甘い罠










乾君と私。
一応、彼氏と彼女と言うらしい。
1年からずっと同じクラス。
なんとなく気が合って、なんとなく一緒にいることが多かった。


あれは、2年の文化祭だったっけ。
一緒に、クラスの出し物、カフェの飾り付けをしていた時。
背の高い乾君に、天井の飾りを下から渡していた。



「よし。。次、取って。」

「はーい。」



片手で造花を取って、もう片方の手でセロハンテープを切っていた。
造花を持った手を、乾君が手を出しているだろう方に差し出したとき。
その手をぎゅっと握られた。


はっとして、椅子の上に立っている乾君を見上げたら。
天井を見つめたまま、造花を持つ私の手を握って、こう言った。



。好きなんだけど。」
「・・・・何が?」


「君が。」
「うそっ」


「いや。残念ながら、嘘じゃない。は?」
「いやっ、突然言われても・・・」


「あっそう。じゃあ考えといてくれるかな?」



そう言うと、さっと手を離して、造花を取った。



「セロハンテープ。」



さっきの告白は、なんだったのか・・・と拍子抜けするほど淡々と作業を再開した彼。
今のは、真顔の冗談だったのだろうか・・・?と思うほどだった。





それから後も全く、いつもと変わらない彼に、やっぱりあれは冗談だったのかもしれない・・・
と思うようになった。
けれど、私は乾君を意識してしまった。
今までみたいに、彼の前で馬鹿笑いは出来なくなってしまった。
プリントをまわすときに、偶然指が触れただけで、顔が火照る。


ただの男友達が、たった一言の冗談で・・・崩れてしまった感じだった。





文化祭から一月もたった頃。
急遽自習になった時間。みんな思い思いに過ごしていた。
私は、図書館に行った。
なんとなく、乾君とは話しづらくなっていた。


図書館で、読みたかった新刊を見つけて読み始める。
誰かが横に座った気配がして、視線だけ流すと・・・乾君だった。


「な・・・何しに来たの?」
「酷いご挨拶だな。に返事を貰いに来た。」


「何の?」
「君を好きだと言ったことに対する返事。」


「ええっ?あれって、冗談じゃなかったの?」



私の言葉に、乾君が、人差し指で眼鏡を上げた。



「冗談?何を根拠に?俺は、いたってまじめなんだけどね。」
「だって・・・なんか、あっさりしてたじゃない。」


「そうでもないよ。かなり、緊張してた。」
「嘘。」



はあ・・・と。乾君がため息をつく。



は、いつも『嘘』って聞くんだな。どうすれば、信じてくれる?っていうか、
 は俺のこと、どう思ってるか知りたいんだけど。」
「どうって・・・。」


「嫌い?」
「あ・・・それは、ない。と、思う。」


「思う・・・が、気になるけどいいよ。そうか。ならいいだろう。付き合おう。」
「ええっ!」


「嫌いじゃないんだろ?なら、好きな確率の方が高い。
 ま、ひとまず付き合うってことで。じゃあ、。よろしく。」
?」


「一応、お付き合いするんだからね。と呼ばせてもらうよ。
 も、貞治って呼んでもいいけど。」



顔に熱が集まるのを感じながら、ぶんぶんと頭を振った。
乾君は、くすっと笑うと。「まっ、いいけどね。」と言った。





あれから7ヶ月ほど。
私たちは名ばかりの彼氏と彼女だ。
乾君は、テニスに集中している。
青学のテニス部は全国でも有名だ。
そのテニス部で、レギュラーを維持するのだから・・・並大抵のことじゃないと思う。


付き合い始めの1.2ヶ月は電話がかかってきたり、少しはデートしたりした。
映画の帰りにちょっと手をつないだり。
少しは、彼氏彼女らしい時もあった。


でも春が来て、3年生になったら・・・私のことなど忘れられてしまった。


なら、別れたらいい。なのに、それが出来ない。
なぜなら・・・私は乾君を好きになっていたから。
告白されて、半ば強引に彼女にされた。
けれど、決して嫌ではなかった。


あの大きな手で頭を撫でられるのも。


落ち着いた深い声で『』と名前を呼ばれるのも。


レンズの奥の瞳で、真っ直ぐに見つめられるのも。


好きだった。私は、いつのまにか乾君に恋をしてた。


でも、私が恋をしたときには・・・。彼の関心は、もう・・・私にはなかった。
噛みあわなかった恋心。
置き去りにされた、私の心。
なんだか、切なくて。


もう、乾君は・・・私なんか必要としていない。
こんな中途半端な状態で捨てられるのなら、きっぱり別れた方がいい。
そう、思い始めていた。


今日も、たまたま出来た自習の時間。
乾君は、あの日の私のように、図書館へと席を立った。
手には、たくさんの資料とノートを持って。
図書室にあるパソコンを使うつもりなのだろう。CD−Rも数枚手にしていた。


