むぞらしか君 (後編)









謝りたいと思いながら日々は過ぎ、もう十日もまともに杏と話をしていない。
いつもはウルサイぐらい話す妹が黙り込めば、家の中まで暗くなる。


ここはに詫びて杏に納得してもらうしかないと思っていた。


そんな時、部室から出たところで偶然に杏とに会ってしまった。
は一瞬だけ驚いた顔をしたが、直ぐにいつもの笑顔を浮かべて挨拶をしてきた。
杏は、そんなの腕を引っぱるようにして俺とは視線も合わせない。


ちょうどいい。ここで謝っておこうと思った。



、ちょっといいだろうか?」


「はい」
「この前のことなんだが、」


ちゃん、行こう!お兄ちゃんの話なんか聞いちゃダメ!」



杏が間に割り込んできて俺を睨む。
だがは笑顔で杏を制し『なんですか?』と聞く姿勢になってくれた。



「この前は、その・・・すまなかった。礼は言ったが、謝ってなかったと思ってな。
 杏には、この通りヘソを曲げられてしまっているんだが、良かったら今まで通りウチにも遊びに来てくれ。」


「橘先輩・・・気を遣わせてしまって、すみません。
 杏ちゃん、気持ちは嬉しいけど先輩が悪いんじゃないから・・・ね?
 私のせいで二人が喧嘩とかしたら、杏ちゃんにも先輩にも申し訳なくて傍にいられなくなっちゃうよ。」


「そんなダメよ!ちゃんは一生の親友なんだから!」
「ウン。私もそうなりたいなって思ってる。だから杏ちゃん、」


「・・・分かった。」



口を尖らした杏が渋々というふうで俺と視線を合わせ「ゴメン」と謝った。
それを見たがホッとしたように微笑み、俺に向かって再び「すみませんでした」と頭を下げる。
そして拗ねた顔をした杏の背中を軽く叩いて「アリガト」と笑った。


彼女の仕草に温かさと思いやりを感じて、杏が彼女を大切にする気持ちがよく分かった。
確かに俺は『』という人間を知らなかったのかもしれない。


礼儀正しく頭を下げて去っていく小さな背中を見送りながら思った。





その日は家に帰るなり、いつもの妹が復活していた。
居間から洗面所まで付いて来て、汚れたジャージを脱いで洗濯機に入れる俺に向かって延々と喋り続ける。



「でね、もうお兄ちゃんに脈がないなら石田君か伊武君をちゃんとくっつけようと思うの。」
「何も無理してくっつける必要はないだろう?」


「失恋はね、新しい恋で癒すのが一番って言うでしょ?
 ちゃん可愛いから心配なのよ。
 どこの馬の骨とも分からない男に攫われるぐらいなら、信用できる石田君か伊武君あたりをと思って。」


「お前なぁ。そういう事は、の気持ちが大事だろう?」


の気持ちなんて、フッた人間に言われたくないわ。
 だいたいね、また蒸し返すみたいに謝ったりして、そんなのお兄ちゃんの自己満足でしかないんだからね?
 ちゃん優しいから無理して笑ってるけど、あんなのちゃんの本当の笑顔じゃないもの!」


「せからしかけん、だまっとって!風呂ね!」



シツコイ杏に嫌気がさして、うるさいから黙ってろと洗面所から追い出した。
イライラしながら残りの服を脱いで、風呂場に入り頭からシャワーを浴びる。


はじめは冷たい水。
段々と温かくなるシャワーの水を身に受けながら考える。



あの日から、なんでこんなに心が落ち着かないのか。
告白なんて何度も受けて断わってきた。
それなのに今回だけ、何故だ?妹の親友だからか?


どうしてこんなにも彼女のことが気になってしまうんだろう。





「おっ、深司!だぜ。」
「あ、ホントだ。いいなぁ。いつ見ても可愛いよなぁ。カレシいないってホントかなぁ。
 俺とか眼中にないって?ヒドイよなぁ。いや、でも結構ネクラがタイプって事も・・」


「お前さ、ぼやいてる暇があったら声かけて来いよ。あ、杏ちゃんだ。杏ちゃーん!」
「そこまであからさまなのは俺の主義に反するって言うか・・・」


「橘さん、ちょっとイイっすか?」
「ん?ああ、だが後十分で休憩は終わりだぞ。」
「了解っす!」


「じゃあ、俺も」
「なんだ結局ついてくるんじゃんか。」



神尾と深司が言い合いをしながらフェンスの向こうを歩いている杏たちのもとに走っていく。
後半の練習メニューに目を通しながらも、なんとなく気になって奴らの方を見てしまう俺だった。


