ホワイトデーキス☆










今日は、3月14日。俗に言うホワイトデーだ。
だからといって何があるわけじゃない。


山のような仕事を抱え、キーボードを叩きながら眉間の皺が寄っているのに気がついて溜息をつく。
胃の中には、薄いコーヒーが流し込まれるだけ。
いつもと同じ一日だ。


乾君は朝から外に出ている。
昨日も普段どおりに笑って『おやすみ』と軽いキスをして別れた。


特別なにかを約束してるわけでもない。
バレンタインデーのあの日。彼にあげたのはチロルチョコだけだったし。
お返しなんて、考えるだけでおこがましい。


だから気にしないで過ごそうと思っていた。
そう思っていたのに。
さっきから時計を見ては、乾君のデスクに視線が向いてしまう。
そして、何度も携帯にメールが来てないか確認してしまう。



『恋人なんだから』



頭のどこかにある私の気持ち。
このまま。本当に何もなく今日の日が過ぎてしまったら。
私・・・きっと傷つくんだろう。


バカ。我儘。しっかりしなさい。
心の中で自分を叱咤して。また、書類に向かう。


年上の女が、こんなにも余裕がなくて我儘なのを知ったら・・・彼は疎ましく思うでしょう。


そう考えただけで。胸が軋んだ。





結局、8時をまわっても乾君は戻ってこなかった。
若い子たちは、いつもより早い時間に席を立っていった。
彼らを見送りながら出るのは溜息。


もう一度携帯を開き、着信がないことを確認してから鞄の奥に仕舞う。
想いを断ち切るようにデスクを片付け、まだ終わっていない資料を抱えると席を立った。










カタカタ・・・とキーボードの音だけが響く部屋。
コンタクトも外し、メガネをかけてディスプレーを見つめる。


帰りに駅前で花を買った。
1本のバラ。数え切れないほどの花びらを抱えた薄ピンクのイングリッシュローズ。
それをダイニングテーブルに飾ると笑顔がこぼれた。


シャワーを浴び、お気に入りのフレグランスを身に纏った。
肌触りに惹かれて買った、ざっくり編んだ真っ白のセーターが気持ちいい。


この前買ったばかりの豆をひいて丁寧にコーヒーを入れた。
香りが立ち上ると幸せな気持ちになった。





そして、いま。
落ち着いた気持ちで、ディスプレーに向かっていた。


歳を重ねると、こうやって自分を誤魔化す方法が分かってくる。
哀しむべきなのか、知恵がついたことを喜ぶべきなのか。



ピンポーン。



静寂に突然割り込んできた音。体がビクッとした。
時計を見れば、もう10時をまわっている。


まさか?と一瞬、乾君の顔が浮かんだけれど。
彼には、まだ家の場所を教えていなかった。


躊躇っているうちに、また呼び出し音が響く。
仕方なく立ち上がってインターフォンを取った。



「はい。」
『俺。』


「っ!乾君?」
『そう。できたら・・・開けてほしいんだけど?』


「あ・・・ちょっと待ってて。」



インターフォン越しの彼の声に赤面している自分が恥ずかしい。
慌てて髪を手ぐしで直し、ソファーに投げてあった荷物をまとめてから玄関に出た。


ドアを開けると、ニッコリと笑った彼がスーツ姿のままで立っていた。



「こんばんは。」
「どうして、私の家を?」


「ああ。いつかさんを襲いたいと思ってリサーチしといた。」
「・・・・・。」



冗談なのか本気なのか分からない口調で言いながら、さっさと玄関内に体を入れてくる。



「あがってもいいかな?」
「もう玄関の中に入ってきてるじゃない。」


「いや、靴を脱がずに待ってるだろ?これでも遠慮してるんだ。」
「・・・襲わないなら。」


「ははは。どうかな?でも、あがらせて貰うよ。これ買ってきたから、一緒に食べよう。」



差し出されたのはケーキの箱。


ああ・・・ホワイトデーを忘れてなかったんだ。
そう分かっただけで、心があったかくなる。
今日一日のイライラも吹き飛んでしまった現金な自分に苦笑しながら
「ありがとう」と心からのお礼を彼に告げた。


彼はふっと瞳を細め大きな手で私の頭を撫でてくれる。
それだけで、もの凄く安心した。



「今までかかったの?」
「そうさ。トラブル続きでね・・・」



彼の愚痴を聞きながらホワイトチョコのケーキを二人で食べる。
真っ白のチョコケーキの上にピンクのバラを模ったクリームが並んで可愛らしい。
彼がどんな顔で選んだのだろう。想像するだけで可笑しくて、くすぐったい気持ちになった。




あなたがいるだけで幸せ。



そんなこと。恥ずかしくて口にはできないけれど。
わたし。とても・・・あなたが好きなの。
きっと、あなたの何倍もね。



「ところで。どうして俺を待ってなかったのか・・・聞かせて欲しいな。」
「え・・・?」



ケーキも食べて。一息ついたところで、突然に乾君が切り出した言葉。
瞬きも忘れて彼の顔を見つめる。



「仕事の合間、嫌になるくらいメールチェックしてた。
 やっとクライアントから解放されて君に電話したけど出ない。
 オフィスはもぬけの殻。メモも残っていなかった。」



「あ・・・ゴメンナサイ。携帯、鞄の中に入れっぱなしだった。」
「それって。俺の事なんか気にもしていなかったと理解していいのかな?」


「そんなことないっ!」



咄嗟に大きな声を出してしまった。
驚いた・・・乾君がそんな風に思っていたなんて考えてもいなかった。



「今日はホワイトデーだから。
 一応・・・君の恋人だと思い込んでる俺としては、それなりに考えてたんだけど。
 君は全く期待もしてなかったみたいだし、さすがの俺もへこむよ。
 それでも、こうやって押しかけてしまう自分がいじらしく思える。」



違う。違うのよ。



メガネを押し上げながら俯き加減で溜息をつく彼。
私の気持ち、彼に伝えなきゃ。
このままだと。同じ方向を指してる想いなのに・・・心が擦れ違ってしまう。



さんは、俺のこと」
「好きよ。とても・・・好き。乾君の重荷になってしまいそうなほど。自分でも呆れるくらい・・・好きよ。」


さん。」
「ずっと待ってたの。電話もメールも、ずっと待ってた。でも・・・乾君、何も言ってくれなかったし。
 期待しちゃ駄目だと思って・・・我儘言ったら・・・あなたに嫌われてしまうかも・・・」



言葉は最後まで言わせてもらえなかった。
椅子が動く音と同時に伸びてきた手。
顔を上げると素早くメガネが抜き取られた。
ぼやける視界に近付いてくる乾君の瞳を見た・・・と思った時には口づけられていた。


小さなダイニングテーブル越しのキス。


優しく口づけて。そっと離れていくぬくもり。
目を開いていくと、穏やかな笑顔を浮かべた彼がテーブルに手をついて立ち上がっていた。



「乾く・・」
「好きだよ、。君の想いに負けないぐらいが好きだ。
 君の重荷になろうが、自分で呆れても、君が好きだ。
 期待して、我儘言って・・・もっと俺を求めて欲しい。そんなことで俺はを嫌いになったりしない。」



     だから、ね。いつも、素直になってくれないかな?



私たちは何度もキスをした。
この一夜だけで・・・数え切れないほど。





『星の数ほどキスをあげるよ』





あなた・・・ロマンチストだったのね?そう囁けば。
恋人限定だよ。と囁きが返ってきた。





ホワイトデーの夜。





私たちは、ひとつになった。




















「ホワイトデーキス☆」 

2005.02.23 甘い・・・




















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