我儘な僕
ファーストフラッシュは春摘みのダージリンティー。
ヒマラヤ山脈のふもとで栽培されたダージリンの新茶だ。
セカンドフラッシュ、オータムナルと、年に3回、楽しめる。
『ファーストフラッシュを届けて欲しい。』
そうメールをすれば、
『はじめクンがメールしてくるのは用事のある時だけね。』と、なにやら意味ありげな返信がかえって来た。
彼女が大学入学後、すぐに始めた紅茶専門店でのバイト。
今年が高校生活最後の年の僕だって、そうそう自由な時間があるわけじゃない。
僕の趣味に精通してくれるのは嬉しいけれど、ますます二人の時間は擦れ違って会えない日々が続いていた。
薄暗い非常階段から下に降りて、そっと寮の裏門を出る。
消灯から後、中から出ることは出来ても外からは入れない仕組みになっているドア。
つまり一方通行になっていて、寮から抜け出すと朝まで中に戻れなくなってしまう。
だが帰りのことは抜け目無く考えてある僕だから、素早く外に出て彼女を探した。
ぼんやりと灯る電灯の下、は所在無さげに立っている。
君の姿を見るのは二週間ぶり。
さすがに少し放りっぱなしだったと心のうちでは思っていても、
そんなことを口に出せるほど素直な性格じゃないのは彼女も知っているはずだ。
「」
「・・・お届けものです。」
振り向いた彼女は明らかに不機嫌な顔。
久しぶりに会った恋人に、その顔はないでしょう?
だけど僕には分かる。
君の瞳が僕を映して揺れている。
素直じゃないのはお互い様だと笑顔が零れれば、君は更に不機嫌になってしまった。
「そんな嫌そうにしなくてもいいでしょう?」
「とにかく、コレ。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、もう遅いし帰るね。」
「ちょっと待ちなさい。もう帰るんですか?会ってまだ三分もたってませんよ。」
「だって消灯時間すぎてるんでしょう?」
「過ぎてますよ。もう十時ですからね。あなた来るのが遅すぎます。」
「こ、これでも頑張ったのよ。妹に協力してもらって家を抜け出してきたんだから。」
がムキになって怒り出した。
分かってますよ。八時を過ぎないと寮に戻らないと言ったのは僕だ。
その僕に会うために、ご両親の目を盗んで暗い夜道を訪ねてきてくれた君の気持ちを分からないはずがない。
大学生と高校生。
たった一つの歳の差が僕と君の環境を大きく分けている。
だからか君はいつも不安げで臆病だ。
「そんなに苦労して来てくれたんです。バイトの成果を見せて下さいよ。」
「バイトの成果って?」
「ファーストフラッシュを淹れていって下さい。」
「そんな、どこで・・・」
「僕の部屋なら全て揃ってますよ。」
「無理よ」
「大丈夫です。僕、寮長の弱みを握ってますから。」
「でも、」
「帰るんなら、ご両親が寝静まってからの方が安全でしょう?」
「そうだけど。でも・・もし、」
慌てるの唇を人差し指で止めた。
の瞳が丸くなって、僕ときたら指先に感じた柔らかさに体温が上昇した気がする。
それを悟られないよう余裕の笑みを浮かべて携帯を取り出し、いつもの番号を呼び出せば、
うんざりとした声が聞こえてきた。
『観月?なんだ?』
「すみませんね、夜分遅く。ちょっと下へ降りてきて裏口を開けて欲しいのですけど。」
『ゲッ、お前が外に出てるのか?』
「品行方正な僕らしくないですか?ま、僕にも色々事情がありましてね。ほら、さっさと来てください。」
『わ、分かった。』
は僕の会話を聞きながら迷っている。
君だって去年までは僕と共に学校にいたんだ。
テニス部で僕が『策士』と呼ばれていることぐらい知っているでしょう?
まだ気づいてないんですか?
君は僕の考えたシナリオ通り、ココに立っているということです。
「やっぱり駄目よ。」
「僕が誘ってるんです。あなたに拒否は出来ませんよ。」
「そんなこと」
「次はいつ会えるかだって分からない。
会えないと、あなたは直ぐにグスグスとくだらない事を考えるでしょう?
