待ち合わせ









彼はいつも私より先に待ち合わせ場所に来ていた。


見慣れた横顔を見つけると足は勝手に駆け出して、私は息を弾ませて彼の名前を呼ぶ。
公園の柵に軽く腰をかけている彼は視線を上げて私を見つけると、
フ・・・と柔らかい笑顔を浮かべて瞳を細めるのが常だった。



「お待たせ」
「いいや。そんなに待ってへん。」



彼はニコニコと笑いながら大きな手を私の前に差し出してくる。
彼の手に冷えた手を重ねたら、彼はポケットから缶コーヒーを出してきて私の手に握らせた。
その手を更に両手で包み込んで、缶コーヒーと彼の手との両方で私を温めてくれる。



「指が冷たいなぁ。すぐに、あったまるさかい。」



そう言って、やっぱり微笑みながら包み込んだ私の手を見つめている。


温かくて、くすぐったくて、幸せで、
それでいて何故か切なかった。



侑士が優しすぎるから。
なんだか泣きたくなるぐらい優しい人だった。










「あ・・・ここ。全然、変わってない。」



久しぶりに訪れた公園は、あの頃とちっとも変わっていない。
二人が待ち合わせをした公園の入り口にある柵が、ほんの少し錆びたぐらいだ。



3年前。



『お互いに恋人がいなければ此処で会おう』と侑士は言った。


  どうしても、いっぺん地元に帰らなあかんねん。
  ホントはな・・・俺を待っててくれって言いたい。
  けど、その言葉にが縛られるんは可哀相やから。

  もし3年後も俺のことが好きなら、
  恋人もいなかったら・・・此処で会おう。



約束の時間、1時間前。
今度は私が待ちたくて、早くに公園へとやってきた。


侑士の優しさは残酷だったよ。
3年間、私を縛りたくないと電話も手紙も寄こさなかった。


私たちはあんなにも近くに居たのに、
あまり親しくもないクラスメイトの方が侑士の近況を知っているの。


待っててくれと、誰も好きになるなと
強く抱きしめて欲しかった。



青い空を見上げながら、侑士のいなかった月日を思って涙ぐんだ。



公園で遊ぶ子供達を眺めたり、足元の蟻を観察したりして時間をやり過ごす。
約束の時間が近付くたびに段々と鼓動が速くなるのを感じていた。



あと10分。



ああ・・・と思う。
彼ならば本当はもう此処に来ているはずだ。
いつも私を待たせないよう早く来ていた彼だもの。


今、彼の姿がないということは。


3年は・・・長いよね。



指先が冷えきっているのに気がついて、自分の息を何度も吹きかけた。
それでも指は冷たいまま。



彼がしてくれた事を思い出して、私は公園脇に置かれている自販機に向かった。
少し迷って、それでも彼が好きだった銘柄のコーヒーを選ぶ。
あの頃とは缶のデザインが全く変わっていて、時の流れを改めて知る。



缶を両手で包み込むと俯き加減でトボトボと待ち合わせ場所にもどった。
頭の中では『何時まで待って帰ろうか?』と考えている。


ずっと心に暗示をかけていた。
自分を守るために、きっと・・・彼は来ないよと自分に言い聞かせていた。
来ないだろうけど自分のために確かめに行くんだよ、と。


その暗示を胸のうちで唱えつつ腕時計を見たら、
ちょうど約束の時間を過ぎたところだった。





見えてきた待ち合わせ場所。



やっぱり・・・誰もいない。



遠い日の彼の幻だけが頭の中で微笑んでいた。
途端に滲んでいく視界に立っていられず、顔を覆ってうずくまる。





好きだった。


あなたの笑った顔。
低くて心地よい声。
大きくて節のある手。
真っ黒で少し毛先に癖がある髪。
広くて大きな背中。
お日様の匂いがするあなたの胸。


全部、全部、大好きだった。


とても、とても、大好きだった。



「ゆう・・し・・」



搾り出すように名前を呼べば、涙が後から後から流れてきた。
自分の嗚咽を抑えるのに必死な私の耳に、靴音が聞こえたのは随分と近付いてきてから。


私の前で止まった音と気配に、
ハッとして顔を上げれば逆光の誰かが息を切らせて立っていた。



「ゴメン!車両事故とかって、ちっとも走らへんねん。
 もうコッチは時間が気になって気になって、泣きそうになってた。」



懐かしい関西弁が頭上から降り注ぐ。
なんだかもの凄く普通の会話。
いつも会ってた、あの頃の二人が交わしていたような。
離れずにずっと会っていたような・・・そんな話し方。



「侑士?」
「うん?」



軽い返事で、目の前に立つ人はしゃがみこんできた。
涙でぐちゃぐちゃの顔を袖で拭って見つめれば、
大人になった侑士がやっぱり優しい瞳で笑っていた。


侑士はポケットからハンカチを出してくると、
そっと私の頬に当てて少し困った顔をする。



「いきなり俺の苦手な泣き顔やんなぁ。ね、。笑って?」
「バカ、待たせすぎだもん。笑えない。」

「俺もずっーと待ってたんやけど、最後の最後に遅刻してしもうた。
 けど、帰ってきたで?もう・・・二度と離れることはない。」

「・・・おかえり。」
「ただいま。」



ふたり、顔を見合わせて少し笑った。


けれど直ぐに侑士の瞳が細められ、肩をつかまれたら乱暴に抱きしめられた。
ぎゅうっと腕の力が強くなって、
やっぱり彼の胸からは懐かしいお日様の匂いがした。


胸を合わせているから分かる。
侑士が震えてる。
震えながら私の体を力いっぱい抱きしめてる。



「待ち合わせ・・・できて・・・よかった・・」



きれぎれの彼の声に返す言葉は音にならなくて、ただ頷いた。



落ち着いてから、あの頃のように手を繋いで公園の柵に腰をかけ並んだ。



「待たせたから手が冷たいなぁ。あっ、あそこの自販機まだあるから」
「侑士。もう買ってあるよ、ほら。」



私はポケットから缶コーヒーを取り出して彼の前に差し出した。
そのコーヒーを見て侑士がクシャと笑った。





『ありがとう。そのコーヒーも、お前も、変わらず好きや。』





また泣いてしまう私に困り顔の侑士。


でもいいでしょう?
3年分の涙だもの。


明日からは侑士の大好きな笑顔をイッパイあげるね。


だから明日も此処で待ち合わせしよう。
あさっても。しあさっても。



待ち合わせしなくても共にいられるようになるまで。







「待ち合わせ」   

2005.04.13   

長い想いが叶うとき。




















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