ロマンスの神様











「カレシが営業で使った店なんだけど、とっても雰囲気良くて美味しいんだって
 あっちも同僚を連れてくるっていうし、ちゃんも私と一緒に行かない?」



同期で入社した仲の良いコに誘われ、気分転換にもいいかと頷いたのが二月の初め。


なんか、すごく背の高い人だって。ちゃん、背の高い人が理想だよね。
そう付け加えられた時も『私も身長があるからねぇ』と笑っていられた。



が、今は笑えない。



「え〜、こちらは」
「げっ」



待ち合わせ場所に遅れて現れた男を見て、私は思わず呟いた。
男を紹介しようとしていた人の好さそうな友人のカレシが「なに?知り合い?」と驚いている。


二十分の遅刻に慌てた様子もなく店に入ってきた長身の男は
マジマジと私の顔を見てから「なんだ、君か。やぁ、久しぶり」と間抜けな挨拶をした。



「運命を感じるような偶然だね。まさか二人が高校の同級生だったとは」



なにが嬉しいのか上機嫌な友人のカレシに、中学も一緒だったけどねと内心で毒づく。
私の前に座った元同級生の乾貞治はドリンクのメニューを見ながら淡々とおしぼりで手を拭いていた。



「高校時代、仲良かったの?」
「・・・それほどでも」


「でも乾さんって、ちゃんの理想に」



近いと言いそうになった友人の口を手でふさいだ。
目を丸くする友人を強引に後ろへ向かせ、額をつきあわせるようにして声をひそめる。



「悪いけど乾はムリなの。知ってたら断ったのに、ゴメン」
「そ・・そうなの?こっちこそゴメンね。あらかじめ名前とか教えとけば良かったね」



眉を下げて情けない表情を見せる友人に私は首を横に振る。
同い年で、カレシの同僚。カレシは営業だけど、その同僚は商品開発をしている人。


その説明で十分だったのだ。
まだ顔も知らない人の名前なんか聞いても覚えられないし、ましてや出身高校なんて聞こうとも思わない。
よくよく考えれば友人のカレシは製薬会社に勤めているのだから、深く深く考えれば乾が商品開発していても不思議はない。
が、そんなこと思いつくはずもなかった。



「どうしたの?」



私たちの様子を見て友人のカレシが心配そうに訊ねてきた。
隣の友人が困った顔をするのに溜息を飲みこみ、私は彼女の肩をたたく。



「大丈夫。昔の事だし、今日は楽しくやる」



笑顔で耳打ちすると、彼女はホッとしたように微笑んだ。



まずは乾杯。
グラスを合わせる時、できるだけ乾を見ないようにした。
なのに乾ときたら平気な顔でグラス片手に話しかけてくる。



「で?今は何をしてるんだい?」



思いがけず不本意な相手とご飯を食べてる。
そう答えてやりたかったが、なんとか無難な笑顔を作る。



「フツーのOL」
「普通ねぇ。普通のOLって、君から一番遠い言葉のような気がしてたけど」



どういう意味よ、それ。



ほら、はじまった。
昔から口を開けばカチンとくる言葉を吐く男だった。それも淡々と。
悪いと思ってないところがイラッとさせるんだから、コノ。



ちゃんは普通のOLじゃないですよ?もう幾つも企画を任されてチーフになってて」


「で?クリスマス前にフラれたんだ
 あまりに仕事がデキるカノジョに耐えられず、カレシが劣等感に苛まれて逃げていったって」



なんで、そんなこと(事実)を知ってるの?
ハッとして友人を見れば、シマッタという表情。


やっと理解した。
同じく同期だった恋人に『君は僕がいなくても立派に生きていける』と
クリスマス直前にフラれた可哀想な私のために用意されたのが「乾」だったのだと。
わざわざバレンタインデーというイベントを前に席をもうけてくれた友人の好意はありがたい。


