嫌よ嫌よも好きのうち












「なぁ〜、。なんで?」
「なんでもかんでもないでしょう?ほら、行くわよ!」


「そんな、冷た・・へ、へ、ヘックション!」
「うわっ、鼻水たれてるってば!」


、ティッシュ〜」



どこのどなたさんが大人びた二枚目さんでしたっけ?
黄色い声をあげて『忍足く〜ん♪』と呼んでる女の子達に見せてあげたい。


コイツ、鼻垂らしてますよ!
おまけに医者には行きたくないと幼稚園児のように駄々をこねてますって。



「侑士ね、そんなんじゃ外で練習だって出来ないでしょう?
 ちょちょいと血液検査して、後は薬を貰うだけだってば。」


「ちょちょいって、この手に針を刺すんやで?ありえんやろ、それ。」
「たかがソレぐらいで怯えてる侑士の方がありえないわよ。」


「あかんて。俺は血管が人より細くてな・・・」



もう無視。
鳳クンに教えてもらったアレルギー外来のある病院までの道順を考えてみる。
えっと電車で三駅・・・


考えてたら背中から手が伸びてきて抱きしめられた。
そのままチュッと首の付け根にキスが落とされる。
柔らかな侑士の髪がくすぐったいけど、そんなことで和んでいる場合ではない。
素早く肘鉄を侑士の脇腹に食らわせ、怯んだところで手首を掴み玄関に向かう。



「い、いたたた・・・ちょっ暴力反対やって」
「ウルサイ!その花粉症を何とかしてやるっていうんだから、黙ってついてきなさい!」


「いややもん。」
「カワイコぶっても駄目!」



渋々と玄関で靴を履く侑士にマスクをつけてやる。
まったくもう世話の焼ける男だ。



「ちょっ、出かける前に忘れ物。」
「はぁ?」



不機嫌丸出して問うのに侑士は満面の笑みでマスクをずらした。



「お出かけ前のキス」



瞬間にグーで侑士の額を突いた私だった。










「な、額が赤くなってない?」
「さぁ?前髪が長いから目立たないわよ。」


「ヒドッ」



電車の座席に並んだ侑士が額を擦る。
そんなに激しく攻撃するわけないでしょ?大げさな。


と、その時だ。
女子高生らしきグループが乗り込んできて私たちに目を留めた。



「あれ、氷帝の忍足君じゃない?」
「え?でもマスクしてるし・・・」
「でも似てない?」



咄嗟に私は侑士と密着して座っていた座席に間を空けた。
わざわざ少し離れた病院へ行くのも人の目があったからだった。
やっぱりついて来るんじゃなかった後悔しても遅い。
さりげなさを装って席を立とうとした私の手を侑士が掴んだ。



「まだ着いてないよ。ここは降りる駅じゃないだろ?」



ギョッとして侑士を見つめれば、イタズラっぽい目をした侑士がウインクしてきた。
私は呆気に取られながらも腕を引かれて侑士の隣に再び腰をおろす。



「ここまできたら病院には大人しく行くよ。その代わり、ご褒美は貰うからね。」



恐ろしいほど標準語が似合っていないが、
コッチを見ていた女の子達は関西弁ではない男は人違いだと思ってくれたらしい。



「ご褒美ってね、付き合ってるのは私なのに反対じゃないの?」
「ああ、なるほど。確かにね。じゃあ、僕がご褒美をあげるよ。」



なんか下手な学園演劇でも見ているような気分だ。
侑士の標準語があまりに可笑しくて笑ってしまった。



「いらないわ。」
「笑いすぎだろう。」


「だって、もう駄目・・・可笑しすぎる。」



俯いて肩を揺らしていたら、その肩に腕が回って抱き寄せられた。
こんな人前でと慌てる私の耳元に唇が寄せられて、低く響く侑士の囁きが落とされる。



「俺はな、俺らの仲を誰に知られたってエエんやで?
 が気にするから黙ってるだけってこと、忘れんといてな?」


「侑・・」


「シッ。」



綺麗な人差し指が私の唇に触れて言葉を止めた。



「お前に辛い思いだけはさせたくない。」



そう言って優しく微笑むと私の髪をポンポンと撫でた。
あまりのイチャイチャぶりに向こうの女子高生達も他所を向いてしまったようだ。










外来に着くなり「痛いかな?痛いよな。絶対痛いで!」と喚く侑士にウンザリする。
確か彼の父親は大学病院の医師だったはずだけど、息子の医者嫌いを放っておいてよいのだろうか。