笑い声が此処まで響いてくる。
神尾が杏に話しかけ、深司がに話していた。


彼女が笑う。
彼女が笑うと、珍しく深司が照れたように頭をかいた。


俺は何度も腕時計を見て、休憩の残り時間が減っていくのを確認している。
秒針がキッチリ12の場所を通り過ぎた直後に二人を呼び戻した。



「ヤッター!ダブルデートだ!」



浮かれた神尾が走って戻ってくるとガッツポーズを見せた。
嬉しさを隠し切れないという感じだ。



「俺、服・・・買わなきゃ。」



深司がボソボソと呟いて思案している顔に、杏たちとWデートの約束が成立したのだと気がついた。



「コラッ、何を浮かれてるんだ!早くコートに入れ!」
「ハ、ハイ!すみません!」



大きな声を出し奴らを追い立て、自らコートに入って練習相手を買ってでる。



「次、右だ!遅いぞっ!」
「ハイ!」



厳しくコーナーを責めて走らせながら、イライラしている自分に気づいていた。
自分で自分が分からなくなる。
それにまた、苛立った。





苛立ちを振り払うかのように自らも残って練習をし部室に戻った。
既に他の部員達は帰った後の静かな部室に俺の溜息が落ちる。


杏が神尾とデートをするからだろうか?
いや、男女共に友達の多い杏は青学の桃城とだって映画や遊園地に行く。
そんな事でイライラしたことはなかったはずだ。


だったら何を苛立っている。
俺は何か考え違いをしてるんじゃないか?


着替えようとロッカーを開いて、ジャージをコートに忘れてきたのに気がついた。
まったく、どうかしているな。ひとりごちて取りに戻った。



コートが見えてくると、暮れていくオレンジ色の風景の中に誰かが立っているのが見えた。





彼女はコートのベンチに置き忘れていた俺のジャージを手にして立っていた。
胸のネームで俺の物だと分かっただろう。


声をかけようとして音が出なかった。


彼女が指でそっと刺繍されているネームのあたりを撫でた。
しばらく撫でたネームを見つめてから、とても丁寧に時間をかけてジャージをたたむ。
ゆっくりと大切そうに、俺のジャージに触れていた。


きちんと畳むとベンチに置こうとして、動きが止まる。
もう一度、名残を惜しむようにネームに触れると胸にジャージを抱きしめた。



俺は馬鹿みたいに立ち尽くして、彼女の姿をフェンス越しに見ていた。
鼓動が頭にまで響いてくるようだ。


彼女の仕草が愛しいと。そう、思った。



ベンチにジャージを置いた彼女が顔を上げ、俺の姿にハッと息を呑む。
唇を押さえた彼女が後ずさって首を横に振った。



、」
「すみません、私・・・」


「違うんだ。、」
「ごめんなさい!」



彼女がコートの出口に向かって走っていく、俺はフェンスの外から先回りして出口に走った。
そして少し錆びて動きの悪いフェンスのドアを開いて飛び出してきた彼女の腕を辛うじて捕まえることが出来た。



「待て!」
「ごめんなさい!ごめんな・・さい」



が泣いている。
何度も呟く謝罪は嗚咽と一緒になって聞こえなくなっていく。
すまない。俺の知らないところで、きっと何度も泣かせてしまったんだろうな。



、いいんだ。謝らなくていいし、泣く必要もない。謝るのは・・・俺なんだから。」
「でも、でも・・私、」


「聞いてくれ。ちょっと遠回りしてしまったが、自分の気持ちがやっと分かった。」
「セン、パイ?」



しゃくりあげながら俺を見上げる瞳。
ああ・・・まっこと、むぞらしか。



「俺はお前が好きだ。」



大きくした彼女の瞳から涙がポロポロと零れていく。
夕日に照らされて涙がとても美しく見えるよ。



「俺を許してくれるだろうか?」



答えを知っていて訊ねれば、これ以上ないほどに赤くなった彼女がコクンと頷いて泣き笑いを見せた。



彼女の手を取ってコートに戻り、綺麗に畳まれたジャージを彼女の肩にかけてやった。
恥ずかしそうに身をすくめて微笑む姿に、心が満たされいく感覚。



「むぞらしか、君」
「な、なんですか?それ、」


「可愛いよ、お前。って、ことだよ。」



言葉も出ない彼女に笑ってしまった。


勝手なことをと杏には叱られるだろう。
横取りされたと深司には恨まれるかもしれない。



しかし俺は自分の答えを見つけて晴れ晴れとした気持ちだった。




















25万ヒット代打リク 『むぞらしか、君』   

2006.08.12 



『不動峰の橘で、妹の友達が彼に恋するのだけど、彼は彼女を妹と同じように見ていて、
彼女からアプローチされてもなかなか自分の気持を切り替えられない。
そういう不器用な感じの橘くんを』という、リクでした。


さんきゅ ちびちゃん様




















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