
辟易したパーティーだったが、我慢した甲斐があったらしい。



「戻るぞ」



言うなり大股で近づいた跡部は、艶やかな振り袖の腕を掴もうとしたが容赦なく振り払われる。
表情を強張らせ、犯罪者扱いの目で睨んでくる姿。
整った顔をしているがゆえに嫌悪の表情は冷たく、さすがの跡部も苛立った。



「てめぇ」
「私には関係のないことです。もう帰りますから」



言いたいことだけ告げて背を向けようとする女の腕を後ろから掴む。
小さな悲鳴が噴水の水音に混じったが、跡部は容赦なく女の腕を引いた。


気は強くても、華奢な女の体だ。
手加減せずに引き寄せた体は、易々と跡部の胸に飛び込んでくる。
咄嗟に振りあげたのだろう白い手を反射的に掴み、跡部は長い指で彼女のうなじを掴んだ。


頭で考えるより先に、跡部は女の唇を荒々しく塞ぐ。
冷たい唇だ。冷たいが、甘く、やわらかい。
苦しさに開いた唇を更に深く口づけて、呼吸も奪う。
長い口づけで彼女が行為に慣れていないことを察すると無意識に笑みが浮かんだ。



コイツは俺のもんだ



激しく背中を叩かれ、暴れられたが、跡部は己が満足するまで唇を離さなかった。





それにしても遅い。


腕時計を確認した忍足は溜息を吐く。


一服してくると出て行った跡部が逃亡したのではと不安になってきた。
パーティーの主役が逃げたとなったら、その後始末をするのは秘書の自分だ。
とりあえず所在を掴まなければと人に紛れて会場を出た。



人目が多い場所は避けるだろうと踏んで、庭園側に足を向ける。
すると探すまでもなく、庭園入り口の洒落た白い柱にもたれて一服している跡部がいた。



「おい。いったい何服目や?」



近付いてきた気配に気づかない跡部ではないが、視線も寄こさず煙草をふかしている。



「お前も吸うか?」
「俺はなぁ日頃から副流煙をいっぱい吸うてるからいらんわ」



不機嫌を隠さない忍足の声に、跡部が肩を揺らした。
何が楽しいのか機嫌よく笑っているらしい。
気分が上向いたのなら助かった。
あと一時間ぐらいは会場に居てもらわないと困るのだから。



「そろそろ戻らんと着飾ったお嬢様たちが退屈するやろ」
「ふん。もう戻る必要がなくなった」


「は?」



跡部が言う『戻る必要がなくなった』の意味が分からず、忍足は聞き返す。
そこでやっと跡部が忍足に視線を向けたのだが・・・忍足は「あ〜」と素っ頓狂な声をあげた。



「なんや、それ」
「見ての通りだ」



忍足は唖然と跡部の顔を見た。
庭を照らす薄暗い外灯のもとで見ても分かる違い。左側の頬が赤くなっている。
爪が当たったのか細い線のような跡も薄っすらとわかった。



「毛並みのいい仔猫にキスしたら引っ掻かれた」
「坊ちゃん・・こんな場所で見境なく女にちょっかいだすんはやめろや」



これでは会場に戻れるはずもない。
頭を抱える忍足に対し、当の本人は呑気なものだ。



「ナンパするにも時と場所ちゅうもんが」
「見つけたんだよ」



跡部の言葉に主語はなかったが、頭の回転が速い忍足は予感に目を瞬かせる。



「一目でわかった。あいつだ」



藍色の夜空に細く漂う煙と一緒に月を眺め、夢を見るように跡部は微笑んでいた。




















お慕いしております〜跡部景吾編〜 来世編  

2012/11/05 



















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