テーマ 『power』 〜赤澤編〜
真っ青な空の下、隣の人がサーフボードを抱えて何でもないように言った。
「俺さ、お前が好きだから。」
足もとに散らばった荷物を片付けていた私の手が止まる。
今、彼は何と言った?
顔が上げられない。
打ち寄せる波の音に混じって幻聴を聞いたのかもしれない。
手を動かしながら続く言葉を待つのに何もない。
恐る恐る顔を上げれば、すでに彼の人は浜辺を陸に向かって歩いていた。
恥ずかしすぎる。やっぱり私の聞き違いだったんだ。
第一、私は彼のことなんて好きじゃないし。
そう自分に言い訳して、まとめた荷物を胸に抱えると赤澤君の後を追った。
そんな聞き違いの後、どうにも赤澤君の顔が見られなくなってしまった私。
動揺はぎこちない態度として現れ、赤澤君を困惑させたと思う。
帰りのバスはお互いに居心地の悪い雰囲気になってしまった。
「この前、赤澤にサーフィンを教えてもらったんだって?どうだった?」
「まぁ・・・面白かったわよ。」
他意のない木更津君の質問に平静を装って答える。
あの日のことは忘れようと思ってるんだから、蒸し返すようなことはやめて欲しい。
勝手にドキドキし始める私の鼓動は、絶対にどうかしている。
「俺も連れて行って貰ったことがあるけどさ、赤澤の指導って『ソレどうよ』って感じだろ?」
「そうだっけ?」
「波がきたらな、こう勢いに乗って、ぐお〜っと。それから、ぐわっときて、ぐっと乗る、みたいな。
観月なら理論的に指導しろって怒って帰るような感覚的な教え方でさ。
真面目に説明してる赤澤を見てるのは面白いんだけど、あの説明じゃ乗れないよねって感じだった。」
はて・・と思い返す。確かに木更津君の言う赤澤君の様子は目に浮かぶような光景だ。
けれど私には手取り足取り丁寧に教えてくれた。
確かに『そこをグイっと』とか『そこらでポンと』という意味のわからない言葉は飛んでいたけれど。
私が思い出していると木更津君が整った顔を意地悪そうに歪めて笑った。
「はーん。やっぱ、女の子には教え方が違うのか。やだねぇ、海の男は下心が見え見えで。」
「そ、そんなことないってば。」
言いながら頬が赤くなるのを感じて焦るのだけど、それが更に木更津君を煽ったらしい。
彼はニコニコと微笑みながら辛辣なことを言う人なんだということを忘れていた。
「そっか。そうやって赤澤は女の子を次々と落としてるんだねぇ。」
「え・・・」
「ほら、アイツ・・もてるからさ。そこに秘密があったのかな、と。」
その後すぐに始業のチャイムが鳴って木更津君との話は途中になった。
開いた英語の教科書には単語が並んでいるのに頭へ入ってこない。
なんだろう、この気持ち。
もやもやと重苦しい胸の痛みに手を添えれば、頭に浮かぶのは赤澤君の広い背中。
ボードを抱えて笑う、赤澤君の子供みたいな表情。
人気のあるテニス部の部長だ。
癖のある観月君と共に部を引っ張り、プレーヤーとしての実力もある。
今さら『もてる』と聞いて驚くことでもない。
なのに・・・ショックだった。
『今度、俺と一緒に海へ行かないか?お前、サーフィンに興味があるといっただろう?』
誘ってもらって嬉しかった。
あれは憧れていたサーフィンができるからだと思っていた。
なのに今、私は泣きたいような気持ちで教科書を見つめている。
本当は女テニのメンバーの中で私だけを誘ってくれた事が嬉しかった・・・胸がときめいたんだ。
『俺さ、お前が好きだから。』
あれは私の願望が作り出した幻聴だったのかもしれない。
私・・・赤澤君のことを好きだったんだ。
突然自覚した恋心は片思いの始まりでもある。
木更津君の口ぶりでは、赤澤君にカノジョがいてもおかしくないだろう。
それとも遊び感覚で誰にでも同じように声をかけているのか。
どちらにしても私はその他大勢の中の一人ということに違いない。
どんどんと後ろ向きになる思考に落ち込みながら、昼休みを迎えて食堂に向かう。
そこで一番会いたくない人に会ってしまった。
「よぉ、隣・・・いいか?」
思いっきり空いてる席に嫌だと言えるはずもなく頷けば、彼は私との間に一つ席を空けて腰をおろした。
隣に座られても緊張するけれど、微妙に開けられた一つ分の席に意味があるのかと思ってしまう。
誰かのために席を取ってるのかな?
