二度目の恋










携帯の着信音が鳴って始めて、今の時間に気がついた。
俺は自室のデスク前。髪はボサボサだし、服だって着替えていない。
というか・・・昨夜から寝ていない。


携帯に浮かぶのは彼女の名前。


シマッタ!また、やってしまった!


頭を抱えたくなるような思いで、携帯を耳にあてた。



!ゴメンっ!」
『・・・忘れてた?』



携帯の向こうから街のざわめきが漏れ聞こえてくる。



「忘れてはないよ。ただ、週明け一番で提出しなきゃならない資料があって・・・
 それを作っているうちに時間が過ぎてた。
 今から準備して出るから、次の上映には間に合うと思う。近くでお茶でも飲んで待って・・・」



話しながら慌てて胸のボタンを外し、あ・・・と気がついて作りかけの資料を保存する。



『乾クン、寝てないんでしょう?』
「え?」


『だって、土曜日も出社して。そのまま仕事を持って帰ってきたんじゃないの?』
「あ・・・まあ。けど、大丈夫さ。」


『私と映画を見たら・・・今晩も徹夜じゃないの?』



痛いところをつく。まぁ、その可能性は100%に近い。



「いや。でも、と約束したし」
『今日はいいわ。無理・・・しないで。』


「いい、って。その映画、今日までなんだろう?」
『そうだけど。夜も寝てない人が映画館に入っても寝るだけでしょう?
 いいの。映画は一人でも見られるわ。じゃあね、また。夜にでも・・・起きてたら電話して?』


「本当にいいのか?」
『ええ。』


「ゴメン、。夜、電話する。埋め合わせも必ずするから。」


『懐かしい・・・言葉ね。』


「え?何?よく聞こえなかった。」
『ううん。それじゃあ。』


「ああ」



プツンと切れた電話。繰り返される機械音を苦い思いで聞いた。



俺は外した服のボタンもそのままに、さっき保存したばかりのファイルを開き、
資料作りの続きを始める。
何かが引っかかった。



『懐かしい・・・言葉ね。』



間にも何か言葉があったみたいだけれど、よく分からない。最初と最後は聞こえた。
懐かしい・・・言葉?



ディスプレイの文字を目で追っているのに、俺の頭の中ではの声がリピートされている。



いつの間にかキーボードを叩く手が止まっていた。
記憶の底から『懐かしい言葉』として浮かんできたのは・・・7年前の俺。





『ゴメン、。今日は後輩のトレーニングに付き合うんだ。だから・・・ゴメン。
 今度、必ず埋め合わせするから。』

『ゴメン、。部活のデータ入力してたら時間が過ぎてて。ゴメンって。』

『ゴメン、。今夜、電話するから。』

『ゴメン、。』『ゴメン、。』『ゴメン、。』






『乾クン、ごめんね。もう・・・私には無理なの。だから・・・別れよう?』





また、同じ事を!



俺は立ち上がった。


7年前と同じ事を俺はしている。
あの時、を失って。あんなに後悔したのに。


データを上書き保存をして、パソコンの電源を落とす。
急いで服を着替え、無精ヒゲと跳ねた髪に眉を寄せながらも
『時間がない』という脅迫観念が俺を追い立てる。


とにかく彼女のもとへ。
映画館の前で待っていれば、彼女を捕まえることができるだろう。
彼女の電話を切って、すでに1時間はたっている。急がなくては。


靴もまともに履かないうちに玄関のドアを開けて驚いた。
雨が降っている。
それも。今、降り始めたようだ。
大粒の雨が一気にアスファルトを染めていくのが目に入った。



ああ、もうっ。と、誰に言うでもなく呟いて。
傘を二本、手にして玄関を出る。
鍵をかける時間も疎ましい。



エレベーターで1階まで降りてエントランスで傘を広げると、雨の中へ走り出した。
急な雨だ。急がないと映画館から出てきたが濡れてしまう。



ローファーを濡らす水しぶき。
さっきまで陽射しが窓から入ってきていたのに、通り雨だろうか。
激しい雨の中走っている自分が、なんだか滑稽だ。



俺は情けないくらい必死なんだ。を二度と失いたくなくて。
偶然で掴んだ彼女との二度目の恋。


絶対に三度目はない。ならば、離してはいけないんだ。
何が何でも。大切な人は、二度と離してはいけない。





駅に続く道。角を曲がったところで、前から走ってくる人影に目を奪われた。



なんで!?



