ガラスの向こう
テーブルを挟んでコーヒーを飲む。
駅前にあるガラス張りの店内は、外を歩く人たちからは丸見えだ。
ほんの少し前までは、絶対に二人で入ることのない店だった。
「ここ、日が当たって暑い」
「そうやな」
私の呟きに答える忍足クン。
普段は嫌になるくらいマメなくせに、今は頭上にあるロールカーテンを下ろす気もないらしい。
のんびりと頬杖をつきカップに唇をつけている。
それきり会話が途切れた。
ただ肩を並べ、カウンターの向こうに往来する人々を眺める。
こんな席、景吾とだって座ったことがない。
まず景吾はファーストフードやチェーン店のコーヒーショップになど入らない。
そんな不味いものを口にできるかの彼だから、ふたりでは行かなかった。
女友達以外では、忍足クンと来るのが初めてだと教えてあげようか。
思ったけれど、きっと忍足クンは困ったみたいに笑うだろうからやめた。
『なぁ、の全部が跡部のものなんか?俺にくれるものはあらへんの?』
風の強い屋上で、真顔の忍足クンに訊かれた。
傾いていく心は自分にも止められない。
それは相手も同じだ。
真摯な瞳の奥にある怯えは、私も抱えているものだった。
『ない、駄目』
『嘘や』
『本当に・・』
『それは俺のものやろ?』
堪えきれない涙を忍足クンの長い指がすくう。
その涙を愛しそうに自らの唇へ運んだ忍足クン。
隠した恋心に零した涙を口に含んだ忍足クンは困ったように微笑んだ。
「お〜い、戻っておいで」
横から声をかけられて、切ない過去から戻ってきた。
隣を見れば穏やかな微笑みがある。
それが嬉しくて、私も肩の力を抜いて笑顔を返した。
あの頃には来るとは思えなかった、ふたりの時間。
映画の待ち時間さえが、とても貴重で大事に思える。
『別れてやるから、行けよ』
そう言ってくれた景吾の声は優しかった。
「さっきから百面相してるで?」
「ええ?」
「難しい顔したかと思えば、ちょっと笑って。今度は泣きそうになって、また笑う」
「そ、そう?」
「まぁ、見てる方は面白いけど」
忍足クンはテーブルに頬杖をついたまま、からだ半分は私の方を向いている。
窓の外など見もせずに、私の横顔ばかりを観察していたようだ。
「あんまりジロジロ見ないで」
「なんでや?別に迷惑かけてないやろ」
恥ずかしさも手伝って本気で嫌そうに言ったのに、忍足クンは笑顔で拒否する。
「気になるから」
手を伸ばし、面白がってる忍足クンの顔を窓の方に向けさせようとしたら反対に掴まれた。
窓の外には人がイッパイ。
ひとりぐらいは私たちを知っている人がいるかもしれない。
もう誰に見られてもいいはずなのに、思わず手を引いてしまった。
だけど忍足クンは放してくれない。
「ひ、人が」
「ええやろ。俺は、ずっと恋人の顔を見てたい」
伝わってくる忍足クンの体温は温かい。
そして、私の頬は熱くなる。
真っ直ぐ見つめてくる漆黒の瞳。
もう無理やりに逸らす理由がないの。
「お前だけを見てたい」
甘く低い声で囁くと
忍足クンは掴んだ私の手を引き寄せて、薬指にキスをした。
『言っとくが・・・アイツは飄々としているようで、鬱陶しいくらい情が深いぞ
嫌になったって俺様のようには簡単に引かないぜ?
おまけに恥ずかしいやつだから、お前もそれなりに覚悟して付き合えよ』
最後に景吾が念押しした意味が分かった。
「なぁ、そろそろ名前で呼ぼうか。侑士って。
呼べへん時には、ここにキスする。ええか、?」
伸びた人差し指が私の唇に触れた。
忍足クンこそ、いま初めて私の名前を呼んだくせに。
なんか、ずるい。
呼ぼうか、呼ばないでいようか。
迷う私を見て、隣の恋人は楽しくてしかたがないという瞳。
ねぇ。ガラスの向こうから見る私たちは、どんなだろう。
きっと真っ赤になった女と、これ以上ないほど幸せそうに笑っている男がいるだろう。
その男は恋人にキスをするよ、多分。
ガラスの向こう
2008/11/19
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