着陸した飛行機の窓には雨の雫が垂れていた。
やはりと思えば可笑しくて、ひとりでに口元が緩む。
ゆっくりと移動していく機体の震動に目を閉じて、待っているだろう人のことを想った。










     きっと離さない










多分・・・一目惚れと名のつく出会いだったのだと思う。



同じクラスになった初日に目についたのが彼女だった。
落ち着かない教室の中で彼女は静かに本を読んでいた。
ちらっと見えた本が偶然に自分の読んでいるものと同じだったのが、運命か。


ページをめくりながら、肩にかかる黒髪を耳にかける仕草。
文字を追う伏せた睫毛が美しくて、その横顔に見入ってしまったのが最初だった。


おとなしくて目立たない。
けれど与えられた仕事は真面目にこなし、人が嫌がることも笑顔で引き受けることのできる人間だった。


図書委員になったのも彼女に近づきたかったから。
上手い会話の糸口も見つけられない俺にとっては精一杯の行動だった。



知れば知るほど好きになる。
近づけば近づくほど愛しくなる。



好きだと言葉にするのは照れ臭くて、雨に濡れるからと抱き寄せた手で想いを伝えた。
幸運にも想いは同じだったんだ。



なのに・・・
守ってやれなかった。
大事にしたいと思っていたのに、自分のことで精一杯の俺は彼女の苦しみに気付くことが出来なかった。


苦しい時期だった。
腕に不安を抱えたまま全国を目指した、最後の夏。
自分のせいで仲間の夢を潰すことだけはしたくなかった。
毎日が必死で、心も体も擦り減らすような時間を過ごして。
だが・・・全ては言い訳だ。


いつの間にか彼女が俺の隣に並ぼうとしなかったことも、笑顔が少しずつ曇っていったことも、
気になりながら突き止めようとしなかった。
口を開くたびに『大丈夫よ』と繰り返された言葉を鵜呑みにして、彼女よりも自分の事を優先したんだ。



その結果が、雨に濡れながら独り隠れて泣いていた小さな背中だった。



抱きしめてやりたかった。
強く抱きしめて、彼女を傷つけた外野たちを責めたてたかった。


だが違う。悪いのは全て俺。
辛い時に助けも求められない俺などといて、何になる?
彼女を苦しめる、もともとの原因は俺にあるじゃないか。


別れることを選んだのは俺の意思。
嫌いになったわけじゃない。ただ、もう苦しめたくなかった。



今なら分かる。
俺は選択を間違った。
忘れることなど出来ないものを。心の熱が引くはずもないものを。
分かっていながら・・・手を離してしまった。





機体が完全に止まった。
アナウンスを待ち切れずに立ち上がる乗客たちのざわめきに意識が戻る。
ぼんやりと過去を思い出していた自分に苦笑いを浮かべ、シートベルトを外した。


窓から見える、雨にぬれた緑が美しい。
外は春間近。日本にいるうちに桜の花も咲くだろう。



『お花見できるといいね。』
『雨さえ・・・降らなければ。』


『手塚クンがお願いして?』
『俺じゃない。お前が願かけでもしておいてくれ。』


『私?』
『なら・・・ふたりでするか?』



昨夜した電話の会話。
お互い『自分ではなく、相手が雨に好かれている』と思っているが、雨に縁があるのは俺たち二人なのかもしれない。
そう思えば、それはそれで愛しい雨だ。



別れて、それぞれが一人で歩いていた時。
雨は何の思い出も俺達に与えてはくれなかった。
ただ自然と降って、大地を濡らすだけの存在だったんだ。



乾いた風が吹き上げる冬の青空を彼女は独りで見上げていた。
俺のいない隣を気にしては、諦めたように吐く溜息。
ひと気のないテニスコートのフェンスにかけた白い指。


別れても尚、遠くから俺は見つめていた。
そんな俺の頭の上には、いつも青空があったんだ。



雨が・・・恋しかった。



卒業式の日も良い天気だった。
俺は自ら千切った第二ボタンを握りしめ、春を感じさせる風の中に立っていた。
誰にも渡す気はなかった。
渡せないと知りながら、護ってしまった自分が愚かしくて。
それでも希望は捨てられなかった。
諦めの悪い男だと思いながらも、いつかと。


そのいつかに許しを請い、想いを伝えて、今がある。





そう多くはない荷物を手にロビーへ出れば、直ぐに恋人を見つけることができた。
赤い傘を手に微笑む彼女に駆け寄って、ただいまの言葉と共に愛しい体を抱き寄せる。
湿った彼女の髪からは雨の匂いがして自然と笑みが浮かんだ。



「おかえりなさい。」


「やっぱり・・・雨だな。」
「そうね。大事な日は、いつも雨。」


「招待状に注意書きすることを忘れないようにしないと。」
「招待状?」



は俺の胸から顔を上げ、不思議そうに問う。
その黒い瞳に俺は誓うんだ。



「結婚式には必ず傘をお持ち下さい。」



少し考えたが、ハッとして口元を押さえた。
その頭を包むように抱きしめなおす。



「俺たち二人なら・・・きっと雨が降る。」



腕の中で震えながら頷く恋人に囁いた。



季節は・・・そう、六月がいい。
どうせ雨が降るんだし、幸せになるという言い伝えがあるのなら梅雨でもいいだろう。
いつの六月になるかは分らないけれど、予約だ。


大丈夫。もう離さないから。


きっと離さない。
もう二度と。




















きっと離さない 

2007/10/10

どうせ失うのなら 手塚編




















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