ふたりの距離
春めいてきた今日。思いきって髪を短くした。
そうしたら、ちょっぴり沈んでいた気持ちも明るくなって。
頭も心も軽くなった。
なのに。
「髪を・・・切ったのか?」
手塚君は眉間に皺を寄せて、私の顔を見つめている。
「似合うよ」とか「可愛い」などという言葉は、はなから期待していないけど。
そんなに不機嫌な顔をして見ることもないだろうに。
「なぜ切った?」
「なぜ・・・って、気分転換。」
「気分転換?」
そうよ。
だってテニス馬鹿のうえにモテモテの彼を持つと、気分が滅入ることが多いのよ。
心の中だけで悪態をついてみる。
彼はジッと私を見据えてから、ひとつ溜息をつく。
そして神経質そうにメガネのブリッジをあげると、そのまま背を向けて歩き出した。
「て・・手塚君、待って。ねぇ、どうしたの?手塚君っ」
「なんでもない。」
「なんでもなくないでしょ?なに?怒ってるの?」
「怒ってなどいない。」
「だって・・・」
部活帰りの彼と塾帰りの私。
駅の近くで待ち合わせして、僅か30分ほどの帰宅デート。
なのに会うなり不機嫌、ろくに目も合わさずに背を向けるなんて。
何がいけなかったの?
新しい髪型が似合ってない?
私のこと嫌いになった?
今日も部活、明日は生徒会、日曜日は試合って。
最近ろくにデートもしていない。
手塚君、疲れてるかな。忙しいかな。って、いつも遠慮して電話もできない。
メールを打っても返ってくるのは一行メール。
付き合い始めるとき。
あなたは『好きだ』と言ってくれた。
でも、あれから随分月日が流れて。
なのに親密になるどころか、離れていく気さえするこの頃。
あなたの表情、仕草、少しの言葉をうかがっては、ビクビクしているの。
そんな冷たい横顔を見ていたら、もう心は冷めてしまったのかと・・・不安になるよ。
「手塚君・・・」
声が小さく震えてしまった。
立ち止まった私に気づいて、手塚君の足も止まる。
彼が私の瞳を覗きこんで、目を見開いたのが分った。
「?」
「手塚君・・・もう・・・好きじゃ・・・ない?」
私の言葉に、彼が息を呑んだのが分った。
自分の頬を涙が落ちていくのを感じて、慌てて拭い、目を伏せた。
その時。体がグラッと傾いた。
硬い物が頬にあたる。
それが学生服の金ボタンだと認識したときには、手塚君の腕の中に抱きしめられていた。
「泣くな。」
「だって・・・手塚君が。」
「すまない・・・違うんだ。」
「違う?」
大きな手が頭に添えられるのが分った。
そのまま、ゆっくりと髪を撫でられる。何度も、何度も。なぐさめるみたいに。
「お前は・・・俺の気持ちなど関係なく髪を切ることが出来るのだと。少し悔しかった。」
「え?」
見上げた手塚君の顔は、困ったような、何か言いにくそうな顔だ。
私には彼の言っている意味が分からなくて、その先を促すように見つめた。
そんな私に、ひとつ咳払いをして話してくれた彼の気持ち。
「俺はの長い髪を気に入っていた。似合っていたし・・・手触りが好きだった。
なのに・・・俺には相談もなしに、あっさり切ってしまっだろう。
俺に縛られない、自由なお前が悔しかった。」
「長い髪が好きだったの?」
「ああ。」
「どうしよう。切っちゃった。」
そんなこと・・・知らなかった。
焦る私に、彼はほんの少し笑って首を横に振った。
「・・・いや。髪が長い短いという問題じゃないんだ。
俺の考えになど左右されないと。
お前のことばかり考えている俺を比べると負けている気がして悔しかっただけだ。」
「そんなことっ。私だって手塚君のことばっかり考えてるよ。」
「そうか?」
苦笑しながら見下ろしてくる彼に驚きが隠せない。
信じられない。手塚君がそんなことを思っていたなんて。
「髪、切ることも相談したかったけど。手塚君・・・忙しいし。そんなつまらないこと聞くのも悪いかな・・って思って。」
「そうか。・・・すまない。気をつかわせた。」
「私こそ。手塚君にはテニスとか・・・大事なものが多いから、いつも負けてる気がして寂しかったの。」
今まで言えなかった胸のうちが、素直に口からこぼれ出た。
・・・という囁きと一緒に、また彼の胸に抱きしめられる。
あたたかい胸に耳を押し当てたら、彼の鼓動がじかに響いてきた。
何を不安に思っていたんだろう?
彼はこんなに近い。
抱きしめられるだけで心のささくれは癒されて、体の中に手塚君が満ちていくの。
彼が好きだといった長い髪を切ってしまった。
今は後悔してる。
彼の体が動いた。
ふわっと固めの髪が首筋に触れるから、くすぐったくて反射的に首をすくめた。
その首の付け根に落とされる柔らかな感触。
「てっ・・・手塚君っ?」
「ん?」
平然と答える彼と顔に熱が集まってくる私。
人通りの少ない裏道に入っているとはいえ、駅近くだし人も通るだろう。
抱き合うだけでも恥ずかしいのに。彼は今、首筋にキスをした。
キスされた首もとを抑えたまま言葉に出来ない私を見て、張本人はクスりと笑う。
「短い髪もいいものだな。」
「手塚君っ!」
私をなだめるかのように、笑いながら頭を撫でてくる彼。
そして柔らかな笑顔の中にも真剣な瞳を見せて言葉を続けた。
「。お互いに言葉が足りないようだ。もう少し・・・遠慮せず言葉にしよう。」
「・・・うん。わかった。」
頷いた私の前に差し出される大きな手。
そっと手のひらを重ねれば、しっかりと握られて彼のポケットに仕舞いこまれた。
「ねぇ、時々・・・寝る前に電話してもいい?」
「ああ。・・・時々だけか?」
「え?」
「俺は毎日でも構わないが。」
「えーっと。あとね、メールの返事・・・もっと頂戴?」
「あれは苦手なのだが。善処しよう。」
顔を見合わせて、クスクス笑う。
角を曲がって人通りのない道に出たら、手塚君の影が私に落ちてきた。
気配に気づいて、そっと目を閉じる。
素直になったら。
私たちの距離が、本当はとても近いことが分った。
あなたとわたし。
今。ふたりの距離がゼロになる。
ふたりの距離
2005.03.04
チュッとな。
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