カノジョという幸せ
「だからさ。一緒に行こうぜ、明日。タダ券なんだし、いいだろ?」
「明日ね、塾のテストがあるのよ。無理だわ。」
「テストが終わってからでもいいよ。俺、待ってるし。」
さて、どう切り抜けようかと考えながら階段を上り始めたら、上階から別の声が響いてきた。
「だから明日、手塚君にお願いしたいの。私もお手伝いするし・・・」
「いや、俺が出る幕でもないだろう。新しい役員に任せたほうがいい。」
「その新役員から手塚君にお願いしたいって言われてるの。」
・・・手塚君だ。
何もこんなところで鉢合わせしなくてもいいのに。
見上げれば、段々と見えてくる彼と彼女の並んだ姿。
彼女は元生徒会の副会長さんだ。
先月まで会長だった手塚君と副会長さんは青学ベストカップルと噂されていた二人。
彼女に肘の辺りを触れられた手塚君が上ってきた私に気がついた。
「さ、いつもいつも用事があるって逃げるけど。カレシとか居るわけ?」
「そうじゃないけど・・・」
「」
しつこいクラスメイトに小声で返せば、割ってはいるようにして硬質な手塚君の声が響いてきた。
顔を上げれば相変わらず難しい顔をした手塚君と寄り添うように立っている彼女。
「なに?」
今、気がついたようなフリ。
手塚君の眉間の皺が数ミリ深くなっている気がするけれど、私は平静を装って答えた。
そんな不機嫌な顔をしたって知らないんだから。
「桃城たちが遠征の事でマネージャーに相談したいことがあると言っていた。後で聞いてやってくれ。」
「分かった。」
「な、。明日が駄目なら、明後日は?」
返事をして再び歩き出せば、しつこくデートの誘いが始まって閉口する。
手塚君の咳払いを背中で聞きながら「明後日も駄目よ」と答えた。
予備校のビルから外に出たら、あまりに寒くて身が縮んだ。
さぁ、さっさと帰ろうと足を踏み出したところで名前を呼ばれる。
「」
「どうしたの?」
ビックリした。
予備校脇のコンビニから出てきた人は不機嫌極まりない顔をした手塚君だった。
「ほら、ミルクティーだ。」
「ありがとう。で、なに?用事?」
「お前に会うのに用事も何もないだろう。」
「そうなの?」
「」
あ、ちょっと怒ってる?
ここまで来てくれたのは妬いてくれたって思ってもいいのかな?
いつもいつも気を揉んでいるのは私ばかりで悔しい思いをしていたの。
ついつい嬉しい顔をしていたのかもしれない。
手塚君は大きな溜息をついてポンと私の頭を叩いた。
「お前、もてるんだな。」
「ベストカップルでいらっしゃる手塚君ほどじゃありません。」
「お前が望むなら青学ベストカップルとして名を売ってもいいのだが?」
「嘘ばっかり。わざわざ人に知らせる事もないと言ったのは手塚君よ?」
「あの時は、お前を守るのにベストの方法だと思った。」
「分かってる。おかげで誰にも意地悪されずにすんでます。」
わざと明るくおどけて答えた。
それが手塚君の優しさだと知りながら、彼の知らないところで何度泣いたことだろう。
カノジョであって、カノジョじゃない。
あなたが誰かに告白されるたび見て見ぬふりをしながら傷ついていた。
私以外の人があなたの隣に立ち、恋人かと噂されるのも黙って見ているしかなかった。
いつも人目を気にして、隠れるように会う。
部活があるうちは、まだ良かった。
引退してしまった後はメールと電話で繋がっているような私たち。
同じ学校にいるのに遠距離恋愛をしているような格好になっていた。
突然、横から腕を引かれた。
貰ったお気に入りのミルクティーが手のひらから滑り落ち、鈍い缶の音がした。
気づけば私は手塚君の腕の中。
こんな往来で抱きしめられたことなどない私は、あまりのことに唖然としていた。
「ひ、人が」
「それがどうした。」
「どうしたって、ウチの学校の生徒だって通るのよ?」
「別に構わない。」
「構わないって、」
「もう我慢できない。」
言葉と同時に、更に強く抱きしめられる。
制服の感触が頬にピッタリとひっつくほど、隙間なく抱き寄せられていた。
「誰かがお前に話しかけるのも、想いを寄せるのも。
お前が付き合っている男がいないと告げるのを見るのも・・・何もかもが我慢できない。」
「そんなの・・・私はずっと前から我慢できなかったよ?」
「」
「気づくの遅いよ。」
涙が出そうになって、私も涙を隠すように手塚君の体に抱きついた。
ずっとずっと言いたかった。
私は手塚君が大好きなのと。
隠さずに・・・いたかったの。
「悪かった。」
手塚君の声に、もう返事はできなかった。
明日から俺たちは付き合っているのだと宣伝する、
そう真顔で冗談なのか本気なのか分からない事を言った手塚君だったけど・・・
その必要はなかった。
夜の往来で抱き合っていた人間が誰かなんて、青学に通っている人間なら誰だって分かる。
それほどに手塚国光は有名な人なのだ。
『宣伝する必要もなかったな。』
手塚君からの一行メールに笑ってしまう。
いえいえ。
抱いてる人間が手塚君だっていうのは知れたようですけど、
腕の中に包まれてたのが誰かは分からなかったみたいよ?
「なぁ、。映画の件、考えてくれた?」
「多分だけど行けないわ。」
「なんで?」
「だって」
さて、初のお断りが出来るかしら。
楽しみにしていたのに、横から楽しみを奪われてしまった。
「すまないが、無理だ。」
「えっ?手塚、・・・なんで?」
「行くぞ、。」
「そういうことだから、ゴメンね?」
私はペコリと頭を下げて手塚君の後を追う。
どこから見ていたのか・・突然の如く現れた手塚君の横顔を覗き込めば、
本気で腹立たしいという顔をした彼が呟いた。
「まったく。お前の背中に俺の名前でも書いておくか?」
それはそれで困るんだけど。
クスクス笑いをしながら、私は手塚君のカノジョという幸せを感じていた。
カノジョという幸せ
2006.11.05
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