例えば・・・カノジョとか。
そう考えた私は一刻も早く食事を終えるべくスプーンを動かしはじめた。
なのに食べ物が喉を通らない。
胸が・・苦しい。
「もカレーか。やっぱり夏はカレーだよな。」
「別に・・・カレーの列が一番空いてから。」
「そっか。お前、福神漬け食べないのか?」
「・・・あんまり好きじゃないの。」
「もったいない奴だな。カレーと一緒に食うとウマいのに。」
「そう。」
途切れる会話。
此処で赤澤君のカノジョなんかと鉢合わせした日には泣いてしまうと急いで食べる私。
そんな私の様子に赤澤君はスプーンを手に持ったまま溜息をついた。
「この前、俺が言ったことが原因か?」
「この前って・・・」
「海で・・・サーフィンの後に俺が言ったこと。」
サーフィンの後って・・・まさか。
「ふられるのは仕方ないにしても、そう避けたり冷たくされるのは堪えるから勘弁してくれ。」
「ちょっと待って。ふられるって、誰が?」
「俺が」
「誰に?」
「・・・お前に。」
「な、なに、それ?そ、そんなこと・・突然に言われても、」
「はぁ?」
瞳を大きくした赤澤君は、次には酷く脱力してスプーンを持ったまま頭を抱えた。
でも私だって頭が物事を処理できずに真っ白だ。
「どんな思いで俺が・・・、思いっきり聞かなかったフリをされたのかと落ち込んで。」
「だって何でもないように私を置いて歩いて行ったじゃない?」
「は、恥ずかしかったんだっ!」
ガバッと顔を上げた赤澤君と正面から目が合ってしまい、途端にお互いが視線をそらした。
私こそ恥ずかしい。でも・・あの告白は本当だったんだ。
そう思うと嬉しくて胸がドキドキする。
けれど木更津君の『そうやって赤澤は女の子を次々と落としてる』という言葉が思い出された。
「で・・でも赤澤君って、もてるんでしょう?たくさん女の子を海に誘ってるって。」
「もてるって言われてもなぁ、お前にもてなきゃ意味がないし。
海に女を誘ったのだって、お前が最初だぞ。
女がどうのって、バカバカしい話は誰に聞いたんだ?」
どうしようもなく頬が熱くなるのを手で押さえれば、隣で赤澤君が水をクゴクと飲み始めた。
すごい勢いで水を飲み干すと、ダンと音をたててコップを置く。
そして一つ大きく息を吐くと私を真っ直ぐに見据えて言った。
「とにかく俺はお前が一番いいってことだ!
お前さえ良ければこれからだって海に誘いたい、そう思ってる。
で、お前は俺と行きたいのか、行きたくないのか。この際だから返事をくれ。」
こんな学食で再び告白されるなんて思いもしない私は顔から火が出そうだ。
だけど赤澤君の嘘のない瞳が私を映しているから、私だって嘘はつけない。
喉がカラカラだし、恥ずかしいやらで小さな声しか出せないけど。
「また・・行きたい。」
「ヨシッ!」
吃驚するぐらい大きな声をあげると赤澤君はカレーの載ったトレイを手に席を詰めてきた。
すぐ隣に腰をおろし、私のお皿に銀色のスプーンを伸ばしてくる。
「な、なに?」
「福神漬け、貰うぞ。」
「ちょっと、あ・・・」
日に焼けた大きな手が持つスプーンが私のお皿から福神漬けをすくっていく。
そのスプーンの行き先を目で追っていけば、嬉しそうに瞳を細めている赤澤君の笑顔があった。
ああ、その笑顔が好きだなと思う。
思えば自然と心に力が湧いてきた。
「やっぱり駄目。福神漬けはあげない。返して?」
「なんで?好きじゃないんだろう?」
「好きじゃないと思ってても、本当は好きだってことがあるの。」
「なんだ、それ。」
「それが女心なの。」
失うと思って初めて気づく、好きって気持ち。
それが、赤澤君・・・あなただったから。
「お二人さん仲良くカレー?熱いね。」
「木更津君!」
「ま、俺の陰の力が効いたかな。ね?」
「あ、まさか!コイツに変なこと吹き込んだのは、お前か?」
木更津君が小さく舌を出して逃げていく。
その先には策士の観月君が待っていて、木更津君と肩をすくめて笑っていた。
『power』 赤澤編
2006.05.31
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