失恋?ああ、なら浴びるほど酒でも飲みますか
そうでした。飲めないほうでしたね。失恋したうえに二日酔いじゃあ救われません
髪を短く切るっていのも定番ですけど・・・あなた既にショートでしたね
失恋する前に髪を伸ばしておかなかった時点で失敗ですよ
ええ?そういう問題じゃない?
う〜ん。だったら、一人旅はどうですか?
美しい景色を見て、美味しいものを食べて
どうですか、いいでしょう?場所ですか
ふふふ。お勧めの場所がありますよ
それはね・・・沖縄
『失恋の特効薬』
「暑ぅ」
「お〜い、!!」
到着ロビーに出た途端、大きな声が私の名を呼んだ。
振り返った視線の先、真っ黒に日焼けした懐かしい笑顔があった。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「まぁね。赤澤クンは、かわんないねぇ。あ、色が更に黒くなったか」
「それ、観月にも顔を見るたび言われてる」
「観月は毎年来てるんだって?」
「ああ。アイツも潜るの上手くなったぞ」
「そうなんだ。私もやってみたいなぁ」
「そうか。なら俺が教えてやるよ。一応、それで飯食ってるからな」
「よろしくお願いします」
赤澤クンが白い歯を見せて明るく笑った。
数年ぶりに会ったのに違和感なく話せて安堵する。
赤澤クンが住みついた土地。
初めて乗る赤いオープンカーは開放的で、隣で運転する赤澤クンの向こうには南国の景色が広がっていた。
ああ、来て良かったと
勧めてくれた観月に感謝する。
三泊四日の小旅行。
結婚まで考えた彼に失恋した傷を癒すための旅・・・そのはずが。
「あ、赤澤クン助けて!!」
私が情けない声をあげるたび、彼は笑って体を支えてくれる。
長く体を動かすことなどなかったので忘れていたが、私は運動音痴なのだ。
水泳だって、超がつくほど苦手だった。
「大丈夫だ。ほら、俺が支えてるから」
「だ、だって足がつかないし」
「まぁな」
子供のような私の言い分が可笑しいのか、赤澤クンは声をあげて笑う。
大丈夫、大丈夫と私を宥めながら、少しずつ海に慣らしてくれる。
赤澤クンは『先生』なのだと思うと羞恥も飛んで行き、出来の悪い生徒よろしく甘えまくった。
夜は夜で、地元の人間が行く食堂へ案内してくれるから失恋を嘆く暇がない。
美味しいものを食べ、少しお酒を飲み、人懐っこくて陽気な沖縄の人たちに誘われて歌い踊った。
慣れない運動と泡盛にノックアウトされ、ホテルに戻るとベッドへ直行の毎日。
観月に頼まれたのだろう。
赤澤クンは律儀に送り迎えをしてくれた。
沖縄での日々は瞬く間に過ぎていき、明日は帰るという日になった。
今日は総仕上げだと、夕日が沈むまで海で過ごした私たち。
よくよく考えると三日間も赤澤クンを独占してしまった。
私のために休みを取ったのだと知ったのは、二日目だったか。
恐縮する私に赤澤クンは何でもないように言ってくれた。
「いいんだ。観月からが行くからって聞いて、俺が楽しみにしてたんだ
中学からの友達が遊びに来るなんて、そう滅多にないからな
だから気にすんな。俺は一緒にいられて嬉しいよ」
その言葉にドキッとしたのは内緒。
学生時代から赤澤クンは人格ができていて、気難しく敵の多い観月を支えていた。
私と観月の友達付き合いも長いが、彼が誰より信頼しているのは赤澤クンなのだろう。
「、海に入ったまま夕日を見よう」
「え?」
「一面オレンジ色に染まる。俺のお気に入りなんだ」
そう言って、赤澤クンが手を差し出してくれた。
大きな手に躊躇いながらも指先を触れさせる。
赤澤クンはしっかりと私の手を握るとボードを抱えて浜辺に足を向けた。
ふたりでボードにつかまり、ゆらゆらと波に揺られる。
見たこともないような大きな夕日が海に沈んでいく。
