お慕いしております 〜幸村精市〜 番外編










負けを知らない立海は大国である。
城主の幸村精市は、巷に轟く武勇伝からは想像もできない優男である。
女と見間違うばかりの容姿に柔らかな声、笑顔も麗しいと他国の姫には大層な人気がある。
しかし重い病を患ったことがあり、なかなか縁談がまとまらなかった。


その幸村が妻を娶った。
大国の姫でもなければ、噂になるほどの美姫でもない。
たいしたこともない姫が、運良く正室の座におさまってしまった。
そんなふうに他からは見られていた。



「それ裏山にでも行って燃やしてきてよ」



中を開きもせずに扇子で紙の束をどける幸村。
脇息に頬杖をついて片膝を立てる姿も美しいが、行儀が悪い。



「お気持ちは分かりますが。はい、そうですかと燃やすには厄介かと」



淡々と側近の柳は答え、どけられた紙の束を整える。
幸村の傍らに控えている真田も難しい顔で紙の束を睨んでいた。


紙の束は側室を望む姫たちの釣書だ。
燃やして捨てるには差し障りのある国の姫も混じっており、そう事は簡単ではない。
分かっているはずの幸村だが、側近たちに丸投げするつもりらしかった。


妻を迎えない幸村には健康上の問題があるのだろうと避けていた国までが加わり
立海との縁を結べと争っているようだ。



「しかし、殿のお立場で御正室様だけというわけには」



重い口を開いた真田に、幸村の鋭い視線が向けられた。



「お前は側室を迎えるんだ。俺の可愛い妹を泣かせる気だな」
「まさか!この真田弦一郎、生涯を姫様だけと心に決めております」



臣下でありながら幸村の妹姫を妻に迎えた真田が顔色を変えて宣言する。
そんな友人を横目に、柳は小さく溜息をついた。



「お方様は聡明で、懐の深いお方。殿が側室を迎えたところで動じるようには思えませんが」



柳の言葉に、がっくりと項垂れた幸村。
だからこそ、そんな紙は燃やして欲しいのだと脇息に突っ伏した。



真田と柳。二人が並ぶ前に坐す人は、涼やかな面持ちで話を聞いている。
説明を口が達者な柳に任せた真田は、黙して相手の表情を窺う。
幸村家の正室は動揺も見せずに凪いだ瞳のままで、柳の話を聞き終えた。



「お話は分かりましたが、そのようなことを私に相談されても」
「やはり、そう思われますか。では、お方様は殿が側室を迎えられても良いと」



柳の問いかけに、彼女は静かな笑みを浮かべた。



「もちろんです」



答えた途端、真田たちが背にしていた戸が勢いよく開いた。
目を丸くする妻と扇子を握りしめて仁王立ちになっている幸村。
側近ふたりは溜息をのみこんで道をあける。



「殿・・どうされました?」
「どうしたも、こうしたもないだろ。俺は傷ついたぞ」


「それは・・・すみません」
「すみませんじゃないよ。酷いじゃないか、俺が誰か別の女のものになっても平気なのか!!」



どかどかと室に入ってきた幸村は、秀麗な顔を歪めて妻を見下ろす。
言われたほうは困惑するだろう。
大国に正室として嫁いできたのだ。
後から側室が嫁いでくることなど覚悟して当然なのだから。



「あの、殿」
「俺は嫌だからね。絶対に側室なんか娶らない。俺は君じゃないと嫌だ」



無茶をいう幼子のような背中を見上げ、さて・・どうするかと柳が考えを巡らせた時だ。
急にしゃがみこんだ幸村が妻の頭を胸に抱え込んだ。


後ろにいる真田や柳たちからは幸村の背中で正室の様子が見えない。
何事かと真田が膝を浮かせたが、柳が横から制した。



「悪い。二人とも出ていってくれ」



幸村が妻を抱いたまま静かに告げる。
先ほどまでとは違う男の背中に、柳は何も言わず真田と共に室を出た。



「無理しなくていいんだ。もっと我儘でいい。ねぇ、もう泣かないで?」



戸を閉めた時、優しく甘い幸村の声が漏れ聞こえた。



「側室は無理だ。あれは燃やすしかない」



長い廊下を戻りながら、真田が大真面目な顔で言う。
国の行く末を思えば他国とも縁を結ぶほうが良いに決まっている。
政を好きや嫌いで決めてよいものでないことも分かっているのだ。


それでも・・・愛するものを悲しませたくない気持ちが痛いほど分かるから。



「殿も甘いが、俺たちも甘いな」



晴れ渡った立海の空を見上げ、ふっと表情を緩めた柳が呟いた。



















2012年夏 拍手SS



















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