あなたにあげる 〜忍足編〜
一目惚れって、この世にあるんやなぁ。
瞬間、そう思った。
春の日差しに溶ける様な綺麗な笑顔。
彼女が纏った空気があまりに春らしく、柔らかくて。
呆れるほど、あっけなく。
俺は、彼女に一目惚れをしてしまった。
「ちゃん。ハイ、日誌。」
「忍足クン。ちゃんは、ダメって言ってるでしょう?ここを何処だと思ってるの?」
「職員室」
しれっとして答えたら、彼女は額に手を当てて大きな溜息をつく。
その薄い肩に、さらっと落ちる髪の手触りを確かめたくてウズウズしてしまうのは、仕方ないやろな。
「あのねぇ、一応。私も教師です。ちゃんと呼んでください。」
「じゃあ、先生。あ、待てよ。職員室やなかったら、ちゃんでもエエんかな。」
「忍足クン、」
「あ、俺のことも侑士って呼んでエエよ?」
「ちょっと、もうっ」
眉をハの字にして困っているのも可愛らしくて、ついついからかって遊んでしまう。
好きな子ほど、苛めてしまう。ちょっと、幼稚な心理だが・・・。
「忍足。先生をからかうもんじゃないぞ。
先生も、新卒でも教師なんですから、もっとビシッと言ってやらないとですなぁ」
「ハッ、ハイ。すみません。」
後ろから顔を覗かせた体育教師に慌てて頭を下げる先生に、シマッタと思ったが・・・もう遅い。
先生は目配せをして「忍足クンは、もう行って」と俺を遠ざけ、
くどくどと説教し始めた体育教師に向かい神妙な顔で話を聞いている。
職員室を出る時、振り返って『ゴメン』と顔の前で手をあわせると、気がついた先生がニコッと笑った。
「先生、聞いてるんですか?」
「はっ、ハイ!すみません!」
「若い先生は、しっかりしないと生徒になめられてですねぇ」
ああ、失敗。廊下に出て、ちょっと反省した。
遠くからコツコツと靴の音が響いてくる。
今度こそ、待ち人だろうか?
じっと物陰から見つめていた俺は、段々と近づく人影に目を細めた。
「ワッ!」大きな声を出して、路地から飛び出す。
きゃあっ、と目を丸くした先生が俺の顔を確認すると、ホッとした表情を見せた。
けど、みるみる頬は膨らんでいく。
「忍足クン!」
「ビックリした?」
「なんで、こんな悪戯」
「ゴメン!」
怒り始めた先生にペコッと頭を下げると「な、なに?」と困惑した声を出す。
「俺のせいで怒られてしもうたから。ごめんな。」
「あ・・・忍足クン、謝るために待っててくれたの?」
マジマジと俺の顔を見つめる彼女を見返してコクリと頷けば、彼女の瞳が揺れた。
春からずっと見つめている。
誰よりも近くなりたいと、積極的に近づいた。
テニス部の奴らには『露骨過ぎる』と注意されるほど、俺はめちゃめちゃ彼女に惚れてる。
歳なんて関係ない。先生やろうと関係ない。
俺は、という女に恋をしただけや。
隠してもいない俺の想いが彼女に伝わってないはずがない。
知っていて俺を生徒として扱う。
けどな、いつも見つめているから分かる。
僅かな視線の動き、動揺する唇、躊躇う指先に・・・彼女が隠す想いの欠片を見つけてしまうんや。
「ついでに、一緒に帰ろうかな、と。」
「あ、それは・・・ちょっと、」
「駅まで同じ道やのに、別々に帰るほうが不自然やないか?」
「で、でも、あ・・・私、寄る所があって」
「寄る所って?駅まで、ろくな店もないで?」
「あ、あの、コンビニに寄るから先に、」
俺の目を見ずに話す意味。分からんと思うてるんか?
「。」
ビクッと肩を揺らした彼女が顔をあげた。
「俺は、が好きや。」
暗闇に外灯の明かりだけ。
その明かりに照らされた彼女の顔は青にも近い色で、唇を震わせていた。
もう一度、好きや・・・と繰り返したら。
呪縛が解けたかのように激しく頭を横に振った彼女が叫ぶように言った。
「ダメ。今のは、聞いてない。聞かなかったことにするから、早く帰って!」
「聞いてない、なんて言わさへんよ?何度でも言うから、聞いて?
