君に意地悪
「ねぇ、侑士。カフェオレ、飲みたい。」
「サーバーに入ってるやろ?牛乳は冷蔵庫。」
テレビの前に座ったまま、振り向きもせずに答える。
顔を見なくても分かる。
は今、とても困った顔をしている。
そして、俺が何で機嫌が悪いのかと考えているだろう。
自他とも認める恋人には甘い俺や。
いつもの俺なら台所に立って、いそいそとカフェオレを作っているだろう。
そしてお駄賃にキスを一つ頂いて、温かいマグカップを手渡すところや。
けど、俺は機嫌が悪いねん。
原因は、もちろん・・・。
見たのは偶然。
女友達とお菓子を食べている、の前に立っているのはジロー。
「あ、ちゃん。いいもの食べてる!ね、ねっ、俺にも食べさせてぇ」
イチゴのポッキーをねだるジローに、はニコニコと笑ってポッキーを差し出した。
こともあろうにジローの奴。
ポッキーじゃなく、の手首を掴んで、そのままポッキーを食べ始めた。
唖然とする、。けれど、ジローを振り払うことはなかった。
根元までポリポリとかじったジローの唇が指に触れるところまできて「ジロー君っ!」と手を引いたけど。
なんや・・・めちゃムカついた。
「もぅ、ジロー君。信じられないっ」
「あーあ。もうチョットで、ちゃんの指も食べられたのにぃ。じゃ、今度は口にくわえて頂戴!」
「もう、知らない。ジロー君には、あげない。」
「ジョーダンだって!俺だって命は惜しいC〜。」
ジローの言葉に、が笑う。
何で、そんな楽しそうに笑ってるんや?
たいしたことじゃない?ジローの冗談やって?
分かってる。それでも、胸がムカつくんはどうにもならへん。
で、俺は不機嫌や。部活でも不機嫌。
誰も気づいてないみたいやけど、真面目に練習している時点で不機嫌なんや。
能天気なジローは「オッシー、今日はやる気マンマンじゃん」と屈託なく笑っていた。
後ろからサーブでも打ち込んだろか、とも思ったが。
跡部がジローを大事にしているから、後が恐ろしい。
それに、ジローには何の下心もないことぐらい分かってる。
子供みたいに甘ったれで無邪気なだけだと理解しているから我慢した。
これが跡部だったら、絶対サーブをお見舞いしてるやろ。
で、イライラは・・・恋人に向かった。
部活が終わるのを待っていたに、優しい言葉ひとつかけずに並んで帰った。
明らかに言葉の少ない俺に、が怪しむ。
「何か、あった?」
「別に。」
こういうところ、は細々と聞いてきたりはしない。
ただ心配そうな目をして俺を見ている。
駅まで来て、別れようとするの腕を掴んだ。
「今日、ウチにおいで。」
「え・・・だって。侑士、機嫌悪いみたいだし。」
「せやから、おいで。」
手の力をこめて、強い視線でを刺す。
不安げな瞳のを返事も待たずに引っ張った。
は何も言わず、俺の家までついてきた。そして、今に至る。
部屋に入っても喋らない俺は、昨日借りてきたDVDを見始める。
が興味がないといった映画だったから、自分だけで見ようとレンタルしてきたものをわざわざ見る。
所在なさげな彼女。
けれど「帰る」とも言えない雰囲気に戸惑っているのが分かる。
いつも「、」と名前を呼んで纏わりつく俺の、常と違う態度に不安を抱いているだろう。
ふと、奇妙な感情が湧いてきた。
今、の頭の中は俺でいっぱいやろうな。
どうしたんだろう?何があったんだろう?どうすればいいんだろう?
きっと、の頭は俺のことばかりで他には何ひとつ浮かんでないはずや。
それ、物凄く嬉しいかも。
ああ、俺・・・屈折してるなぁ。
めちゃ、意地悪な気持ちやん。
好きで、好きで。呆れるほど嫉妬深くて。独占欲が強くて。
をがんじがらめに縛りたいって思うてる。
それが出来ないから、イライラして。
好きやのに意地悪してしまう。いや、好きだから苛めてしまうのか。
見たかった映画やのに、内容はちっとも頭に入ってない。
後ろにいる、の気配ばかりに気をとられている俺。
カチャカチャと食器の音がして、少ししたら湯気の立つマグカップが後ろから顔の横に差し出されてきた。
後ろを見ずに黙って受け取ろうとしたら、熱いマグカップが頬に押し付けられる。
「熱っ!」
避けた拍子にマグカップに注がれていたカフェオレが零れて肩に落ちる。
「あちちち、って。っ!」
怒って振り向けば、熱いカフェオレの入ったマグカップを持つ彼女の手からコーヒーが滴っている。
あかん!の手が!
