コンビニのチョコでも愛はある
今朝は二年ぶりに都内にも雪が積もった。
俺はマグカップを片手に研究室の窓から外を眺めている。
足元に気をとられているのか覚束ない歩き方の人物に頬を緩め、温かなコーヒーに口をつけた。
「ちょっと〜尋常じゃない寒さよ」
「おかえり。ご苦労さま」
ノックもせずに研究室のドアを開けて入ってきたは、大きなコンビニの袋をつき出す。
振り返った俺を追い越して、他の奴らが我先にとコンビニ袋に群がった。
ジャンケンに負けて買い出しに行ったは、顔をしかめながらも飢えた男たちに朝食を配る。
「はい、乾の分。豚の角煮まんは売り切れ。普通の肉まんでお願いします」
「なんでもいいよ。これどうぞ」
動かず窓辺で待っていた俺にが近付いてきた。
他の奴らは既に食べることに没頭していて俺たちには見向きもしない。
それ幸いとから湯気のたつ肉まんを受け取ったかわりに、俺が飲んでいたマグカップを差し出した。
あ、さんきゅうねと迷いもなく俺のマグカップに口をつけるに、ささやかな幸せを感じる。
そのまま近くにある事務椅子を引き寄せ、俺はと並んで座った。
ごそごそとコンビニ袋に手を突っ込む彼女を横目にして、俺は寒さで赤くなった耳たぶにさりげなく口を寄せる。
「ところでチョコは?」
「チョコ?」
そんなもの頼まれてたっけと目が訊いてくる。
俺が口説いてるってことに、あきれるぐらい気付かない君。
「今日は何の日?」
「研究論文提出の締切日」
ヒントを与えてみたが、予想通りの答えが返ってきた。
俺は肉まんを手に項垂れる。
そうだよ。君はそういう女だ。
「うん、確かに締め切り日だ。だから俺たちは泊まり込みで頑張っている」
「そうよ。頑張ったうえにジャンケンに負けて買い出しまでさせられたの、わたし」
それは君がグーチョキパーと決まって出すからだよと心の中で言ってやる。
教えるとつまらないし、後々に使えることもあるから言ってあげないけどね。
「世間一般で二月十四日といえば」
そこでやっとが目を丸くした。
あ、そういえばという表情に俺は溜息をつく。
「こんな時だから期待はしていなかったけどね」
裏を返せば少しは期待していたんだけど。
こういうイベントって女性は張りきるもんだろ、ふつう。
は目眩がするほど甘そうなパンの袋を開けながら俺を見上げた。
「乾はチョコが好きなの?」
「それほど好きってわけじゃないけど」
「なら、かわりにコレあげるね」
そう言って渡されたのは『眠気スッキリガム』だった。
十分ほどで朝食を詰め込んだは直ぐに仕事の続きを始めた。
唇の端についてたチョコクリームをバレンタインデーの代わりに舐めてやろうかとも思った俺だが、人目もあったし諦めた。
俺は脱力と襲いくる睡魔を強烈に刺激的なガムで蹴散らしつつデータをまとめる。
ああ、そうさ。
研究大好きのを好きになったのは俺だ。
俺より研究が大事と言われるのが恐ろしくて、まだ告白もできずにいる。
それでも日々の仕草や言葉の端々に想いをのせてきたつもりなのだが、には全く響いていない。
たいがい俺も異性に淡白だとか、女心の分からない男だと言われてきたけれど、は俺に輪をかけていると思う。
好きだと告げたら、かなりの確率で「何が?」と問われそうだ。
まぁ、そういうところも好きなのだからしょうがない。
五人のチームで黙々と論文をまとめ、出来上がった頃には夜になっていた。
言葉を発する気力もなく、それぞれが弱々しく手を振って研究室を後にする。
「雪、溶けちゃったんだ」
「昼間は晴れたからね」
溶けてしまった雪がアスファルトを濡らす。
それでも研究室に籠っていたいた俺には外の寒さが身に沁みる。
ハーフコートを着た俺は、ちらりと隣のをうかがう。
ここで寒そうな素振りをしていたなら肩を抱き寄せるとか、手を繋いでポケットに入れるなんて芸当もできるのだけど。
ときたら温かそうなダウンコートに手袋、マフラー、耳当てまでつけている。
可愛い姿に見えなくもないが、俺の出番など皆無な防寒対策だ。
俺の溜息が闇の中に白く昇る。
ここから甘いバレンタインデーの夜を過ごそうなんて誘っても無駄だろう。
お互いに寝不足だし、寒いし、風呂も入ってないし。
なんといっても俺たちは恋人でもないのだから。
頭の後ろをかいて、遠くに見えてきた駅の明かりに目を細める。
その時だ。
が俺の名前を呼んだ。
まったく何の期待もせずに首を動かした俺の鼻先には、差し出された白い手袋。
その手袋の掌には、小さな包みのチョコがのっていた。
外灯に照らされての瞳がきらめく。
俺を見上げて悪戯っぽい笑みを浮かべると「いる?」と問う。
思わず後ずさった俺は暫しあ然としていた。
どう反応していいかも分からず、突然の女のコらしいの仕草に面食らっていた。
「な・・どうして、また」
やっと立ち直って尋ねれば、はチョコを差し出したまま口を尖らせる。
「いらないの?」
「そりゃ欲しいけど。なんで突然」
「買い出しの時にコンビニで買ったんだけど・・・研究室だと他の人もいるでしょ?
だから後でと思って。なんか乾が催促してくるから迷ったんだけどね」
が視線を逸らして言い訳をする。
段々と小さくなる語尾に、俺は緩んでくる頬が止められなかった。
つまりは義理なら他の奴らにもチョコを買ったはず。
それを俺だけに買って、さらに他の奴のいないところで渡してくれた。
これで自惚れない男がいると思うかい?
「ありがとう。嬉しいよ」
俺は小さな手から包みを受け取ると、そのままの体を抱き寄せた。
「乾!?」
「はいはい」
たとえ君が腕の中で恥ずかしがって暴れても平気さ。
顎に頭突きを受けながらでも言える。
「好きだよ」って。
コンビニのチョコでも愛はある
2010/02/04
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