不二祐太君の回想記










「裕太君、さっきのアレは何ですか?だいたい君は・・・」



観月さんの説教が始まった。
けっして怒鳴ったりはしない。言葉は、後輩の俺にだって丁寧だ。
だけど言ってる内容は辛らつで、丁寧な口調の分・・・かえって堪えたりする。



「祐太君。疲れたでしょう。どうです?僕の部屋で紅茶でも飲みますか?
 赤澤も来ますけど、遠慮しなくていいですよ。」



でも、根は優しい。
さりげなく部員を招いて労ったり、落ち込んだ後輩の話を黙って聞いてくれたりする。



「僕は少し外で打ってきます。消灯までには戻りますから。」



そして、誰より努力をしている。
敵情視察から始まって、各部員の分析とトレーニングの組み立てまで観月さんがする。
加えて自分の鍛錬も欠かさない。



本当に、凄い人だと思う。



そんな観月さんが恋をしたのだという。



その情報は赤澤部長からもたらされたものなので定かではないが・・・
木更津先輩も間違いないと確信を得ているようなので、そうなんだろう。



どんな人だろう?あの観月さんが恋する相手。
なんか、凄そうな人だ。
他校の生徒らしい。まさか、青学じゃないよな。


とにもかくにも。観月さんも、普通の男だということが分かって親近感を抱いた。





それにしても。


観月さんは部員のこととなると私生活までガッチリ掴んでいるのに、
自分のことは、なかなか明かさない。



どうも彼女と付き合い始めたようだ、とか。
紅茶が縁らしい、とか。
断片的なことしか伝わらず。


全くいつもと変わらず、観月さんは過ごしている。



毎日忙しくしている観月さん。いったい、いつ彼女とデートしてんだろ。
電話とかマメにしてるのかな。
いや、夜も俺らの筋トレに付き合ったりしているし。
どう考えても、彼女と緊密に連絡を取り合ってデートしているって感じじゃない。



そのうちフラレルかもな。なんて、ちょっと心配してたりした。



「裕太君。ライジングをもっと強力にするために、このメニューを組んでみました。
 明日からやってみましょう。」
「はい!お願いします。」


「じゃあ、部活が終わってから個人練習ということにしましょう。」
「分かりました。あ・・・でも、いいんですか?」


「何がです?」
「ここ最近、観月さん忙しいでしょう?私生活もない・・・って感じで。」


「何を言ってるんです。僕らはテニスをするために集められたんですよ。
 私生活なんて・・・はなから考えちゃいませんよ。」


「でも・・・それじゃあ、デートする暇もないですよね。」



俺の言葉を聞いて、観月さんが目を大きくした。
観月さんの反応に、俺だって『あ、マズイこと言ったかな』と焦る。



「あ、俺、すみません。余計なことを。」
「いいえ。」



観月さんは笑ったんだ。
少しだけ瞳を遠くして、俺に言った。



「そうですね。・・・寂しい思いをしてるでしょうかね。」



俺は、何もいえなかった。
その表情で、観月さんがどんなに彼女を大切にしているかが分かったから。



「あの、俺。練習は一人でも出来ますからっ。観月さん、彼女に会ってきたらどうです?」
「ふん。大きなお世話です。
 君が一人で練習を完璧にこなせるのなら始めから苦労なんてしません。」


「うっ・・すみません。」
「僕のデートの心配をしてくれるなら、さっさと技術を習得してください。」


「努力します!」



観月さんは、クスクスと笑って『心配してくれて、ありがとう』と言った。



やっぱり、観月さんて・・・なんか凄い人だ。










そんな観月さんの誕生日。
朝から女子生徒に追い掛け回されていたらしい。


放課後の部室には誰より早く観月さんが逃げ込んできていて、超がつくほど不機嫌だった。



「もう、どうなってるんですかっ!部活どころじゃない。赤澤っ、何とかしてきてくださいっ!」
「どうにかっていってもなぁ。ほとぼり冷めるまで部室に籠もるしかないだろう?」


「ああっ、もうっ。イライラしますっ」



端正な顔が怒りで歪むのが恐ろしくて、俺は早々にテニスコートに向かった。
観月さんの誕生日。そういえば、彼女からはプレゼントを貰ったのかな。
まぁ、俺が心配することじゃないだろうけど。



「あの、すみません。」
「へ?」



後ろから声をかけてきたのは、見慣れない制服を着た女の子だった。


綺麗な女の子だった。
この制服はどこだったけか?そんなことに頭をめぐらせる。
だが、彼女も観月さんに会いに来た女の子の一人だった。


あーあ、と少し残念に思いながら、観月さんは機嫌が悪くて誰にも会わないと説明する。
すると彼女は、瞳に涙を溜めて揺らした。
儚げで、切ない彼女の顔を見てしまった俺は、
つい『プレゼントを渡してやる』などと言ってしまった。
言って途端に後悔したんだ。絶対、観月さんに叱られるって。


でも、泣きそうな彼女を見たら・・・叱られても仕方ないかと思った。



「・・・ありがとう。不二君にお願いします。」
「え?俺の名前、」


「ジャージに。それに、観月君が期待してる・・・って話してたから。」
「えっ、それって。観月さんと知り合いなんですか?」


「・・・知り合いでした。じゃあ、お願いします。これを」



包みと一緒に差し出されたカード。
知り合いなら・・・いいか。っていうか、俺のこと期待してるって?
そっちに気をとられて、知り合いでした・・・と過去形で語った不自然さに気づいてなかったんだ。



