友達以上恋人未満
シャツのカフスボタンを外しながらも、パソコンの画面に目を走らせてる。
時々マウスを操作しながらの着替え。
司法修習生が大変なの、私にだって分かってる。
貞治の夢が叶おうとしている大事な時期だって。
けれど、私と話す数分の時間さえ惜しんで。そんなにも大事なことって何?
でも、いいわ。もう・・・私には関係のないことになるのだから。
醒めた目で。冷めた紅茶を飲む。
「話。仕事をしながらでいいから、聞いてくれる?」
「ん?ああ。ごめん。どうしても、調べておきたいことがあってね。」
「いいの。わかってる。」
チラッと私に視線をよこして。でもすぐにディスプレイに帰っていく視線。
長く付き合ってきたけれど。
あなたの瞳に見つめられた時間って・・・きっとパソコンに惨敗するわね。
なんだか可笑しくなって笑いがこぼれた。
好きだったのよ。本気で。誰より。何より。あなたしか見えなかった。
あなたには・・・私が見えていなくても。
さあ。言うわ。私の長い片想い。もう。終わりにする。
「私、お見合いしたの。その人と、結婚する。だから・・・もう会わないね。」
カチカチッと響いたマウスの音。画面を見つめたままの彼。
私はカップをテーブルにおいて、ソファに置いてあった荷物を手にした。
「元気で。・・・今までありがとう。」
私を見ない彼に背を向けて、足早にリビングを出た。
気軽に家に行き来する間柄。何度もこの家に足を踏み入れた。
キスもした。それ以上も。けれど、恋人にはなれなくて。友達以上、恋人未満。
宙ぶらりんの私。
不安定な関係は。今、終わった。
玄関のドアに手をかけて、マンションの手すりと夜景が一瞬見えた。
けれど、次には後ろから腕を引かれて玄関に引き戻される。
痛いぐらい腕を掴まれて振り向けば、真剣な顔で私を見下ろす彼。
「。さっきの・・・冗談?」
「まさか。」
「お見合いなんかしたんだ。」
「貞治には、言ったよ。お見合いするって。」
「・・・・・・。」
聞いてなかった?
瞳で問えば、自分の髪をイライラと掴む仕草を見せる。
「相手の人。転勤が決まってるの。だから、急いでて・・・っ、やめてっ」
掴んだ腕を引き寄せて、胸に抱こうとするから反抗する。
「っ。俺は許さないよ。」
「何を・・・」
力負けした私の体は、彼の長い腕に巻かれて。広い胸に押し付けられる。
やめて。やめて。心揺らさないで。
「それで最近、様子がおかしかったんだ。それぐらい俺にだって分かったよ。
けど、まさか結婚を決めてくるとはね。参った。」
「何を?貞治には関係ないことでしょう?お願い。離して。」
「いやだ。離さない。」
腕の力が一層強くなる。
「どうして?抱きしめて欲しいときには放っておいて。なんで、こんな時に?」
「なんで?それは、君が好きだから。君を愛しているから。
ここで離したら、他の男のものになるんだろ?離せるわけないじゃないか。」
思わず抵抗することも忘れて、彼を見上げた。
彼も真っ直ぐに私を見下ろしている。
しばらく見つめ合って。
「俺は恋愛不器用だと自覚してるけど。も相当な不器用さだね。
そして突然、大胆な行動に出る。先が思いやられるよ。」
「先なんて・・・」
「俺はね、以外の女の子と。キスだって、ベッドだって共にしたことないよ。
そんな大事なこと、何故分からない?」
「あなた、仕事ばかりで・・・。私を見てなかった。」
「確かに。熱中すれば周りが見えない。それは、高校生の頃から変わってないだろうね。
けど、は分かってると思ってた。ずっと、傍に居たから。
言葉にしなくても。俺を見て・・・君ならって。こそ、俺を見てなかったんだ。」
「そんな・・・」
「まあ。言葉が足りないのはお互い様か。
とにかく、結論から言うと。君は俺のものだから。他の奴には渡せない。」
もう一度。
「渡せないんだ。」
と囁いて。
唇が降りてきた。
深夜。ふと目覚めれば。隣に貞治がいない。
カタカタとキーボードを打つ音が暗い部屋に響いている。
ぼんやりと浮かび上がる。彼の広い背中。
また、仕事。
彼の情熱に流されて。けれど。きっと・・・同じことを繰り返す。
泣きたくなって手の甲を目に押し当てた。
と・・・感じる違和感に。自分の左手を見た。
薬指に輝いているダイヤモンド。
ほのかな明かりにも反射して、キラキラと輝いている。
思わず起き上がって、指輪に触れた。私の薬指に、ピッタリと納まっている。
そっと抜いて裏を見たら。私の誕生日の日付と彼と私のイニシャルが入っていた。
「起きたかい?」
「貞治・・・これ。」
「見ての通り。婚約指輪さ。ちゃんと就職したら・・・なんて、暢気に構えてたらこれだ。
君の誕生日には、格好よくプロポーズして渡すつもりだったのに。ムードが台無しだよ。」
笑いながら近付いてきた彼の後ろで、プリンターが印刷を始めた。
それに気をとられた私に気づいて。彼が後ろを親指で指す。
「あれはね、婚約不履行時の手続きと賠償について勉強してたんだ。まったく、君には手がかかる。」
「婚約不履行?」
「そう。悪いけど。そのお見合い相手には、ひとりで転勤してもらわないといけないから。これから、大変だよ。多分。」
言いながら、ベッドに上がってきた彼が私の肩を抱き寄せる。
そして左手を手に取ると、薬指にキスを落とした。
「賠償金捻出のために、この指輪を質に入れないとダメかもなぁ。」
私は首を横に振って、ぎゅっと左手を抱きしめた。
いや・・・大切な指輪。
「うそうそ。冗談だよ。弁護士の卵がついてるんだ。心配ない。その代わり・・・は逃げられないよ。」
「それは、貞治も。」
「じゃあ、お互い様と言うことで。」
「うん。」
見つめ合って。触れるだけのキスをして笑う。
「これからは同じ過ちを繰り返さないように。自分に正直に。言葉にしよう。」
決意したように、彼が力強く言うのが可笑しい。
「分かった。」
「じゃあ、正直に。もう一度、愛し合おう。」
友達以上恋人未満の私たちが。いっきに、夫婦となる日が来るらしい。
仕事一筋の変わり者。私でさえ、そう思っていたけれど。
実は情熱的な恋する男だと。これから身を持って知ることになった。
「友達以上恋人未満」
2004.11.20
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