「忍足侑士さん。」


「ハイ、ここにいます。さぁ、侑士!サッサと行って!」
も一緒に・・・」


「小児科じゃないのよ?ホラ、立って!」



尻を叩くようにして診察室に放り込んでやった。
急に静かになった私のまわり。
さっきまで触れていた侑士の体温がなくなって急に寒くなる。



私たちが付き合っているのを知っているのはテニス部の面々と私の信頼できる友達だけ。
あまりに人気の高いテニス部員のカノジョともなれば、苛めが激しいと跡部君に言われたのが最初だった。


隠れて付き合い始めた当初は周囲を欺くのが楽しかったりもした。
でも侑士がファンに囲まれてる隣を素通りしたり、人の多いところには出て行かないとか、
諸々の制約を真面目に実行しているうちに傷ついていく私がいた。



侑士に好意を示す人を見るたびに、一歩も二歩も下がって怯えている私。
そんな私に侑士は気づいているのかもしれない。



『え〜、病院に連れて行ってあげるんですか?』
『今年は余計に症状が酷いみたいなの。だからね。』


さ、お前は忍足を甘やかし過ぎだって。あんなに依存されて鬱陶しくねぇの?』



親切な鳳君の隣で口の悪い宍戸君が呆れたように言う。
私は困ったみたいに笑うしかなかったんだけど、本当は反対なのよ。


依存しているのは私の方だ。
侑士がいないと何も出来ないのは私の方なの。


好きで好きで、どうしようもない。
ずっと侑士の手に触れていて欲しいから臆病になる。


嫌われないように。邪魔にならないように。
物分りよく世話を焼いて、侑士に捨てられないよう努力しているの。


時々・・自分の恋心が切なくなる。





?」



ポンと肩を叩かれて我に返った。
何分たったのか、ボンヤリと窓の外を見ているうちに侑士の診察は終わったらしい。



「どう?痛くて泣かなかった?」
「アホ・・・泣きそうなんはや。」


「なにを、」
「またゴチャゴチャつまらんこと考えてたやろ?
 ホンマの寂しがりやさんやな。せやから独りになんて出来ひ・・・ヘックション。」


「侑士、鼻水。」
「いま・・エエこと言おうと思ってたのにぃ」



差し出したティッシュで鼻をかんだ侑士がニコッと笑う。
私もつられて笑えば、鼻をかんだ手で頭を撫でられた。


血液検査の結果は来週。
とりあえず効果があるだろうと思われる薬を処方されて帰ることになった。
病院の自動ドアの前でマスクをつける侑士は、ちょっとアヤシイ人だ。



「マスクにメガネするとレンズが曇るから外してもええか?」
「私が誘導するからいいけど、段差につまずいたりしないでね。」


「その時はの大きな胸で受け止めてな?」
「大きくないから無理。」


「そうか?俺はソレぐらいのサイズが丁度・・・」



最後まで言わさず足の甲を踏んでやった。
しばらく片足ケンケンをしながら苦しんでいた侑士だったが、苦笑いしながら続ける。



「もう一つ、メガネが邪魔な理由があってな。」
「なに?」


「ご褒美をあげるには邪魔やと思うて。」
「え?私に?」



私のほうが侑士にアイスクリームでも奢ってあげようかと考えていたから無防備だった。
聞き返したときには顎を掴まれて、目の前は真っ白だ。



は?と思った時にはマスクが唇に押し付けられていた。



「あ、マスク外すの忘れてた。」



間抜けとしか言いようのないセリフと共に近すぎるマスクがずらされて、形の良い唇が現れる。
ここは病院の正面入り口を出た所。
侑士を突き飛ばして怒ったほうがいいにきまっている。



なのに私は目を閉じていた。
大好きな人からのご褒美を受け取るために。





って、酷すぎる。キスの後に殴ることはないやろ?」
「だっ、だって、人は見てるし、侑士の鼻水が光ってるし。」


「しゃあないやろ?病気なんやもん。文句は花粉に言うてくれっ!」
「知らない!」



ふたり、肩を並べて言い合いしながら歩く。
もう人の目など構っていられないと言う侑士と口喧嘩さえ幸せな私。



夕焼けが二つの影をひとつにする。




















嫌よ嫌よも好きのうち 

2007.03.12




















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