『おやすみ』 〜手塚編〜
が熱を出した。
普通の人間なら、ただの風邪で済むのだろうが彼女は違う。
心臓の大きな手術をした後も完全な健康体ではない彼女にとって、
感染症は重篤な合併症の引き金になる恐ろしい病気だ。
俺に遠慮して朝から具合が悪かったのを隠していた。
練習を終え、暗くなってから帰った俺が見たものはベッドに潜り込み震えている彼女の姿だった。
「お前は馬鹿か?」
何度となく言わずにいられなかった。
国ちゃん、いつからそんなに口が悪くなったのと力なく笑うの体温を確かめて眩暈がする。
台所には俺のために用意された夕飯があり、それにも腹が立つやら愛しいやらで複雑だ。
「ちゃんと病院にも行ったのよ?」
「何故、俺に知らせなかったんだ。」
「だって・・・その時は微熱だったの。だから、バスで」
「バスだと?せめてタクシーを使えばいいだろう?
連絡さえくれれば病院だって俺が連れて行った!」
「そんな贅沢・・病院まで幾らかかると思ってるの?」
「金額の問題じゃない!」
熱で赤くなった頬を膨らませて抗議する。
叱りながら山のような量の薬を飲ませ、水分を取らせたり、着替えをさせたりと世話を焼く。
同居猫の光も心配そうにの足元で俺たちの様子を窺っていた。
心配性だと言われても自分が確認しないと納得できない俺は、の主治医に連絡して病状を聞いた。
医師からも現在の状態を聞かれ、明朝も高熱が続くようなら再受診をと言われ電話を切る。
「熱が下がらなかったら入院覚悟で病院に来いだそうだ。」
「え〜、ヤダ。」
「なら熱を下げるんだな。」
「気合で熱って下げられるかしら?」
の体調に敏感になってしまうのは仕方のないことだ。
いつもは忘れていても、こういう時に『失うかもしれない』という恐怖が胸を覆うのも仕方のないこと。
お互いに不安を抱えながらも今を大事に生きてきた。
だからこそ、言っておかなくては。
「、二度と俺に遠慮はしないでくれ。」
「遠慮?」
「具合が悪いのを言わなかったのも、俺に連絡しなかったのも『遠慮』だろう?」
「そうじゃないよ。本当に朝のうちはたいしたことなくて・・・」
「たいしたことないと思ったという事は異変を感じたからこそ、たいしたことないと判断したんじゃないのか?」
「そ・・それはそうだけど。」
「なら何故言わなかった?」
「だから、たいしたことないし・・・国ちゃんに言うほどじゃないかなって。」
「その後、受診を考えるほど具合が悪くなったのに?」
「それは念のためにと思って・・・」
「夕方から更に熱が上がったのは?」
「で・・電話しなくても、そのうちに帰ってくるかなぁと」
段々と声が小さくなって、毛布に潜っていくを見据えながら溜息をつく。
「今日は雑誌のインタビューと撮影があって、その後に練習だから遅くなると言ってあったはずだ。
お前は俺の邪魔になるんじゃないかと思わなかったか?
連絡すれば、俺が仕事をキャンセルしても帰ってくると分かっているから言わなかった。
違うか?そういうのを遠慮と言うんだ。」
「でも、」
「油断が命取りになる事はお前が一番わかっているだろう?
それは俺にとっても同じだ。お前に代えてまでするべき事は何もない。」
キッパリといえば、途端に彼女の瞳が潤んできた。
お前が大事だから怒っているんだと前置きして、そっと熱い頬を撫でる。
「お前の気持ちが分かっていない訳じゃない。俺を気遣ってくれる気持ちだって嬉しい。
だが何より大事なのは、お前が俺の傍に居続けてくれることなんだ。
もうこの際はの気持ちなど関係ない。俺がお前を必要としているんだ。
鬱陶しがられようが、過保護と言われようが、俺がしたいんだから諦めろ。」
の目尻から一粒涙が零れるのを親指ですくえば、彼女が微笑んだ。
「国ちゃんって、ホント変わった人ね」と。
俺から見れば、のほうが余程変わり者だが今は黙っておく。
とにかく俺の気持ちが伝わったのなら、それでいいんだ。
「眠くなってきちゃった。」
「薬を飲んだからな。」
「うん。」
小さな手を握ってやれば、濡れた睫毛が伏せられた。
子供のように素直になった恋人が可愛くて、愛しさのままにキスを落とす。
「明日には、きっと良くなっている。」
「うん。」
「ずっと傍にいるから安心して眠ればいい。」
「うん。国ちゃん・・・」
「ん?」
「・・・ありがとう。」
ああと答えて、しなやかな髪をすいてやれば、段々と穏やかな寝息に変わっていった。
すっかり夢の住人となってしまったの寝顔を暫くボンヤリと見つめる。
主が眠りについた事に安心したのか、いつの間にか光もベッドの隅に丸くなって寝ていた。
おやすみ、大切な人。
お前の安らかな眠りのためなら、俺はなんだってするだろう。
手だって握ってやるし、髪だって撫でてやる。
キスもサービスするし、望むなら羊だって数えてやろう。
次の朝もお前の笑顔が見られるのなら・・・なんだって。
優しく肩が揺すられる。
水の底から浮上してくるような心地よさに身を任せていたら、思いっきり耳を引っ張られ飛び起きた。
「な、なんだ?」
「おはよう、国ちゃん!私、気合で熱を下げちゃったわ!」
寝ている俺に馬乗りになった眩しい笑顔がそこにあった。
おやすみ 〜手塚編〜
you are my sunshine 番外編
2007.06.06
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