俺は、が好き。一目惚れやった。始業式、テニスコートの脇に立ってる姿を見たときから好きやった。
は?も俺のこと、好き・・」
「好きじゃないっ!」
搾り出すような声と一緒に逃げようとした彼女の腕を掴んだ。
離してっと声が聞こえたが、聞く耳は持たない。
自分よりひとまわり以上小さな体は、力を入れると容易く腕の中に閉じ込められる。
暴れようと、泣こうと、叫ぼうと。この腕は離さない。
逃げようとすればするほど腕の力を強くする。
腕の中から抜け出そうとした彼女の手が、俺のメガネにあたって吹き飛んだ。
カツンという音と共にアスファルトに飛んだメガネ。
一瞬で、の抵抗が止まった。
「・・・メガネ・・・ゴメンなさい」
は俺に抱きしめられたまま、視線だけでメガネを追うと掠れた涙声で呟いた。
ぎゅっと腕の力を強くする。
触れたかった柔らかな髪に指を通し、唇を落とした。
「メガネぐらい、を手に入れられるなら・・・安いもんや。」
「私は、」
「先生なんがダメか?じゃあ、待つな。待ったところで、卒業まで残り半年ぐらいのもんや。待てるよ。」
「そんなこと・・・」
「今は気持ちが言えんのやったら、それでもいい。
でも、俺は分かってる。思いっきり自惚れてるから・・・安心して待たせてエエよ。」
「こんな・・・ダメよ」
腕の中。は額を俺の胸につけて泣いている。
体が小刻みに震えているのが痛々しくて、宥めるように背中を撫でた。
「ちっともダメじゃない。は、先生である前に、一人の人間や。
俺は先生のに恋したんやないで?たまたま学校で出会った、という人に恋をした。
歳とか、立場とか。そんなものに振り回されるほど簡単な想いやない。
な、好きや。好きで、好きで・・・どうにかなってしまいそうなほど。好きや、」
言葉も出ない彼女を抱きしめて。体に、心に沁みこむように。
何度も「好きや」と繰り返す。
一番頑なに覆った心の中にまで、俺の想いが届くように。
を抱きしめたまま見上げた空には、ダイヤモンドみたいな星がキラキラと輝いていた。
俺の胸に耳を当て、鼓動を確かめているかのような彼女が不意に顔をあげる。
その瞳にも、輝くダイヤモンドの光りを見た。
そっと目もとの涙を拭ってやり、綺麗な瞳を見つめる。
「忍足クン・・・」
「ん?」
「今日・・・誕生日・・でしょ」
「はは、知ってたか?」
「クラスの女の子達が騒いでた」
「肝心の誰かさんに騒いでもらえんのが痛かったなぁ。」
「・・・だって、」
「せやから、誕生日プレゼントは強奪することにしたんや。
一番欲しいものを貰うため、待ち伏せしてたん。
だから・・・ちょうだい、。
半年後まで我慢する。でも・・・せめて、気持ちを。約束が欲しい。」
俺の目を逸らさず見ながら「離して?」というから、名残惜しく腕をといた。
が小さく息を吐いて目を伏せる。
俺は待つ。誕生日プレゼントを受け取るために。
「忍足クン、」
「ハイ。」
「半年後・・・必ず私の気持を伝えます。だから、今は忍足クンの先生でいさせて下さい。」
「必ず、くれる?」
念押しする俺に、は笑った。
ほんの少し俯き加減で、泣き笑いにも見えるし、はにかんでいるようにも見える、
なんともいえない笑顔を浮かべると小さく、けれど確かに言った。
必ず・・・あなたにあげる。私の気持を。
その日だけ。
駅までの道を小指だけ繋いで歩いた。
誕生日だからと我儘を言って、僅かに絡めた小指。
温かくて、くすぐったい。
幸せな時間だった。
そして、春。
明日には、生徒じゃなくなる。
「はい。先生、最後の日誌。」
「ありがとう。忍足クン、ご苦労様。」
「明日、例のものを受け取るから。忘れんといてな、先生。」
耳元で、こっそり囁けば。
職員室の窓から差し込む春の陽射しの中で、は柔らかく微笑んだ。
ああ、明日が楽しみや。
半年待った、この俺に。
どんな言葉をくれるのだろう。
とにかく。
いっぱい、いっぱい抱きしめたい。
はやく。はやく、を俺にちょうだい。
「あなたにあげる 〜忍足編〜」
2005.10.15
/// 好きデス
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