想いを映して










新年早々母親にギュウッと帯を締められて前につんのめりながら耐えた私だったが、
何とか馬子にも衣装で晴れ着姿になることができた。


確かに見せたくなかったわけじゃない。
できたら見て欲しかった。
だけど、こんな事になるとは想像もしていなかったの。


母に連れられて嫌々新年のお茶会に出た私は、瞬きを忘れるほど前方に立つ人を見入っていた。



「あら、手塚さんも息子さんを連れてきたの?」
「そうなの。何か予定があるふうでもないし、用心棒代わりにね。」



母親達が新年の挨拶を交わしている傍で、私と手塚君は居心地悪く立っているしかない。
手塚君は濃いグレーの着物と羽織が似合っていて、とてもじゃないけど高校生には見えない落ち着きだった。



「あけましておめでとう」
「あ・・あけましておめでとうございます」



彼を見惚れていた私は我に返ると慌てて頭を下げる。
母が髪に挿してくれた簪の飾りが繊細な音を立てたのも構わずに、
まるで学校の先生にでも挨拶するような格好になってしまった。



も茶道に興味があるのか?」
「ち、違うの。私も母に連れられて嫌々・・というか、お付き合いで。」


「お互い新年早々大変だな。」



しどろもどろの私の説明に手塚君が少しだけ表情を緩めた。
学校では常に厳しい表情を崩さない彼だけど、
家族ぐるみで付き合いのある私たちの前では時々だけど穏やかな表情を見せてくれる。
そんな僅かな表情にも胸をときめかせてる私のことなど知るはずもない彼だけれど、
私はそれでいいと思っていた。


手塚国光といえば何をとっても優秀な人なのだ。
テニスはもちろんのこと、その容姿も成績も人柄も非の打ちどころがない。
手塚の小母様は『無愛想すぎるのが問題なのよ』と嘆くけれど、
ちゃんと表情はあるし必要な事は話してくれるのだから充分だと思う。


私は偶然に母親同士が知り合いだったというだけで、ほんの少し手塚君に近づけるだけの人間。
ここで私が彼への恋心を露にしたら家族付き合いがある分、後が大変だと思う。
だって手塚君に平凡な私が好かれることなんてあるわけないんだもの。



「じゃあ茶会の方に・・」と、小母様が私たちを促した。



その時だ。
手塚君が思いも寄らぬ事を口にしたのだ。



「俺たちは茶会に興味があるわけではないし、二人で庭園内を散策して待つことにします。」



えっ、と耳を疑う私など気にもしないで「行こうか」と歩き出す手塚君の背中を見つめ唖然とする。
だけど「仕方ないわねぇ」とあっさり母親達に引かれてしまっては私の選択は一つしかなかった。
慣れない草履で砂利道を追いかければ、数メートル先の手塚君が振り返って待ってくれていた。



「そんなに急ぐと転ぶぞ。」
「だって手塚君が・・」


「ん?ああ、そうか。すまない。早く立ち去りたくてな。」



私が急いだ理由が自分にあったと理解した手塚君が困ったように呟いた。
余程、母親に連れられて来た茶会が嫌だったのだろうと笑ってしまう。



「本当に嫌だったのね。なら断わればよかったのに。」


「そういうわけじゃないんだが・・・」
「え?」


「いや、なんでもない。行こう。」



珍しく歯切れの悪い言葉を残し、彼は再び歩き出した。



新年の庭園には晴れ着姿の人も多く華やいだ雰囲気に満ちていた。
どこからか琴の音色も流れてきて、会話はなくても歩けるには歩ける雰囲気。
それでも二人で並んでいるのに言葉が出ないのは気まずい。
手塚君から会話が始まるのは難しいから、ここは私からと思うのだけど何を言えばいいのか分からない。
どこか目的があるわけでもないのに黙々と歩いてる私たちは何なんだろう。



「あ、あの・・」



なんとか頭の中で会話を組み立ててチャレンジしようとしたのに、
「ん?」と目だけで問ってくる手塚君の顔に頭は一瞬で真っ白になりそうだ。



「ぶ、部活は?」
「ああ。元旦、二日は休みだ。三日からは、いつも通りだ。」


「そう・・大変ね。」
「いや、家にいるよりはコートに立つほうが何倍もいい。」



そうよね、と相槌を打って会話は終了。
なんだか緊張するわ、会話は続かないわで泣きたくなってきた。


こんなに好きなのに。
こんなにもドキドキしているのに。
彼の前で気の利いた会話もできない凡人な自分が悲しかった。



不意に手塚君の足が止まる。
そこには大きな池があり、立派な錦鯉が悠々と泳いでいた。
ジッと鯉を見つめてる手塚君の隣に立てば、
水面には美しい立ち姿の彼と小さな私が並んで揺れている。
まともには目を合わせられない手塚君の着物姿も水面に映っている姿なら遠慮はいらない。
私も鯉を眺めているふりで手塚君の着物姿に見入っていた。



「綺麗・・だな」



手塚君の呟きに、目の前を過ぎていった朱と白の錦鯉を目で追う。



「本当、着物の柄みたいな鯉ね。」


「・・・違う。その着物が綺麗だと言ったんだ。」
「着物?え、これ?」



思わず着物の袖を広げてみれば、目を細めた手塚君が「ああ」と頷いた。
途端に頬が熱くなる。別に私が褒められたわけじゃない。
分かっているけど恥ずかしくて・・・嬉しかった。



「あ、あの、これはお姉ちゃんの成人式の着物でね。私のじゃなくて、」


「そうか。でも似合ってる。」
「あ、ありがとう。馬子にも衣装だって自分でも思ってるんだけど。」


「いや。さっきから目のやり場に困るほど似合っている。」



そう言って手塚君は揺れる水面に視線を落とした。


そこで気づいたの。
私が水面に映る手塚君を見ているのと同じように、
手塚君も水面に揺れる私の姿を見ていることに。


思わず自分の胸元を両手で押さえた。
そうしないと心臓が飛び出してきそうなほどドキドキしていたから。



二人の間に沈黙が落ちる。
何かを待つような、僅かな緊張を伴う沈黙。


その沈黙を破ったのは手塚君だった。




「・・・はい」


「来年も俺に見せてくれないか?」
「晴れ着?」


「ああ。できたら・・・俺だけに見せて欲しいのだが。いいだろうか?」



ぎこちなく頷けば、水面に映る手塚君の左手が横に差し出された。
躊躇いながらも右手を体から離せば、素早く・・だけど優しく大きな手が私の手を握った。



はぁ、と手塚君が息を吐く。
少し項垂れて前髪をかきあげる仕草に彼の緊張を知った。



「試合より・・・疲れる。」



脱力したように囁く手塚君に私は涙を零しながら笑った。





水面を渡る新春の風に手を繋ぐ私たちが優しく揺れていた。






















「想いを映して」 

2007.01.01

あけましておめでとうございます。
新年一発目は、やっぱ国ちゃんでしょうっ!(沙羅)



















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