そんな彼の背中を見送って、しばらく考えていた。
けれど、私は乾君の後を追う。
今日こそ、別れを告げようと心に決めて。


図書室の片隅。
いた。やっぱり、パソコンに向かっている。何か、データーの処理をしているようだ。
私は、そっと隣の椅子に座った。
乾君がちらっと視線を投げて、驚いたように眼鏡を上げた。



「何?も、パソコン使うのかい?」
「ううん。乾君に、話があって。」


「話?あー、ゴメン。この時間内に、データの処理をしたいんだ。
 作業をしながらでも、いいかな?」
「・・・・うん。」



悲しかった。別れ話でさえ、片手間で聞かれるのだと。
乾君にとって、私の話など・・・データより価値のないものなんだ。
泣きたかった。でも、ぐっと力を込める。


「乾君。」
「うん?」


「忙しいのね。」  私なんか見向きもしないで、打ち込むキーボード。
「うん。」


「次の試合、もうすぐだね。」  
「うん。」


「頑張ってね。」
「うん。」


「もう、応援にはいけない。」  もう、私の応援なんか・・・必要ないよね。
「うん。」  ほらね。


「私・・・」
「うん。」


「もう、乾君の彼女。」  さようなら。
「うん。」


「やめるね。」  「うん」って。





適当に「うん」しか言わなかった彼の動きが、ピタッと止まった。
ゆっくりと、私の方を向く。



?今、なんていった?」
「私、乾君の彼女、やめるね。・・・さよなら。」



私は、席をたつ。
このままだとみっともなく、泣いてしまいそうだから。
背を向けて歩き出そうとしたら、椅子が軋む音と腕を掴まれるのが同時だった。



「待って!!ちょっと、どうして?」
「どうしてって。もう、いいでしょう?私は、もう乾君には必要のない人間なんだもの。」


「なんで?必要ないなんて、俺がいつ言った?」
「言わなくても、そうでしょう。乾君、私を見てない。私の声も聞いてない。私を必要としてない!」


っ。聞いて。俺は、を見てる。
 の声を聞いて・・・あ・・・たまに熱中してると聞いてないことがあるな。
 ゴメン。俺の悪いところだ。でも、を必要としてる。それは、本当だ。」
「嘘。」



私は激しく首を振る。
嘘、嘘、嘘。乾君は、私のことなんか・・・なんとも思ってないっ。



。俺は、君が好きだよ。君にみっともないところを見せたくないから、テニスだって頑張ってる。
 ちょっと、物事に没頭すると・・・周りが見えなくなるんだ。でも、が好きだよ。
 俺は、を必要としている。頼む。別れるなんて・・・言わないでくれ。」
「嘘・・・」


こそ、俺を信じない。俺を見ない。俺の声を聞かない。俺を必要としない。違うか?」
「そんなことないっ。私は・・・私も乾君が好きよ。乾君を見てる。乾君を必要としてる。だけどっ」



そこまで言ったら、目の前が真っ白になった。
それが、乾君のシャツだと・・・抱きしめられているんだと知る。



。やっと言ったね。それが聞きたかった。」
「それ・・・?」


が、俺を好きだ・・・ってこと。いやぁ、待ったかいがあったなあ。」
「乾君?」



私は、乾君の言ってる意味が分からない。
ただ、広い胸にぎゅうっと抱きしめられて、もう思考が上手く働かない。



「よしよし。よく言えました。ご褒美をあげよう。」
「ご褒美?」



腕が緩んだと思ったら、乾君が眼鏡を外して、胸ポケットに仕舞う。
私は、初めて見る素顔の乾君を呆然と見ていた。



え・・・乾君って、こんな顔してたん・・・だ?  と、思ったときには重なっていた唇。
目を閉じるのも忘れていた。



乾君は、さっと胸ポケットから眼鏡を取り出すと、すぐにかけて、ニコッと笑った。



「次の試合が終わったら、デートしよう。電話も毎晩かけるよ。メールもね。」


「な・・な・・・なに?」


「ははははは。が、俺を好きになる確率を100%にしたかっただけだよ。
 もう、逃げられないよ。。」



まさか・・・私は・・・乾君の罠にはまったの?



楽しそうに笑いやめない彼。



私は、とんでもない人に好かれてしまったんだ。
今さらながら、後悔した。


でも、これで本当の彼氏と彼女。


私を罠にはめた罪は重いのよ。乾君。


今は、笑っているけど・・・きっといつか仕返ししてやるんだから。



私は、心に誓った。





















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