あ、ホラ。お迎えが来たようですよ。」
ガチャ、と音がして。赤澤がドアの向こうから顔を出した。
「おい、観月。お前さぁ、って、えっ?あ、え?彼女?」
混乱する赤澤を押し退けて先に一歩中へ入ったものの、がついてこない。
振り向けば赤くなって下を向いている。
また戻って、俯く彼女の腕を取ると引きずるようにドアをくぐる。
「ありがとうございます。非常階段のほうは?」
「廊下を歩いてた不二を捕まえた。にしても、お前。やることが大胆というか、なんというか。」
「褒めていただいて嬉しいです。ほら、。行きますよ。」
「でも、・・・す・・すみません。」
泣きそうな声で赤澤に謝っているに紅茶の袋を持たせると、自分の体で隠すように肩を抱いて先に進んだ。
非常階段のドアをノックすれば、裕太君が中から顔を出す。
裕太君はドアを開けて何か言葉を発しようとしたが声にならず、
僕に肩を抱かれているを見て固まっていた。
「ありがとうございます、裕太君。で、このこと誰かにバラしたら、ぶっとばしますよ。」
「は、はい!」
「観月、後輩を脅すなよ。」
「本気です。はい、裕太君、廊下に誰かいないか君が先頭になって確認してきてください。」
「わ、分かりました!」
「赤澤は後ろをお願いしますよ?」
「あ?ハイハイ。」
と僕を間に挟んで歩く暗い廊下。
身を縮ませて「ゴメンなさい」と「すみません」を繰り返し、間では「もう帰る」と我儘を言う彼女。
僕はシッカリとの手を握って慣れた寮の中を歩く。
「やっと夜遊びして帰ってくる赤澤の気持ちが理解できました。」
「確かにお前には何度もドアを開けてもらったけど、俺は彼女を連れ込んだことはないぞ?」
「しょうがないでしょう?僕は忙しくて、ちっともに会えないんです。
部長のあなたがしっかりしててくれればデートの時間だってあるはずなんです。
こうなった責任をとって、帰りもお願いしますね。」
「帰りって、何時だよ?」
「そうですね。夜明け前ってとこですか?」
「なに?」
一斉に三人が僕を見た。
は瞬きも忘れたように僕を見ているし、祐太君は開いた口が閉じない間抜け面。
頭の回転が速い赤澤は大げさに溜息をついた。
「はじめクン、やっぱり私は帰り、」
「シッ。人に見つかってしまいます。静かにして下さいって言ったでしょう?もうすぐ僕の部屋です。」
「観月・・・お前さ、寮長の俺の前で彼女を泊めるつもりか?」
「いけませんか?彼女には紅茶を淹れてもらうだけですよ。」
「夜明けまで?」
「そう、夜明けまで。赤澤も付き合いますか?祐太君もいいですよ?」
赤澤は肩をすくめ、裕太君は首がとれそうなほど横に激しく振るから笑ってしまった。
皆を巻き込んで、ちゃんと牽制もしつつ彼女を紹介してあげたんですよ。
そこらへん分かってくださいね。
もうどうしようもない・・・という感じで小さくなっているの肩を抱き、自室の扉に手をかけて後ろを振り向く。
「じゃあ、明朝に。おやすみなさい。」
苦虫を潰したみたいな顔の二人に挨拶をして、を部屋に押し込んだ。
作戦成功です。
こんなことして、とか。ばれたらどうするの?とか。
まぁ一通りは言ってみた君だけど、隣に聞こえますよと唇をふさげば静かになった。
会えなくて寂しいのは君だけじゃない。
一つの歳の差を気にしているのだって僕も一緒だ。
ここに君がいたらと何度も思った。
君は同じ時間に何をして何を見て何を感じているのかと、共に過ごす知りもしない誰かに嫉妬だってする。
机の上には制服姿の君と僕の写真。
この写真を見ながら、僕がどんな気持ちで君のことを考えているかなんて知らないでしょう?
「紅茶をダシに呼び出したの・・・分かってくれましたか?」
「なら・・始めから、そう言ってくれればいいのに。」
「それじゃ、つまらないでしょう?」
「ひねくれてる」
「失礼な。あなたの理解力が足りない。」
「我儘」
「いいですね。あなたには我儘な僕でいたいって思ってますから。」
「酷い」
「酷くても好きでしょう?逃しませんよ。」
が瞳を細めて腕を伸ばしてきた。
首に巻かれるしなやかな腕に導かれて、僕は存分に恋人の体を抱きしめる。
また明日から始まる会えない時間を埋めるように君の全てを僕に下さい。
この我儘な恋人の願い・・・きいてくれますよね?
我儘な僕
2006.11.09
ボツssを何とか形にしてみた苦しい一品。
テニプリ短編TOPへ戻る