「あ、あのっ、名前を」
・・・です。言えば、分かると思いますから。じゃあ・・・本当にありがとう。」
「あ、はい。確かに預かりました!」



彼女はふんわりと微笑んで、俺に背を向けた。
綺麗な微笑だった。でも・・・寂しそうだ。
頼りない細い肩が遠ざかるのを見送って、俺は部室に戻ることにした。
叱られるのは分かっているけれど、こんな物を持ったままでは部活も出来ないから仕方なく。



「で、こんな物を受け取って、それを渡すためにわざわざ戻ってきたんですか?」



案の定、観月さんの周囲にはブリザードが吹き荒れていた。
赤澤部長が俺の顔を見て、溜息をついている。



「すみません。一度は断わったんです。観月さんは受け取らないって。
 でも、他校からわざわざ来てたし。」
「他校から・・・ねぇ」


「それに、観月さんと知り合いだったって。俺の名前も知ってて・・・」



観月さんの眉間にしわが寄った。



「ちょっと、貸しなさい。」



そう言うと俺の手から包みをひったくって、観月さんらしくなく乱暴に包みを破いた。
中から現れてくる金色の缶に気を取られながら、
俺はポケットから預かったカードを出してきて差し出す。



あ・・・紅茶か。高そうだな。
暢気に思いながら、俺は最後の言葉を口にした。



「これはカードです。名前は・・・・・・えーっと」


ですね」


「あ、そうです。そんな名前・・・」


はどうしました?まさか帰したんじゃないでしょうね!」


「え・・あ、いや。帰りましたけど。」


「いつです!いつ、どれくらい前ですか?早く言いなさいっ!」



観月さんの剣幕に俺は気が動転する。
えっと。えっと。何分前だ?ここに来る前、気が重くて・・・寄り道した。えっと・・・。



考えてる俺の手からカードが奪い取られた。
これもまた乱暴に封をきった観月さんがカードに目を通した瞬間、顔色が変わった。



「あ・・・多分。15分くらい前だと」


「君は馬鹿かっ!
 こんな大事なものを受け取っておいて、15分も何をしていたんだっ!どいてっ!」



観月さんの怒鳴り声が部室に響くと同時に、俺の体は脇に突き飛ばされた。
何が?と、振り向いたときには走り去る観月さんの背中が僅かに見えただけ。
部室のアルミドアがゆっくりと閉まっていった。



残されたのは乱暴に破かれた包装紙と、金色の缶に入った高そうな紅茶。
カードが入っていた封筒。



「な・・・なんなんですか?」


「観月は待ってたんだよ。」


「何を?」



赤澤部長が苦笑しながら近付いてきて、俺の肩を軽く叩いた。



「観月は、大切な人が来てくれるのを待ってたんだ。たった・・・ひとりを、な。」


「まさか・・・」



なんてことだ。彼女は・・・観月さんの待ち人だったってことか?
それを追い帰したのか、俺?
会いたがってたのに、会えてなかったのに。
観月さん・・・彼女を大切にしていたのに。



「どうしましょう・・・俺。」


「心配するな。観月の気持ちは半端じゃない。必ず・・・捕まえるさ。」



赤澤部長が自信ありげに言ってくれたから少し落ち着いた。


間に合いますように。
涙を耐えていた彼女を観月さんが捕まえられますように、どうか。










結局、その日の部活は散々だった。
ミスをするためにラケットを握っていたようなものだ。
日が暮れても観月さんは戻ってこず、俺は気を揉んだ。



「心配ないよ。帰ってこないということは会えたのさ。」



先輩たちは言ってくれたけど。
会えなかったからこそ、帰ってこないのかもしれない。
部室から持ち帰った紅茶は俺が預かってる。観月さんに渡さなきゃなんない。


時計の針が、やけに遅く感じられて気分が滅入った。





観月さんが帰ってきたのは夕食も終わった頃。
1階のロビーで待っていた俺は、紅茶の缶を手に観月さんに駆け寄った。



「おや、裕太君。筋トレをサボってますね。僕がいないと、すぐ手を抜く。」
「そんなことよりっ、あのっ、あ・・・会えたんですか?」


「紅茶。持ってきてくれたんですね、ありがとう。」
「観月さん、俺・・・知らなくて。あの、」



観月さんはクスっと笑うと、俺の手から金色の缶をとりあげて「これ、美味しいんですよね」と言う。
やっぱり・・・会えなかったのか?会えても・・・うまくいかなかったのかもしれない。
彼女の哀しげな表情。言葉。どれをとっても、悪い方にしか頭がまわらない。



「観月さんっ」
「裕太君。これからは僕がいなくても、自分でシッカリとトレーニングしてくださいよ。
 そうじゃないと、僕が気になって出かけられません。」


「え・・?」
「これからは、ちょくちょく出かけますから。夜のトレーニングまでは見てられないと言ってるんです。」


「それは、観月さんっ」



観月さんは、ニッコリ笑う。



「彼女は、しっかり捕まえました。二度と、離しはしませんよ。」



『じゃあ、今から筋トレしてくださいよ。おやすみなさい。』



観月さんは唖然としている俺を残して、スタスタと階段を昇っていった。



凄い。


あんな男の顔をした観月さんを初めて見た。
そして、あんな激しい想いを込めた言葉も・・・初めて聞いた。


凄い。


人を好きになるって。


ああいう顔を男にさせるってことなんだ。
ああいう言葉が口に出来るってことなんだ。





やっぱり、観月さんは凄い人だと。


俺はあらためて思った。




















不二祐太君の回想記

2005.05.23  

おまけみたいなもんです




















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