空も、水面も、私も、赤澤クンも全てが夕焼け色になる。
「綺麗・・・」
吐息のように呟けば、隣の赤澤クンが穏やかに微笑んだ。
「元気は出たか?」
「え?」
「昔と同じように笑えてるから、きっと大丈夫だな」
「私…笑えてる?」
「ああ。いい笑顔だよ」
「そっか」
赤澤クンの夕日に染まった笑顔こそが眩しい。
ゆらゆらと波のゆりかごに揺られ、自分が癒されているのを感じる。
よく考えると、赤澤クンは私の事情を聞こうとはしなかった。
観月に聞いていたのだろうけど、他の友達のように無理に慰めようともしなかったし
心の内を吐き出せと強要するでもなく、なんでもないように付き合って楽しませてくれた。
「赤澤クン」
「うん?」
ひとつのボードにつかまる私たちの体は近い。
すぐそこにある彼の目は海のように穏やかだった。
「ありがとうね。私・・・来てよかった」
赤澤クンが嬉しそうに目を細める。
男の人の目元にできる笑い皺って、とても優しい。
彼は大きな手を伸ばし、濡れた私の髪を子供のように撫でてくれた。
東京へ帰る朝も、赤澤クンが車で送ってくれた。
さすがに今日は仕事があるという彼が、朝の僅かな時間まで割いてくれたことに申し訳ないと思いつつも断れなかった。
空港でお土産を選び、観月に渡してくれとお菓子を選ぶ赤澤クンの気遣いに笑ったりして過ごす。
派手なチェックのシャツを着た赤澤クンの肩が揺れるたび、彼の笑顔を惜しむ私がいた。
彼からは海の匂いがする。
おひさまのような温かさを身にまとい、おおらかで深く優しい。
時間が迫っていた。
「もう行くね」
口にした時、不意に泣いてしまいそうになった。
東京に戻れば、また慌ただしい毎日が待っている。
別れた彼の噂話も耳に入るだろうし、心配してくれる誰かが私を慰めようとするだろう。
そんなものまで全てが煩わしかった。
ずっと・・この青い空の下で、波に揺られていたい。
その隣で赤澤クンが笑っていてくれたら、どんなに・・・
「、そんな顔するな。また来ればいい」
きっと酷く情けない顔をしていたのだろう。
赤澤クンが困ったような笑みを浮かべて、私を見ていた。
私は無理して半ベソの笑みを作る。
すると日焼けした手が、私の頬をふんわりと包んできた。
海でではない接触に目を見開く。だけど避ける気など起こりはしない。
大人を見上げる子供みたいに、赤澤クンを見つめた。
「ずっと俺は待っていた。これからも待ってるから、いつでも来い」
そう言って、私の返事を待たずに触れるだけのキスをした。
東京に戻って、すぐに観月と会った。
お土産を渡したいのもあったけれど、一言いってやらないと気がすまなかったからだ。
カフェで待ち合わせをした私たち。
「いい色に焼けましたねぇ」
「観月、知ってたの?」
単刀直入の私と相も変わらず掴みどころのない観月。
観月は紅茶の香りを確かめてから口をつけると、カップを持ったまま微笑んだ。
「失恋の特効薬は『新しい恋』。そんなの常識ですよ」
やっぱりと肩を落とす私に、更に観月は追い打ちをかけるのだ。
「どうです?効いたでしょう?」
もう帰ると菓子箱を置いて席を立つ私に、少しだけ心配そうな眼差しを向けてきた観月。
私は伝票を手に、無理して不機嫌な顔を作るとぶっきらぼうに言った。
「今度の連休、また沖縄に行く」
言ったら恥ずかしくなって、そそくさとカバンを手に立ちあがった。
そんな私に観月は小さく笑って、感慨深そうに呟くのだ。
「これで赤澤の長い片想いも終わりですね」と。
だから焦る。
はやく行かなきゃ。
とても会いたい。会いたくて、会いたくて、たまらなくなる。
青い海で待っていてくれる、あの人に。
失恋の特効薬
2009/08/16
羽瑠さまに捧げます
テニプリ短編TOPへ戻る