『おやすみ』 〜観月編〜












深夜、僅かな物音の後に寝室のドアが静かに開いた。
隣の部屋の明かりが射し込み、長い影が伸びてきたと同時に膝に抱えていた枕を投げた。



「なっ、」



小さな声をあげながらも、しっかりキャッチした観月クンが溜息をつく。
仕事人間の癖に運動神経は衰えてないのが憎らしかった。



「危ないじゃないですか。もう少しで顔面にぶつかるところでした。」
「狙ったんだもの。」


「僕に枕をぶつけるために、こんな夜遅くまで寝ないで待っててくれたんですか?」



返事をしないのは肯定だと受け取った観月クンが再び大きな溜息をついた。
私が投げた枕を手に近づいてきた観月クンは黙ってベッドに腰を降ろす。
そして体を捻るようにして私の顔を覗き込んできた。


サイドテーブルに置かれた小さなライトの明かりが観月クンの白い顔を照らす。
その見慣れているはずの顔を見たら泣きたくなってしまった。



「何をそんなに拗ねてるんです?
 せっかく出張から戻った足で自宅にも寄らないで会いにきたんですよ?
 あなたのふくれっ面が見たくてきたんじゃない。」


「観月クンこそ、何か私に隠してることがあるんじゃないの?」



私の言葉に観月クンの瞳が大きくなる。
ほら、やっぱりと唇を噛めば、本当に涙が溢れてきそうになって目に力を入れた。



「あなた地獄耳ですね。どこで情報集収しているんです?
 僕の予想では・・・うっかり赤澤が口を滑らせたってとこでしょうかね。」



まるで見てきたかのような口ぶりに驚いたけれど、
それぐらい簡単に予想できるのなら正直に言って欲しかった。
別の人から聞かされる前に、観月クンの口から聞きたかったと思うのは我儘なんだろうか。



「ニューヨーク支店、いつ行くの?」
「来月の頭の予定です。」



言葉に詰まった。
もう十日もないじゃない。



「黙って・・・行くつもりだったの?」


「まさか!幾らなんでも夜逃げじゃありませんからね。
 出張から帰ったらと思ってました。
 幸い気にいったアパートメントも見つけましたしね、これからは荷造りが大変だ。」



笑顔まで浮かべて淡々と話す観月クンが酷く遠く感じる。
海外赴任の話も聞かされず、既に部屋まで決めてきたと言われてしまったら・・・もう終わり。


何年の予定?
私たちはどうするの?


観月クンに会ったら訊こうと思っていた言葉が喉の奥に引っかかったまま消えていく。


泣くものかと思う。
中学からの腐れ縁。
恋人と呼ばれる関係になってからは四年だけれど、厭きられても仕方ない。
それでも観月クンの記憶の中に嫌な女としては残りたくなかった。



「分かった。ちょっと待ってて、返せる物は返すから。」
「返せる物?」



訝しがる観月クンの顔は出来るだけ見ないようにして、まず手始めに薬指のリングを抜いた。
ずっと身につけていたからリングの跡が残っている。
それに胸がいっぱいになりながらも観月クンの手元に置く。
次にとベッドを降りようとすれば、脇から肘を掴まれて動けなくなってしまった。



「なに?他のものはクローゼットにあるの。」


「その短絡的な思考・・・昔とちっとも変わってないですね。そういうのを進歩がないって言うんですよ。」


「な、なによ、それ。」


「思い出して下さいよ。
 中学の時、あなたは僕に『形が恐ろしく悪くて激甘のお菓子を食べたいか?』と訊きました。
 そんなもの食べたくないと素直に答えたら、あなたは手作りのチョコをいともあっさりと赤澤にあげました。
 あれのお陰で赤澤があなたを好きになって大変な事になった。」


「だって食べたくないってハッキリ言われたんだもの。」


「手作りのバレンタインチョコが食べたいかと訊かれていたなら、迷わず『食べたい』と答えてました。」



私の肘を掴んだまま、当時のことを思い出したのか眉間に皺を寄せて額を押さえる観月クン。
あの時は、ああ訊くのが精一杯の私だったのにと思う。



「あのすれ違いから始まって、僕たちは随分と遠回りした。
 僕は何度も想いを打ち明けようとしたのに、その度に素直じゃない君が逃げまくって腹立たしいったらなかったですよ。」


「逃げてなんかない!私はずっと待ってたのに!」


「なら今度も逃げずに僕についてきなさい!」



シンとした部屋に響いた観月クンの大きな声。
私は唖然として彼を見つめる。



「別に・・・あなたに隠してたわけじゃないんです。
 ただ、赴任したら三年は戻れないといわれ迷ったのは本当です。

 あなたには仕事だってある。だから迷った。
 海外赴任を断わろうか、それとも・・・あなたの仕事を犠牲にしようか、とね。」


「それって、」


「僕はね、あなたと三年も離れて暮らすなんて耐えられない。
 ならば僕が仕事を諦めるか、あなたに仕事を辞めてついて来てもらうかの二つに一つだ。
 僕は決めかねて、ニューヨークに行って考えようと思いました。

 でもね、既に答えは出てたんです。
 街を歩きながら思う事といったら『この店はが気にいりそうだな』とか
 『このレストランにを連れて行こう』ばかりなんです。
 部屋もね、ついつい二人で住む広さのものばかりを探してしまう。」



話しながら観月クンは私の左手を手にとって、ポケットから出してきた新しいプラチナのリングをはめていく。
その冷たい感触と観月クンの柔らかな手を私は夢でも見ているかのように思う。



「このリング、向こうで探したんです。
 お土産兼婚約指輪ということで受け取ってくれますか、?」



プラチナのリングには輝くダイヤモンドが埋まっていた。
観月クンは私の左手を握ったまま返事を待っている。 


その温もりに堰き止めていた涙が零れた。



「もう・・勝手にはめちゃったくせに。」
「ばれましたか。」



確信犯的な表情で観月クンが笑う。
それでも、これだけは言っておかなくちゃ。



「悩んだり迷った時、これからは一番に相談して欲しい。
 それが・・・二人で生きてくってことでしょう?」



そう告げれば、左手が引っ張られて観月クンの胸に抱きしめられた。
強く抱きしめられて息を詰まらせていたら、観月クンの囁きが耳に落ちてきた。



「ありがとう、
 あなたを大事にします。」



ウン。私も観月クンを大事にします。
そう心に誓って目を閉じた。



仕事だって、両親のことだって、頭が痛くなるほど問題がある。
それでも二人で一つずつ決めていけば、きっと上手くいくと思うの。



今日から大変だねと二人で笑いあい、明け方に同じ布団に包まって寝た。
観月クンが私の額に優しいキスをして言う。



おやすみ、と。



その穏やかな声に私は安心して眠りに落ちた。





















テーマ『おやすみ』 観月編 

2007.06.01




















テニプリ短編TOPへ戻る