変わるもの、変わらないもの











『変わらないね』



越前クンは私に会うたびに言う。
私は曖昧に笑って答える。



『越前クンも変わらないね』



それは嘘。
会うたびに身長が伸びていき、顔つきも精悍さが増してきた。
日焼けした肌に鋭くも輝く瞳。
彼は大きくなって、強くなって、有名になって、どんどん変わっていく。



「越前クン?」



確信が持てない私の問いかけに、彼はトレードマークの帽子を少し上げて見せた。
自信に満ちた笑みは確かに変わらない。



先輩、久しぶり」



名前を呼ばれて、私は慌てて笑みを作った。
久々の帰国にテニス部のメンバーが集まるとメールを貰ったのが一昨日。
それから心の準備はしてきたはずなのに、彼の顔を見ただけで胸が勝手に騒ぎ出す。
眩しくって見ていられなくて、不自然にならない程度に視線を外した。



「久しぶり。あの・・他のメンバーが来てないの。待ち合わせ時間、間違ってないよね?」



いつもより早口で次々と話す。
本当だったら『元気だった?』とか『アメリカでの生活はどう?』なんて聞くのだろうけど、
思いがけず一対一になってしまった私には余裕がない。


皆で集まってから河村先輩のお寿司屋さんに行くのだと近くの駅が待ち合わせ場所だった。
越前クンほどの有名人までもが駅に来るとは思ってなくて油断していたうえに、間に立つ誰かが一人も来ていない。



「桃ちゃんに電話してみるね」



いくら平日の日中だとはいえ、冬休み中の若者も多い。
有名人が駅前に立っていて大丈夫なのかと周囲の目が気になる。


緊張して顔が見られない私には越前クンがどんな表情をしているか分からない。
何も言わないから慌てる私を呆れて見下ろしているのかもしれなかった。
中学の時は並んで少し目線が下がる程度の身長しかなかった彼の肩が私の目線にある。
頭の上から見られているのが、たまらなく恥ずかしくて尚更緊張した。


おぼつかない手で携帯を操作しはじめた私の前に影が落ちてくる。
気配を感じて上げた視線が目前に越前クンを捉えて思考が停止した。
彼は笑みを浮かべたまま、近付いてきたのと同じように自然な仕草で携帯を手のひらで覆った。
指先に触れる越前クンの体温に鼓動が更に早くなる。



「誰も来ないよ。集まるのは明日だからね」



明日?私が日を間違ったの?だったら、どうして越前クンが。
混乱しながらもメールを確認しなきゃと考えたけれど、携帯の画面は越前クンの大きな手で隠されている。
思わず困った顔で越前クンを見上げてしまったのだろう。
目を大きくした彼が顔を背けて肩を揺らす。
越前クン、笑ってる。



「変更になったのは昨夜。そのメールが先輩にだけ行ってない」
「どうして」


「さぁ。どうしてでしょう?」



そう問われても、どうしてかなんて分かるわけがない。
仲間外れとか言葉が浮かんだけれど、それなら初めからマネージャーの私なんて呼ばなければ済む話だ。



「大学、桃先輩たちと同じとこに行くんだってね」



飛んだ話題に頭がついていかない私の手から、越前クンが携帯を取り上げた。
そのまま画面を確認して「ふ〜ん、桃先輩からのメール多いね」と呟く。
メールを見られてることに驚き、「返して」と手を伸ばしたけど軽々と避けられた。



「越前クン、どうして」
「相変わらずトロいね。まぁ、そこが可愛いんだけどさ」



馬鹿にされているのに、可愛いと言われて赤面してしまう自分が恥ずかしい。
越前クンは意地悪な笑みを浮かべて私を見下ろし「リンゴみたいだね」と追い打ちをかけた。
泣き出しそうになりながら手を伸ばしてかわされ、バランスを崩したところを引き寄せられる。
さらなる鈍くささをさらしてしまい、もう嫌だと越前クンの腕を払おうとしたがビクともしない。
反対に腕を強く引かれて前のめりになった。



「変わらないなんて嘘だよ。会うたび綺麗になって腹が立つ」



近くを通る誰かが笑った。
バスの扉が開くブザーの音がする。
その中で耳元に顔を寄せてきた越前クンが囁いた。





高等部に進学して最初の夏。
アメリカから一時帰国した越前クンが学園のテニスコートに現れた。
菊丸先輩たちに揉みくちゃにされ、さんざん遊ばれた後に越前クンは私の前に立った。



先輩、変わらないね。俺は二十センチも背が伸びたよ』



あの時、自分とは違う成長をしていく越前クンを強く意識した。
その翌年からはテレビや新聞で報道されるほどの活躍を見せるようになり、どんどん越前クンが遠くなった。
会うたびに彼は言った。



『変わらないね』



そう。私は変わらずに平凡を絵に描いたように生きてきた。



「変わらないのは鈍いとこだけ。離れてるし、先輩は俺のこと後輩としか見てないし
 まぁテニス優先だと思って何も言わずにきたけど、いいかげん焦れてきたんだよね
 先輩、だれかれとなく言い寄られてるって桃先輩が言うし」



掴まれた腕の力が強くなって痛いほど。
越前クンはコートに立った時みたいな鋭い目で私を見下ろしている。



「ねぇ、俺のものになってよ」



口の端をつりあげて笑った越前クンは、やっぱり私が知っている中学生の彼ではなくなったていた。



『越前クンも変わらないね』



それは精一杯の拒絶だった。
どんどん変わっていき、遠くなる越前クンを認めなくて言っているだけだった。
想いは細く、長く通じていたのだろうか。



「越前クン・・・変わったね」



涙声の震えたものになったけど何とか言葉にした。
越前クンが笑みを浮かべたまま首を傾げる。



「すごく喋るから・・びっくりしちゃった」
「はは。先輩らしいけど、びっくりするのはソコじゃないと思う」



ウン、分かってると頷く。



「ありがとう。あの・・」



断るのはナシだよと先回りする越前クンに私の想いも伝えようとした時、背後から「あれ、越前リョーマじゃない?」と声がした。
ハッとして振り向くより先に越前クンが帽子を脱いで私にかぶせる。
そして慌てる私の頭を抑え込むようにして肩を抱くと歩き出した。



「ぼ、帽子。越前クンの顔が」
「アンタの顔を見られる方が嫌だ。ほら、急いで。逃げるよ」



え?越前リョーマ?
嘘。こんなところに?



波紋のように広がっていく人の声。
だけど帽子の端から見えた越前クンの顔は笑っていた。
真っ直ぐに前を見て、恐れていなかった。



「行こう、一緒に」



越前クンの楽しそうな声。
ああ、こういうところ変わっていない。


私の想いも変わっていないのだと、どのタイミングで言おうか。
変わっても、変わらないものがあるよって。




















変わるもの、変わらないもの 

2012/01/09




















テニプリ短編TOPへ戻る