「らいおんハート」
それは些細なすれ違いが重なっていった結果。
「英ニクン、酷いよ!そんな、デートの約束をキャンセルしてコンパに行ってたなんて!」
「それはっ、ホントに知らなかったって、言ってるだろ?
どうしても頼みがあるからって、頭を下げられ着いて行ったらコンパだったの!」
「でも、」
「だって、俺がキャンセルしたからって・・・他の男と映画を見にいってたじゃん!あれ、誰だよ!」
「ご・・・誤解よ。一人で映画を見て、外に出たら・・・偶然会社の人に会ったの。
それで駅まで一緒に歩いてたら、英ニクンに、」
「偶然?にしては、仲良さそうだったじゃん!」
「英ニクン!じゃあ、英ニクンは?女の子と腕組んで・・・私がどんな気持で、」
「あんなの、酔ってたし」
「酔ってたからって、」
「もう、!最近、うるさいっ」
「英ニクン・・・」
怒って帰ってしまった彼。
私は取り残されて、出入りの多いカフェの隅・・・ひとり涙を流した。
もう、ダメなのかな?
店員の注文をとる声が響く店内に、私の小さな呟きが紛れていった。
大学生の彼と、ひと足早く社会人になった私。
それでも大丈夫だと疑いもしてなかった。
高校時代から、周囲もうらやむ様な仲良しカップルと言われて。
実際、とても仲が良かった。
英ニクンは、とにかく私一筋で大事にしてくれたし。
ちょっと甘えっ子で独占欲の強い所も、私は大好きだった。
高校を卒業し、英ニクンは四年生大学、私は専門学校へ。
道は別れても二人は一緒だと誓ったのに。
そっと指に光るシルバーの指輪に触れる。
『いつか本物のマリッジリングを買おうね!』
そう言って、英ニクンと交換したのが18歳だった。
あれから三年もたっていないのに・・・学校が違う、就職した、と、
環境が変わるたびに私たちは離れていって、不安定になっていった。
知らない友人の名前が頻繁に聞こえてきて、会う時間が減り、交わす言葉も減って、
思いやりとか、優しさが段々と薄れていって・・・痛いような空気ばかりが二人を包んでいた。
そして決定的だったのが昨夜だ。
久しぶりのデートだったのに『どうしても友達に頼まれて断われないから、ゴメン!』と言われて、
私は無理して『いいのよ』と答えた。
本当は哀しくて、腹もたったの。でも、遠くなっていく英ニクンに嫌われたくなくて・・・
理解ある彼女のフリをした。
一人で見る映画なんて・・・寂しいだけ。
それでも最後まで見て外に出たら、出口で会社の人に声をかけられた。
その人も一人で映画を見に来ていたから、
ついつい並んで映画の感想とかを話しながら駅に向かってしまった。
そして、英ニクンと会ってしまったの。
楽しそうな学生のグループの中に、両方の腕に女の子を連れている英ニクンを見たとき、
私ね・・・ああもうダメなんだなって、頭を掠めたの。
初めてお付き合いをしたのが英ニクンの私。
手を繋ぐのも、抱きしめられるのも、キスも、それ以上も。
全部、全部、英ニクンが初めてだった。
なら、別れるのも・・・英ニクンが最初になっちゃうのかな?
そう思ったら、また涙が流れた。
カフェのガラスに向かったまま立ち上がる気力もなく、ただ時間とざわめきだけが私の傍に寄り添っていた。
自分から電話をする勇気がない。
電話をすれば『もう終わりにしよう』という言葉を聞いてしまいそうで。
メールも何度も打とうとして、何を書けばいいのか分からずに閉じるを繰り返していた。
そうこうしているうちに、あれから三日がたつ。
息が詰まりそうなほど苦しくても、いつもと同じように朝が来て日常が私を待っている。
暗い顔に化粧を施して、重い足でりでヒールの踵を鳴らし駅の階段を昇っていく。
今にも雨が降りそうな空を見上げながら思う。
ねぇ、英ニクンは何を見てる?誰を・・・想ってる?
