「あなたにあげる」番外編 『会いたくて』
「!ごめん!」
目の前で両手を合わせる友達に笑顔で「いいって」と笑う。
約束は他愛のないもの。別に今日でなくてもいい。
突然カレシに誘われたら、もちろん女の友情よりカレを選んでいいの。
だって、私だったら・・そうするもの。
そういうことがあれば、の話だけど。
すまなそうに何度も手を振りながら長身のカレと並んで帰る友達を見送った。
うらやましくないと言えば嘘になる。
えっと、観月クンと最後に会ったのはいつだったっけ?
なんて・・・本当はハッキリと記憶している。
ちゃんとしたデートは一ヶ月前の映画。
あとは先週末に大会へ応援に行って、視線だけを合わせて別れたのが最後。
あの日も、せめて一言ぐらいは話したいと思ったけれど、
彼の周囲には沢山のテニス部員が集まり、観月クンは常に何事か指示を出していて忙しそうだった。
そのまた周囲には彼らを一目見ようと集まった女子生徒達が集まっていて、とてもじゃないけど近づけない。
お弁当を作ってきたのに渡せそうにないなと、
彼に手作り弁当のサプライズをプレゼントして応援しようなんて思っていた自分の甘さに笑ってしまった。
すっかり落ち込んでしまったところで、背中から声を掛けられた。
振り向けば、観月クンが期待している後輩の不二君だった。
『あ、あの・・こんにちは。』
『こんにちは。今、いいの?』
ルドルフの選手達はさっきまで集まって何事か話し合っていた様子だったので訊ねた。
コートの方を振り向けば、ジッと私たちを見ている観月クンと目が合ってドキリとする。
『ハ、ハイ。観月さんから伝言を預かってきて、』
『伝言?』
『来てくれて・・ありがとう、と。その・・すみません、だそうです。』
その一言だけで彼の気持ちが伝わった。
私が応援に来てくれたのは嬉しい。けれど、ちゃんと話せなくて申し訳ない。
そういうことだよね?
観月クンに視線を移せば、僅かに瞳を細めたように見えた。
『ありがとう、わざわざ伝言を届けてくれて。あの、これをお願いしてもいい?』
お弁当を差し出せば、不二君が何やら困った顔をして焦っていた。
『こんな大事なものを俺から渡すの、ちょっと。俺、やっぱり観月さんを呼んできます。』
『不二君、いいの。観月クン、忙しそうだもの。』
『試合は全て観月さんの作戦と指示の元で行われてますから・・・でも、』
『本当にいいの。観月クンの邪魔はしたくないの。』
『本当にいいんですか?』
『伝言も貰ったし、お弁当も渡せたし、もう充分。
私、これからバイトなの。観月クンに頑張ってって、伝えてください。』
不二君は私とお弁当を交互に見てから、ペコリと頭を下げた。
そしてコートに向かい人ごみをかき分けて戻っていく。
まだこっちを見ている観月クンに気づいた私は『バイバイ』と手を振った。
観月クンが頷いた。
それが、先週の事だった。
その夜には観月クンから電話があって話をした。
お弁当は美味しかったと。そして、とても嬉しかったのだと言われて、私も嬉しかった。
落ち込んだり寂しいときもあるけれど、やっぱり私は観月クンが好き。
会えないことも多いけど、ちゃんと私たちは繋がっている。
深夜まで続くお喋りに心を温かくした私だった。
友達との約束が反故になった私は一人でショッピングに出かけた。
何か目当てがあるわけじゃなく、ただバイトまでの時間をつぶすように店を巡る。
学生服の女の子たちやカップルが溢れる街中で、ふいに独りだなと思った。
観月クンに・・・会いたい。
何の理由があるわけでもない、唐突に会いたいと思ってしまった。
そう思ったら、なぜか鼻の奥がツンとして泣きたくなってきた。
会えないだけで、電話だって毎晩のようにしてるしメールの交換だってしてる。
うまくいっていない訳じゃない。想いは通じ合っている。
なのに、ただここに彼がいない事が寂しくて泣きたくなる。
馬鹿みたい。
思いながら携帯を出した。今の時間は部活だろう。
電話をしても留守電に違いない。声は夜にならないと聞けない。