慌てて、の手からマグカップを取り上げると、その手を握りしめて台所に走りこむ。
全開に水を流して、火傷したかもしれない彼女の手を水で冷やした。
「、大丈夫か?痛うないか?」
水から手を出してみると、少し赤い。もう少し冷やさんと。
「赤くなってる。どうしよう・・・病院、どこが開いてるやろ。」
「大丈夫よ」
「けど、」
「それより、何があったのか・・・教えて?」
「何が・・・って?」ああ、と気がついた。
の片手を掴み流水で冷やしながら、その顔を覗き込むと水を見つめる彼女の瞳が潤んでた。
途端に俺の心から、毒が抜けていく。
残るのは後悔と・・・愛しい気持ちだけ。
「理由も分からないで侑士の機嫌が悪いの・・・辛いよ。ちゃんと、話して。」
「あのなぁ、えーっと。」
が片手で水を止めてしまった。
途端に静かになって、離れたテレビの音だけが部屋を流れる。
じっと正面から潤んだ瞳で見つめられてしまったら、どうにも逃げられず。
「えっと、ちょっと・・・ヤキモチ。」
「なに?それ。ちゃんと説明しなさい!」
ひえぇぇぇ、命令や。
で、俺はすべて白状させられる。
「痛いっ」
握っていた手は振り払われて、スリッパを履いた足で蹴られた。
そこ、弁慶の泣き所っていうん。知ってるか?
「ゴメンっ!なんやムカついて、それで・・・ちょっと意地悪な気持ちになってしもう、たっ・・て、?」
蹴りをくらわせてきたが、コツンと俺の肩に額をつけてきた。
「?ね、どうした?」
の肩に触れて初めて、彼女が震えていることに気がついた。
瞬間で理解した俺は、すぐに震えている体を抱き寄せた。
ぐっと抱きしめて「ゴメン・・・ゴメンな、」と繰り返す。
意地悪してゴメン。
不安にさせてゴメン。
泣かせてしまってゴメン。
こんなにもお前を好きでゴメンな。
ツマラナイ嫉妬から、君に意地悪をしてしまった。
の手は、たいしたことなく済んだ。
俺の白いシャツにはコーヒーのシミが残った。ま、ええけど。
「よう、。毎日、忍足の世話が大変そうだな。」
跡部に声をかけられて、は相変わらず愛想良くと笑って相手をしている。
別に笑ってやることもないのにと、ちょっとムカムカ。
さりげなく、と跡部の間に体を割り込ませて立つ。
「まぁ、もうどうしようもなくなったら俺に相談しろよ。何とかしてやる。」
「ありがとう。色々とお気遣いいただいて。その時はお願いします。」
「なんやてっ、それっ」
気色ばむ俺を横目に、が楽しそうに笑う。
「この前の仕返しよ!」
甘い声をたてて笑うと「じゃあね、跡部君!」と俺らを残して、は走って行ってしまった。
茫然と見送る俺の隣で、跡部が一言。
「お前、完全・・・尻に敷かれてんな」
「うん。お前も、そう思うか?」
「けど、お前。気持ち悪いほど嬉しそうだぜ?」
「うん。結構・・・嬉しいかも。」
「けっ。聞いてられねぇ。さっさと着替えて、グラウンド10周してこいっ」
「おいっ、俺が尻に敷かれてんのとグラウンド10周に、何の関係があんねんっ!」
「俺にノロケるからだよっ!行けっ!」
ああっ、もうっ!
けどな、悪くない気分や。
こんな余裕のない、子供みたいな俺も気にいってる。
でも、に意地悪するのは控えよう。
それは倍になって返ってくると、ここ最近は思い知らされてる毎日だから。
君に意地悪
2005.10.02
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