だが・・・相手は乾。


頭痛がしてきたような気がして、こめかみを揉まずにはいられない。



「まさか君の事だとは思わなかったけど納得だな」



納得するなと思ったけど、口にする気持ちにもなれない。
微妙に気まずい空気を察したのか、友人のカレシが明るく話をふってきた。



「あ、そうだ。さん、知ってる?乾はテニスが上手でね」



私は呆れ声で応えた。



「まだ続けてたんだ」
「まぁね。うちの会社、敷地内にコートがあるんだ」


「まさかと思うけど、それで就職決めたとか」
「もちろん重要な決め手になったよ。薬の研究もできて、テニスもできる。最高だろ?」


「恐ろしいぐらい変わってないね、乾」
「君も変わってなくて嬉しいよ」


「・・・・・」



会話終了。
ルッコラのサラダを箸でつまんだまま、友人のカレシが苦笑いを浮かべている。
それぞれの友が案ずる好意を無駄にして申し訳ないのだけど、私たちは昔からコレ。


気が短くて思ったことをズバズバ口にする私と
何事も己の信じるがままで他人の言葉など意に介さない乾が揃うとこうなる。


とにかく乾の近くにいると疲れるったらない。



「い、乾さんは背も高いし、スポーツもできるから、モテたでしょうね」



カレシを引き継ぎ、今度は彼女が一生懸命話題をひねり出してきた。
なのに「モテたかな。どうだった?」なんて、何故か乾が私に訊いてくる。



「さぁね。あの頃のテニス部は人気だったから。ちょっとぐらいはモテてたんじゃない?」



今は知らないけど。
あの頃だって胡散臭い四角メガネと変な収集癖さえなければ、もっとモテたでしょうよ。
思って乾の顔を見れば、今はシンプルな細いフレームのメガネをしていた。
それだけでも随分とスッキリして、切れ長の目と通った鼻筋がバランスよく見える。
こだわりがあったらしいツンツン頭もおとなしくなり、あの変人ぶりを知らなければ十分にイイ男だろう。


わざわざフラれた女を紹介されなくたってモテるだろうに。
思えば段々と腹立たしくなってきて、さっさと胃袋を満たして帰ることにした。





「そろそろ出ない?」



美味しかった食事が救いの一時間ちょっとを過ごした後、私は笑顔で切り出した。
バレンタイン直前の週末を私たちに割いてくれた友人たちを早々に解放してあげたい。
友想いの恋人たちは「次の場所はどこにする」などと話しているけど、私は絶対に帰るつもりだ。


そしてレジでお金を払う時になって、乾が私を振り返って言った。



「金は俺らで払うよ」
「いいわよ。私も払う」



友達の分をカレシが払うのは分かるが、乾に奢ってもらう理由がない。



「えっと、いくらになるっけ」
「いいよ。君には金を借りたままになってたし」



乾は大真面目な顔で財布から二人分の札を出している。
借りたままって・・・思い出して少し笑ってしまった。



「それだと乾が損をするよ?」
「覚えていたか。随分と借りたままにしてたから利子だよ」


「二百いくらしか貸してないのに、高い利子」
「いや。あの時、君が貸してくれたから残り一冊のジャンプが買えて連載の続きが読めた」


「好きだったよね。ありえないような大技を繰り出すテニスマンガ」
「君は馬鹿にしたけど名作だったよ、うん」



レジの前で話しながら、結局は乾が私の分も支払ってくれた。
最後にきて和んだ私たちが振り返ると、友人たちが目を細めて私たちを見ている。



「なに?」
「いやぁ、なんというか絵になる二人だねぇって話してた」



言われている意味が分からず首をひねる私の隣に乾が並ぶ。



「二人とも背が高くて、並んでる姿がお似合いで絵になるってこと」



唖然として隣の乾に視線を向ければ、彼は少し考える素振りをしてから呟いた。



「それ、前にも言われたな。なぁ、



問いかけるように名前を呼ばれた。
不意打ちだったら、自分でも驚くぐらい鼓動が跳ねる。
それが悔しくて、またまた私は不機嫌になった。










色とりどりのネオンが眩しい。
あれは節電の対象にするべきよねなどと意識を散らしつつ、黙々と歩いている。
心優しい友人たちと別れて、すでに数分はたっているだろう。
駅から遠い店だったことが心底恨めしい。



