あなたにあげる 〜観月編〜
私と観月君は学校が違う。
長く続けている紅茶専門店のバイト先に、彼が通っていたのがキッカケ。
高一の冬休み頃には、ポツポツと紅茶のことで会話を交わすようになって。
何とはなく聞かれた学年で同級生になるのだと知り。
少しずつ会話が増え、彼がバイトの終わる時間に合わせて来るようになって。
そして、高二の春休み。
『あなたのこと、特別に興味を持っていますよ。』
『特別に・・・興味って。どういう?』
『ああ、いえ。まあ、早く言えば。あなたの事を個人的に、感情的に知りたい。』
『ますます・・・分からないんだけど』
『ああっ、もう。理解力のない人ですね。僕は、あなたが好きなんですよ!
ここまで言わせないと分からないんですか?』
そう、分かりにくい告白をしてきた。
私は観月君のことを、まだ好きだとまでは思ってなかった。
けれど彼が頬を赤くして、怒った様に『あなたが好きなんですよ!』と言ってくれたのに心惹かれた。
あの日から。私は、観月君に恋を始めたのだ。
『ああ、さん。今日はミーティングが入ってるんです。ですから』
『今日は、後輩の特訓がしたいので』
『部長と相談したいことがあるんです。だから』
『急に神奈川まで情報収集に行くことになったので』
『・・・会えません』
もうなん十回となく聞いたセリフ。
「そう、大変ね。分かった。じゃあ・・・」
『夜、電話します』
その電話さえ。たまにしか、かかってこない。
彼に恋を始めて知ったこと。
観月君にとって私は、彼の言葉ほど重要な位置を占めていないということ。
何よりテニスが一番で、そのずっと下のほうに私は位置している。
二人でいるときの彼は優しかった。
少なからず、私のことを好きだと思っているのだと感じることが出来た。
でも、テニスには敵わない。
彼にとって、何よりテニスが大事なのだと。
家族とも離れて、テニスのためだけに寮生活を送っている彼。
個人としてだけではなく、部としての発展にも力を注いでいる。
すべては、テニスで勝利するために。
何かに打ち込む男の人って素敵だと、淡い憧れを抱いていた。
けれど、その裏で置き去りにされる人間の気持ちなど思いもしていなかった。
ねえ、こんな寂しい思いをさせるのなら。何故、好きだなんて言ったの?
ただのバイトとお客さん。
それで済むはずだった関係に名前をつけたのは。観月君・・・あなたなのに。
今日は、5月27日。彼の誕生日。
私は綺麗に包んだ彼の好きな紅茶を胸に、バスに揺られていた。
聖ルドルフ行きのバス。
電話はしていない。彼からの電話もないし。
何の約束もせずに向かっている。
一枚のカードは、彼に会えたら渡さない。
会えなかったら・・・この紅茶と一緒にして誰かに託す。
そう、心に決めていた。
『 お誕生日おめでとう さようなら 』
もう傍にはいられない。
「えっと、観月さんは今・・・手が離せないっていうか。ミーティング中なんですけど。」
「ほんの少しでいいんですが。」
目の前の男の子が困った顔で頭をかく。
チラッと私が胸に抱いている包みを見てから、言いにくそうに口を開いた。
「あの・・・観月さんに誕生日プレゼントを?」
「・・・そうです」
「観月さん、受け取りませんよ?今日は、一日逃げまくって機嫌も悪いし」
「そう・・・なんですか?」
「観月さん、人気があるから。あなたみたいに他校から来る人も多いし。
部活まで邪魔されて、本気で機嫌が悪いんですよ。」
知らなかった。彼は、そんなに人気者だったんだ。
私・・・何も知らなかった。
胸が痛くて、苦しくて、視界が歪んでくる。
「あ・・・ちょっと。な、泣かないで?プ、プレゼントくらいは俺が渡してやるから、ねっ」
人の良さそうな男の子が慌てて言ってくれる。
ふと見たジャージに『不二』という刺繍。ああ、観月君がよく話してくれる後輩クンなんだ。
「・・・ありがとう。不二君にお願いします。」
「え?俺の名前、」
「ジャージに。それに、観月君が期待してる・・・って話してたから。」
「えっ、それって。観月さんと知り合いなんですか?」
「・・・知り合いでした。じゃあ、お願いします。これを」
不二君にプレゼントを渡した。あの、カードと一緒に。
「あ、あのっ、名前を」
「・・・です。言えば、分かると思いますから。じゃあ・・・本当にありがとう。」
「あ、はい。確かに預かりました!」
私は足早に歩き出した。少し離れた場所に何面も続く緑のテニスコート。
いったい何人の部員がいるのだろうか。自分の学校とは比べ物にならない規模のテニス部だ。
その中で、彼はレギュラー兼マネージャー兼トレーナーとして活躍しているのだ。
『僕は何でも屋みたいなものですよ。だから、忙しくって』
なんでもないことのように話していたけれど。
この場所に来て、彼の凄さが分かった気がした。
もう・・・関係のない人だけれど。
初めて来た彼の学校。
最後に校門で振り返って、彼がいつも目にしている景色を眺めた。
洒落た校舎が水に沈んでいく。
零れ落ちてきそうな涙を拭い、校門に背を向けた。
さようなら。観月君。
バス停に、ぼんやりと立っていた。
下校時間は過ぎているし、部活をしている生徒は帰らない時間。
中途半端な時間は、バスも来ないし、乗客も待っていない。
駅まで歩いた方が早いのかな。歩こうか。
迷いながら待ち続け、やっと前方にバスが見えてきた。
やっと涙は止まったものの、きっと目は赤いだろう。
鼻をクシュシクュいわせながら、止まったバスの熱風に目を細め、タラップに足をかけた。
その時。体が、思ってもみなかった方向に引っ張られ後ろにバランスを崩す。
倒れる!