この三日。ずっと考えてたの、私の中の気持ち。
・・・やっぱり英ニクンが好きだよ。
笑った顔も、怒った顔も、拗ねた顔も。みんな、みんな好きだよ。
重ねてきた思い出が眩しすぎて、幸せすぎて見られないほど。
たくさん英ニクンに好きを貰って、好きをあげた。
だから、ね。逃げないで・・・会いに行ってみようと思う。
心に決めて、私は混雑した電車に揺られながら会社に向かった。
午後からは雨が降り始めた。
仕事が終わったら真っ直ぐ英ニクンのもとに行くつもりだったのに、
雨を理由に行くのを躊躇っている自分がいる。
そんな臆病さを叱咤しながら、黙々と終業時間が来るのを待った。
迷いながら、躊躇いながら、オフィスを出る。
手にした赤い傘は・・・英ニクンが選んでくれたもの。
ガラスドアを押し開けて、一歩外に出て傘をさす。
その時、後ろから声をかけられた。
「、」
一瞬、体が硬直し。それでも、ゆっくりと振り向いた先には・・・
前髪から雨の雫を落とす英ニクンが立っていた。
「どう・・して?」
「に会いたくて、話したくて・・・来た。いい?」
コク、と頷いても、英ニクンの表情が硬くて。
何か強い決意を持って私の前に立っているのを肌で感じ、途端に心臓が冷たくなった。
「そこの公園へ行こう」
「待って、英ニクン!傘っ」
雨の中を傘もささずに歩き出すから、私は慌てて後ろから傘をさしかける。
けれど「いいよ。頭を冷やしたいから」と英ニクンは、私の傘を避けるようにして前をいってしまった。
ああ・・・終わりなんだ。
彼の様子に別れを予感した私は、滲んでいく大好きな背中をジッと見つめながら、言葉もなく歩いた。
雨の公園なんて、誰もいやしない。
夕闇はいつもより早く、街全体をすっぽりと覆っていた。
公園の中央にある大きな木の下に入った英ニクンが私を振り向く。
私は震える手で傘を握り締めたまま、英ニクンがくれるであろう・・・最後の言葉を待った。
最後は『ありがとう』と言いたいな。できたら、笑顔で。
英ニクンの記憶に残る最後の私が泣き顔なのは・・・嫌だもの。
覚悟を決めて、瞳を逸らさずに英ニクンを見つめた。
英ニクンが口を開く。ああ、もう・・・
「俺、が好きだからっ!」
「・・・え?」 なに?なんて言った?
「も・・・呆れられたと思う。嫌に・・・なられちゃたかもしんない。でもっ、俺はが好きだからっ!
もしも、別れようとか・・・思ってるなら。ううん、思ってても。俺は、が好き!だからっ!」
傘が後ろの方でコツンと地面に落ちた音を聞いた。
私は夢中で英ニクンの胸にぶつかっていく。
いつも受け止めてくれる大きな手が、今日もやっぱり私の体を包んでくれた。
ぎゅっと背中にまわされた腕に力がこもるのを感じながら、雨の匂いがする英ニクンのシャツに顔を埋める。
「・・・いいの?」
窺うような声に、返事する声が嗚咽になりそうで息を詰める。
それでも、コクコクと頷けば「・・・」と搾り出すような英ニクンの声が聞こえた。
あのね、。俺は焦ってたんだ。
は将来の夢をさっさと見つけて、先を歩いていく。
ドンドン綺麗になっていって、俺の知らない人に囲まれて、
夢に向かって頑張ってる姿はイキイキしてて・・・俺は置いてかれそうでさ。
俺は大学には通ってるけど、まだ何をしたいのか分からない。
来年は就職試験だって控えてるのに、何も見つからなくて・・・イライラしてた。
とケンカして。
自分が情けなくて、辛くて・・・ホントは逃げようかと思った。
と別れちゃえば・・・この先の見えない辛さから逃れられるような気がして。
でも・・・のいない、これからの未来を思ったら・・・ものすごく寂しくて、もっともっと辛かった。
ゴメンね、。俺ね、もっと強くなるから。
強い心を持つよ。絶対に逃げたりしない。
強くて・・・優しい心を持つよ。を包み込めるくらい、強くて優しい気持ち。
大事な人の笑顔を守り通せるだけの・・・強さを、優しさを。
必ず、俺は持つから。
だから、。お願い・・・傍にいて?
私は英ニクンの腕に抱かれながら、直接胸に耳を当て彼の声を聞いていた。
真っ直ぐ、私の心に届いた言葉。
ウン。私も強くなるね。そして、もっと優しくなりたい。
私が英ニクンの傍にいるために、英ニクンが私の傍にいるために。
二人で、ずっと一緒にいるために。
強く、優しくなりたい。
雨に濡れて冷えたはずの体は、
心地よい体温へと・・・一つになっていった。
そして、この時の事は。
いつしか、笑い話になっていた。
「らいおんハート」
2005.08.27
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