「そんなに急がなくても駅は逃げないよ」
「電車を逃がしちゃうでしょ」


「まだ九時すぎ。最終じゃないんだから、逃しても次々来るだろ」



言われなくても分かってる。
乾と共にいるのが耐えられないのだと何故に察せられないのか?
いやいや。乾が人の気持ちに鈍感なのは今に始まったことじゃない。



「待てよ」



返事を待たずに後ろから腕を掴まれた。
咄嗟に振り払おうとしたが、力で乾にかなうはずがない。



「離して」
「嫌だ。今度は離さない」



大きくはない声だったが、はっきりと乾が言った。
足が止まり、意味を問うように乾を見上げてしまう。



「あの時は別れてくれと言われても仕方ないかと思った。けど本当は嫌だったんだ」



垢抜けた男が十年近くもたって言い訳を始める。
今更と思うし腹も立つのに、先を聞きたいと思ってしまうのは、悔しくも乾が最初の恋人だったからだろうか。
それならそれで、この際は私も言いたいことを言ってやると腹を決めた。



「嘘。『別れて』『分かった』って、ものの三秒で終わったじゃない」


「諦めの境地だったんだよ。君は言い出したら聞かない人間だし、大学は別々になるし」
「乾が相談もなしに地方の大学に進学を決めたりするからでしょう?」


「いや・・・まさか君があんなに遠距離恋愛を嫌うとは思っていなくてね
 あの頃の俺は読みが浅かったんだな。離れてたって、君は平気かと」


「離れてたって平気だったよ、たぶん。でもね、それは二人で話し合って納得してのこと
 寂しいけど頑張って行こうねとか気持ちを確かめあってこそ成り立つことだったの」



馬鹿っと、つい感情的に付け加えてしまった。
私に馬鹿呼ばわりされた乾は「そうだったのか」と呟き、口元を押さえる。
そして、何かを誤魔化すように二度ほど咳ばらいをした。



「わかったよ」
「なによ、今更」



急にガシッと人の肩を掴むから、無意識に体が逃げる。
そんなことはお構いなしで、乾が低い声で重々しく言ったのは・・・



「これは運命だと思うんだ」
「はぁ?」



また変なことを言い出した。
実はアルコールに弱い体質だったのか、乾。



「俺たちにロマンスの神様が降臨したんだ」
「ええ?ちょっと、大丈夫?」



頭が…という言葉をかろうじて飲みこむ。
乾は頭の心配をされているとも知らず、うんうんと頷いている。



「そうだろ?嫌いで別れたわけじゃない二人が偶然に出会ったんだ
 この広い都会で俺たちは全く別の場所で友人を作り、君は彼にフラれ、俺はたまたまフリー
 気のいい彼らが俺らを引きあわせようと努力してくれて、今夜だ
 どれか一つ欠けても会えなかった俺たちが再び会えた。すごい確率だ。家に帰って計算してみよう」



情熱的な言葉の羅列だし、確かに驚きの偶然なのだが素直に喜べないのは何故だろう。
それは相も変わらず乾の喋り方が淡々としていて、そのうえ確率だとか計算だとかを言い出すからだ。



「あのねぇ」



やっぱり、乾といると疲れる。
付き合ってる時も『疲れるなぁ』『意思の疎通が難しいなぁ』と何度となく思った。
だけど乾はテニスに対しては直向きで、どんな時も一生懸命だった。
私から見れば無駄だとしか思えない研究とやらも、すべてはテニスのため。
他人から変人扱いされても自分を曲げない乾が好きだった。


私ぐらいしか乾を理解してあげられないのだから、ずっと傍にいてあげよう。


それが愚かな思い上がりだったと分かったから別れたのに。



ちゃんの好きなタイプって?』



入社して間もなくの頃、気が合うと感じ始めた彼女に訊かれて私は答えた。



『背が高くて、メガネをかけてる人かな』



今も乾がテニスを続けていると聞いた時、本当は少しだけ嬉しかった。
ああ、いやだ。いやだ。


ロマンスの神様という発想はキモいけど、なんだかもう・・と思う。







また名前を呼ばれた。
すると勝手に頬が熱くなる。本気で嫌なんだけど止められないのだ。



「もう一度、俺と」



困ったな。
バレンタインデーのチョコ、どうしよう。


思い浮かべた私の上には、運命を背負った神様がいたのかもしれない。




















ロマンスの神様 

2012/01/17




















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