君が悪いと言うけれど
「何度言ったら分かるんですか?
物の置く場所を勝手に変えないで下さいと俺は言わなかったですか?」
相変わらず視線で人を凍らせそうな目で私を見下ろす人。
「は?わんぬくとぅだたんなー?(は?私ですか?)」
「無理な方言は使わないで下さい。聞き苦しいだけです。」
頑張って身につけようとした方言も瞬時に切って捨てられてしまった。
ショックを受けている私を無視して、今日も木手部長のお小言が始まる。
「物には置くべき場所が決まってるんですよ。」
「で・・でも、ココって置き場所に名前が書いてあるわけじゃないし。
どうせなら使いやすい所に片付ければ良いかなぁと。」
「いちいち書かなくても、以前から置く場所は其々に決まってるんですよ。
それを動かすなと俺は言っているんです。」
「はぁ・・・」
「はぁ、じゃない!」
「はい!」
「分かればいいんです。早速ですが、倉庫の中を元通りにしてきてください。」
ビシッと倉庫を指差され諦めの溜息をつけば、メガネのレンズに光りを反射させた木手さんに睨まれた。
あまりに恐ろしいので逃げるようにして倉庫へ向かう。
そこで心置きなく溜息をついていたら、平古場先輩と甲斐先輩が笑いながらやってきた。
「やぁは、また怒られてたなぁ。」
「せっかく俺らが方言指導してやったのに木手には通じなかったか。」
「木手部長に嫌われてるんです、私。」
「そんなことないだろ。永四郎は誰にでもあんな感じさぁ。な、裕次郎?」
「そうそう。確かにお前は要領悪いけど、嫌われるようなヤツじゃないしよ。」
落ち込む私が呟けば、気の好い二人の先輩が慌てたようにフォローしてくれる。
けれど、東京から転校してきた私がマネージャーを申し出た時に木手部長がイイ顔をしなかったのは事実だ。
前の学校でもテニス部のマネジャーをしていたからとお願いして入部を認めてもらったけれど、
ここのテニス部はあまりに勝手が違っていた。
不器用なうえに要領が悪い、それは自分でも分かってるから人一倍頑張ってきたつもり。
そんな私に木手さん以外は優しくしてくれるけれど、やはり部長に認められないというのは辛いものだ。
「ある意味、永四郎にとっては特別かもしれないぞ。」
「どういう意味ですか?」
「永四郎は女嫌いというわけでもないだろうけど、誰とでも話すような男じゃないぞ。」
「言えるな。モテるわりには面倒だとかって女を遠ざけてたりしてるし。」
「それを思えば毎日自分から近づいてってまで怒ってるんだから、なぁ?」
「平古場先輩、なんか慰めになってません。」
「アキサミヨ〜!裕次郎、ちゃーすが?」
「どうするって訊かれても・・・おっと木手がコッチを見てるぜ。」
「うわっ、行くぞ裕次郎!」
遠くコートの端に立つ木手部長が刺す様な視線でこちらを見ている。
ひとつの隙もない美しい立ち姿だけど、それがかえって恐ろしい。
平古場先輩がポンと軽く私の頭を叩くと「チバリヨー」と笑って駆けだし、甲斐先輩も後に続く。
残された私は良かれと思って整頓した倉庫の前に立ち、また溜息を落とすしかなかった。
その後は田仁志先輩にジャージを頭から被せられハンガー代わりとなり、
知念先輩には「これ、やる」とパイナップルのキャンディーを貰う。
なんとなく皆が私を気遣ってくれているのが分かり、段々と元気になってきた。
木手部長はああ言ったけれど、やっぱり物は使用頻度に分けて取り出しやすいようにしたほうがいい。
この数日試行錯誤してきた結果から、私の考える物の片付け方法を提案してみよう。
また怒られるかもしれないけれど、ちゃんと説明すれば分かってもらえるかもしれない。
そう考えた私は恐々だけど木手部長にお願いして倉庫へ来てもらった。
「こ・・これを見てください。この二週間ほどの練習内容と物の動きです。
だいたい練習メニューのサイクルは決まっていて、その間に業者からの物品の補充があります。
で、ですね・・・私なりに考えて物の動きとか置き場所とか考えてみたんですけど。」
木手さんは黙って、私の手書きのレポート用紙に視線を落としている。
私の説明にも眉ひとつ動かさず、どう思っているのか全く表情からは窺い知れない。
「あ・・あの・・」
「それで色々と物を動かしていたという訳ですか。」
「は、はい。皆さんが動きやすいよう工夫できる事はしていきたいと思って。」
「君の考えは分かりました。ですが、俺も君に言っときたいことがあります。」
チラッと視線を上げた木手さんの鋭い視線に体が緊張する。
きっとまた怒られると覚悟を決めた、その時。
伸びてきた長い指が私の髪をすくった。
思わず一歩後ろに下がれば、木手さんが一歩近づいてくる。
「き、木手部長?」
「なんで逃げるんです?君、平古場君たちには簡単に触れさせるでしょう?」
「そんなこと」
「ないとは言わせませんよ。今日も頭を撫でられていたでしょう?」
「あ、あれは私を元気付けようとしてくれて」
「田仁志君のジャージを肩にかけて、知念君からは飴を貰って喜んでいた。」
「それは、」
「それは何です?俺はね、そういう君を見ているとイライラするんですよ。」
この状況は何?
木手さんの冷たい口調から零れる言葉の意味が分からず混乱する。
段々と歩を進める木手さんに私の体は勝手に動き、どんどんと倉庫の奥へと追い詰められていった。
「わ・・わたし、部活の邪魔をしてしまったんでしょうか?」
「邪魔?いいえ。
君がマネージャーとして働いてくれるようになってから、部内の雰囲気も良くなったし練習もしやすくなった。」
「だったら何がいけないんですか?」
トンと踵が倉庫の壁に当たった。
もうこれ以上は逃げられないと思えば、勝手に涙腺が熱くなる。
目の前に立つ木手さんが、私の横に片手をついて覗き込んできた。
整った綺麗な顔に切れ長の瞳が、レンズを通して私を映している。
「君が悪いんですよ。」
「私の何が・・・」
初めて木手さんが怖いと思った。
今まで私を怒りながらも、どこか本気で怒っているふうには思えなかった。
呆れたような口調で、時には溜息混じりに困った表情を見せていた木手さん。
その木手さんが本気で怒るようなことを私はしてしまったのかも知れないと思うと涙が出てきた。
「俺をこんなふうにしてしまう君が悪いんですよ。」
あ・・と思った時にはギュッと目を閉じていた。
木手さんのメガネが近くなったと思ったのは一瞬のこと、次には柔らかな温もりが目元に触れて離れていった。
その感覚に目を開けば、ひどく近い位置で自らの唇を拭う木手さんがいた。
「嘘・・・」
「嘘と言いたいのは俺の方です。
知ってますか?男というのは好きなコにほど意地悪をしたくなる生き物なんですよ。
君、ちょっと鈍すぎますね。やっぱり君が悪いんですよ。」
唖然とする私に木手さんが少し笑った。
再び伸びてきた手は私の両頬を包み逃してはくれない。
好きも嫌いもないうちに、この我儘で冷たい人は熱い気持ちを押し付けてくる。
君が悪いと言うけれど、本当はどっちが悪いのか。
私は閉じ込められた腕の中で『絶対に木手さんが悪い』と呟くしかなかった。
君が悪いと言うけれど
2007.06.25
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