観月クン・・・
多くの人が行き交う夕暮れの街角で私は独り途方にくれていた。
今日のバイトは夕方からのシフト。
湧き上がるような『会いたい』という思いを押さえ込むように、30分も前にバイト先の紅茶専門店に入った。
他のスタッフに「早いね」と言われながら、制服に着替えて店に出た。
仕事をしていたら気が紛れて、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
家に帰ったら観月クンに電話して声を聞こう。
そう自分に言いきかせ、時計ばかりを気にしながら働く。
そろそろバイトの時間も終わるという7時前になって、
自動ドアを開けて入ってきた客を振り返り私は言葉をなくした。
「観月クン、」
「近くまで来る用事があったので寄ったんですよ。直ぐに戻らなきゃいけないんですけどね。」
言葉どおりに吟味する時間もなく、いつもの銘柄を注文した彼はレジの前で静かに私の姿を見つめていた。
背中を向けてても見られているのが分かって緊張してしまう。
ドキドキと勝手に走る鼓動に手元がおぼつかなくて、苦労して茶葉を量った。
ああ、でも会えた。
それだけで店のロゴが入った包みが滲む涙に揺れてしまいそうなほど嬉しい。
「1200円になります。」
「はい」
差し出された二千円よりも、その繊細で長い彼の指に見入ってしまった。
あんなに会いたかったのに顔を見られない。
正面から彼の目を見てしまったら、わっと泣き出してしまいそうだった。
「800円のお釣りになります。」
一生懸命に営業スマイルを浮かべて差し出した手には銀色の硬貨。
観月クンは『ありがとう』と言いながら、硬貨ではなく私の手をまるごと包んだ。
思わず反射的に手を引いたのに、観月クンの手は私の手を掴んで離さない。
そこで、はじめて正面から彼の目を見てしまった。
黒くて深い。とても真摯な瞳が私を映していた。
「そんな泣きそうな顔をしないでください。」
「ちが・・うの、」
「帰れなくなってしまう」
「観月・・クン、」
「本当は会いたくて。あなたに会いに、僕は来てしまったんです。」
他のスタッフが奥から出てくる気配に手を離した観月クンは肩をすくめて苦笑いをした。
私は零れてくる涙を指で素早く拭うと、つられて苦笑いを浮かべた。
7時ジャストでロッカーに走りこみ、服を着替える。
そして挨拶もそこそこに店を飛び出した。
店の裏には観月クンが紅茶の包みを手に立っていた。
月明かりの中に立つ彼に近づけば、言葉もなく引き寄せられて抱きしめられた。
胸と胸を合わせて、その温もりと感触に目を閉じる。
抱きしめてくる腕の強さに、求められる喜びが満ちてきた。
「観月クン・・時間・・いいの?」
息苦しいほどの抱擁の中で何とか保った理性で聞けば、くぐもった返事がかえってくる。
「頼もしい後輩が何とか誤魔化してくれるみたいです。」
「不二・・君?」
「ええ。『彼女に会いたくて、どうしようもないから何とかしてくれ』と頼んだら、
裏返った声で『まかせてください』と言ってくれましたよ。』
「不二君、かわいそう・・・」
あの人の好さそうな後輩君の顔を思い浮かべて笑いが零れた。
「だから、」
「うん」
「もっと、あなたに触れさせてください。」
「うん。私も・・・」
重なる吐息の合間に彼が囁いた。
暮れていくグラウンドを見ていたら、唐突にあなたに会いたいと思ってしまった。
そう思ってしまったら、もういてもたってもいられなくて。
会いたくて、会いたくて。
とてもじゃないけど止められなかった。
門限には間に合わないかもしれない。
でも、一目だけでも・・・と会いに来たんです。
なのに、あなたの目を見たら・・・駄目ですね。
あなたの瞳に僕と同じ気持ちを見てしまったら。
もう、我慢が出来なかった。
「会いたい想いも繋がってるのね。」
「そうですね。」
二人で笑いあい、もう一度強く抱きしめあった。
「会いたくて」続編『あなたにあげる』
2006.07.08
テニプリ短編TOPへ戻る