声にならない声が僅かにもれて、ギュッと目を閉じた。
けれど衝撃は柔らかく、体は何かにぶつかって包まれた。
「すみません。彼女は乗りませんから。行って下さい。」
耳元で乱れた息遣いと声がする。この声・・・は?
顔を捻って後ろを見た私の瞳には、観月君の怒ったような顔があった。
彼は私の体を後ろから抱きしめるようにして、数歩後ろに下がる。
するとバスのドアはブザー音と共に閉まり、大きなエンジン音と風を残して走り去っていった。
「どうして・・・」
「どうして?それが聞きたいのは僕の方ですよ。紅茶は嬉しかったです。ありがとう。
でも、あのカードは何です?誕生日なのに、趣味が悪すぎますよ。」
「お願い・・・離して」
いくら人通りが少ない時間とはいえ、夕方のバス停だ。
背中から抱きしめた腕はとかれることがなく、
観月君の腕の中に閉じ込められたまま会話が続けられるのは居たたまれない。
「嫌です。離したら、あなたは『さようなら』するんでしょ?離せるわけないじゃないですか?」
「だって・・・」
「だって何です。言いたいことがあるのなら、この際です。はっきり、言いなさい。
言わないと離しませんよ。誰が来ようが、何が来ようが、僕は平気ですからね。」
耳元の声。それだけで、胸が震えるの。
追いかけてきてくれた。息が切れるほど、走って。ねえ、だったら・・・言ってもいい?
「観月君が、」
「僕が?何です?」
「テニスばっかり大切にして・・・私は必要ないみたいで・・・」
「・・・それで?」
「ちっとも会えなくて。会いたいのに・・・会えなくて。観月君は会えなくても平気で。」
「・・・それで?」
「好き・・・って言ってくれたのは観月君なのに。それなのに・・・好きなのは私の方で。」
「・・・そうなんですか?」
「私ばっかり観月君に会いたくて。観月君が好きで。好きで・・・会いたくて。
でも、テニスには敵わなくて。嫉妬して・・・苦しくて・・・だからっ」
ポロポロと涙をこぼしながら、情けないことを言っているのは自覚している。
恥ずかしい。けれど、これが正直な気持ち。
私の体を後ろから抱きしめて、前で組まれていた彼の手が外されていく。
ああ、呆れられてしまったのかと頭を掠めた瞬間に、体を強引に反転された。
何が何やら理解する前に、視界は白いポロシャツの鹿の子模様でいっぱいになる。
彼に正面から抱きしめなおされたのだと気づいたとき、頭の上と彼の胸から声が響いてきた。
「馬鹿ですね。は馬鹿です。おまけに、僕も馬鹿です。
僕はね、自分が先にあなたを好きになったから・・・遠慮してたんですよ。
まさか、あなたがそんなに僕のことを想ってくれてるとは思いもせずにね。
時間をかけて、僕を好きになって欲しいと思ってました。完全に読み違えてましたね。
僕としたことが・・・まだまだですね。」
「・・・遠慮って?」
「僕が想いのまま、欲望のままに振舞ったら。あなたに嫌われてしまいそうで、紳士ぶってたんです。
分かりますか?それほどに僕は、あなたのことが好きなんですよ。
テニスに嫉妬ですって?馬鹿馬鹿しい。それで『さようなら』ですか?あなた、馬鹿ですねぇ。」
「・・・酷い。馬鹿、馬鹿って。」
ふふ・・と彼が笑う気配がして、次には額の髪をかきあげられチュッと唇が落ちてきた。
「いいじゃないですか。馬鹿同士、お似合いですよ。」
「観月君!」
「おでこにキスしたくらいで慌てていては、これからが大変ですよ?」
「これから?」
「そう。もう、遠慮はしません。好きなだけ、を束縛して。全部、僕のものにしますから。覚悟してくださいね。」
「ちょっと・・・待って。」
「待つもんですか。テニスに敵わないなんて・・・二度と思えないようにしてあげます。」
「いや・・・ちょっと。もう、分かったから。観月く・・・」
続きの言葉は、彼の唇に飲み込まれた。
そっと離した唇を、優しい指がなぞっていく。
「ねぇ、。観念して。僕にくださいよ。あなたの、すべてを。」
囚われた。その黒くて深い瞳に、真実の光を見つけてしまった。
ならば、私の答えは・・・ただひとつ。
あなたに・・・あげる。
「あなたにあげる 〜観月編〜」
2005.05.27は観月くんのBirthday !
はぴば♪観月、万歳!
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