!」
「乾クン?」



が顔をあげて微笑んだ。
その笑顔が一瞬、泣き顔に見える。


駆け寄って、彼女のほうに傘をさしかけた。



「どうして?びしょぬれじゃないかっ」
「曇ってきたとは思ってたんだけど。急に降りだしたんだもの、仕方ないでしょ?」


「にしても・・・」



泣き顔だと思ったのは見間違えだったのか、彼女は肩をすくめて悪戯っぽく笑う。
そんな彼女の前髪からは透明の雫が絶え間なく落ち、
雨に濡れて体に張り付いた白いシャツは細い肩を浮き立たせていた。
出掛けポケットに捻じ込んだハンカチを取り出し、の額から頬を拭ってやる。
子供みたいに目を閉じたは、黙って俺の手を受け入れた。



傘を叩く雨の音は激しい。
まるで夏のスコール状態だ。
住宅街は灰色にくすんで、ひとっこひとり歩いていない。



「私・・・」
「ん?」



の瞳が開く。その瞳には、俺が・・・俺だけが映ってる。



「もう・・・同じ事を繰り返したくなくて。二度と別れは言いたくないの。だから・・・来ちゃった。」



ああ。君も、そう思ってくれたんだ。
やっぱり、見間違えじゃなかった。そんな・・・泣きそうな顔するなよ。



          抱きしめたくなるから。



差してた傘が激しく揺れて、雨の雫が一斉に俺の背中に落ちてきた。
だけど、そんなこと構うものか。
の体を思いっきり抱きしめて、その雨の匂いがする髪に頬を押しつける。



「ゴメン、。俺は・・・また同じ事を繰り返しそうだった。」
「でも・・・迎えにきてくれたんでしょ?」



俺の左肘にぶら下がっている、もう一本の傘。



「ああ。7年で少しは進歩したのかな」
「そうね、お互いに」



腕の中からが顔をあげる。
柔らかい輝きを灯した瞳に誘われて。俺はの唇に自らの唇を重ねた。



とても甘いキスだった。










俺は、厭きもせずパソコンの前。
もう限界は超えているのだろう、目が霞んでくる。


コトン。と、デスクの脇にマグカップが置かれた。
コーヒーのよい香りが、なんとか脳細胞を正常に引き戻してくれそうだ。



「乾クン。雨もやんだし、そろそろ帰るわ。」
「服がまだ乾いてないだろう?ダメだよ。」


「でも、私がいても邪魔だし。服は、もう大丈夫みたい。」
「待って。・・・ヨシ。これで終了っと。」



ディスクにコピーしてホッと一息。
そして隣に立つを見上げ、ニッコリ微笑んでやる。



「さて、仕事は終わったよ。これからは、君と過ごす時間だ。」
「ダメよ、寝なくちゃ。倒れちゃう。私はいつでも、」



さっと、の手首を掴んだ。逃がすものか。



「そうだね。じゃあ、仮眠をとるか。でも、君は帰さない。」
「そんな・・・」


「もう、この際だし遠慮はしないよ。を抱いて眠れば、ほんの少しで疲れがとれそうだ。」
「ちょっ・・・乾クン、待って。」


「俺のトレーナーを着てる君に、さっきから・・・くらくらしてるんだ。ハイハイ、観念して。」
「あ、でも、コーヒー!」


「ああ、ゴメン。じゃっ、ベッドに持っていこう。」
「ちょっと」


「ハイハイ。おとなしくして」



彼女を引きずって寝室へ。
悪いけど・・・多分、今日は帰せない。



片手にはマグカップ。もう片方の手には、彼女。





二度目の恋は、余裕なんてないだよ。


もう、なくせない。後がないんだからね。


君は、かけがえのない人だから。


絶対離せないんだ。





だから。 大切にしよう。




















「二度目の恋」

2005.05.27   

『あなたにあげる』の、その後です。




















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