きれいな手










「手塚君。」
「ああ、か。」



眼鏡をあげながら、手塚君が私を見下ろす。



「そっちの予算、もう出来た?」
「ああ。だいたいは出来たが。もう少し、検討したい点があって、大石と相談している。そっちは?」


「女子テニスは、男子に比べると弱小だからね・・・検討するほどの予算は請求できないよ。」



昼休み。廊下での立ち話。
ほんの少しだけ、手塚君を独り占めできる時間。
テニス部の部長同士。ただ、それだけの関係だけど・・・私にとっては、何より大切な時間。


プリントを指差す手塚君の指。筋張った男の人の手なのに・・・とても綺麗。
思わず見つめていたら、手塚君の声が耳元で聞こえてきた。



。どうした?」



私がぼんやりしていたから、手塚君がわざわざ耳元で話しかけてくれたらしい。
近くなった手塚君の端正な顔に、体中の血液が頬に集まってくる気がして、
手にしたプリントで顔半分を隠す。



「ごめん。手塚君の指が綺麗だな・・・って思って。あっ、えっと、ゴメン。変なこと言ってるね。」
「俺より・・・いや。」



手塚君は私の持つプリントをじっと見つめると、何かを言いかけてやめた。
何だろう?と思ったけれど。
とにかく心臓が騒いで、顔は火照ってきて・・・これ以上手塚君の近くには居られそうになかった。



「えっと、とにかく提出するときは、私が一緒に出すから。渡してね。」
「いつも、すまない。」


「ううん。男子は忙しいんだもん。うちの夏は、もう終わったから。これぐらいの応援はするよ。」
「・・・頼む。」


「じゃあ。」



話を切り上げて、廊下を小走りで帰る。角を曲がったところで、壁にもたれかかった。
胸がドキドキしてる。



はあ。ダメだ。
ほんのちょっと近付くだけで、声を近くで聞くだけで・・・こんなにもドキドキするんだもの。
告白なんて・・・夢のまた夢。
それに、どう見ても・・・手塚君はテニス一筋だもんね・・・。



そう思ってた。だから、片思いでも・・・近くにいられた。



けど・・・。



「手塚君、3年生の女の子と付き合い始めたらしいよ。年上だって。」
「あっ、知ってる。噂になってる。綺麗な人でしょう。前のさ、生徒会の書記じゃなかったっけ。」
「この前も、廊下で話してるの見ちゃった。」



女子の部室なんか・・・噂話の宝庫だ。そこで、耳にした話は、私を打ちのめした。



ああ・・・やっぱり。と、思う自分と。
何で?彼女なんか作るの?テニス一筋じゃなかったの?
そんな勝手なことを思う自分。


どちらにしても・・・私なんかには、関係ないことなのだ。
手塚君が、誰を好きになっても。誰と付き合おうと。私には、何を言う権利もない。
ただの・・・片想いなんだから。





夢中で、ラケットを振った。
弱小女子テニス部。私が個人でベスト8に入るのが、やっとだった。
団体は・・・惨敗。
3年生から、引き継いだテニス部。全国区の男子に少しでも近付きたいと思っていた。
それは、手塚君にも近づける事だと思っていたから。


でも、切なくて。悲しくて。苦しくて。


打つたびに、手塚君の力強い、綺麗なフォームが思い出されて。
どんなに頑張っても届かない、雲の上のような人・・・。はじめから手が届くはずもなかったのに!



っ!」



チームメートの声が聞こえた。
空が見えた気がする。けれど、すぐに目の前は暗くなっていった。



気がつくと、コート脇に運ばれていた。



、大丈夫?」



覗き込んでくる部員達の顔を見回す。ああ・・・倒れたのか。


起き上がろうとしたら、吐き気がした。
口元を押さえていたら、頭上から声がした。



、大丈夫か?とにかく、保健室に行こう。」



顔を上げると、手塚君がいた。
私の横にしゃがみ込むと、その手を迷いもなく私の首筋に当てる。
びくっと、体が反応したが。手塚君は、表情ひとつ変えずに、私の顔を見た。



「体温が高いな。熱中症かもしれない。急ごう。」



いうなり、私の膝裏に手を差し込むと抱き上げようとした。
驚いた。手塚君が、ここに来たのにも驚いたけど。抱き上げられるとは、思ってもみなかった。



「ちょっ、手塚君!大丈夫だから!私、自分で歩けるっ」
「だまっていろ。歩いても、またいつ倒れるか分からないぞ。」


「でもっ・・・」
「いいから。俺の体に、手をまわしてくれ。」



迷った。でも、抱きかかえられただけで・・・眩暈がしていた。
水分補給が足りなかった・・・残暑が厳しいのに。
自分の管理の甘さが恥ずかしかった。
きっと、誰かが部活中の手塚君を呼んできたのだろう。
手塚君に申し訳ない気持ちと、情けなさで・・・泣きたくなる。



「ゴメンね。・・・ごめんなさい。迷惑・・・かけて。」
「・・・・いいんだ。そんなことで、謝る必要はない。」



手塚君は軽々と私を抱いて歩き始める。
私は、こみ上げる涙を隠したくて・・・手塚君の肩に顔を埋めた。
背中に添えられた手が大きくて。彼の体から感じる熱があつくて。ただ切なくて、泣けた。



テニスコートから、保健室までは、距離がある。校舎も横切らなくてはいけない。
放課後とはいえ、クラブ活動の時間だから、残っている生徒が多かった。


「きゃっ、あれ!」とか「おい、手塚だぜ。」という声が聞こえた。


はっとする。こんなところを付き合い始めた彼女に見られたら、誤解される。
誤解まではいかなくても、いい気はしないだろう。



「手塚君、降ろして。もう、歩けるよ。そんな、距離・・・ないから。」
「ダメだ。」


「ダメだ・・・って。誤解されるといけないから。ね、降ろして。」



手塚君の足が止まった。



「誤解とは、どういうことだ?」
「か・・・彼女に。あの、あんまりいい気もしないだろうし・・・。だから。」


「そんなものは、いない。」
「え?」



また、手塚君が歩き始めた。



「だって・・・3年生と付き合ってるって・・・。」
「どこから出た噂か知らないが、彼女とは何もない。生徒会の件で、話をしただけだ。」


「そう・・・なの?」
「ああ。それに、俺は・・・」



言いかけて、また言葉を止める手塚君。黙り込んで、歩を進める。



「俺は?」



今度は聞いてみた。チラッと手塚君が私の顔を見た。



「やはり、泣いていたのか?」
「あっ、これは・・・自分が情けなくて。」


らしいな。」



少しだけ、手塚君が笑った気がしたが、話は、そらされてしまった。





靴を脱いで、保健室に上がっていく。中に入ったが、保健医がいない。
手塚君が、私をベッドにそっと降ろしてくれる。
手を離すと、大きな手で頭をくしゃっと撫でてくれた。



「手塚君。ありがとう。もう・・・平気。少し、横になったら・・・戻るから。」
「いや。水分を取ったほうがいい。何か、買ってこよう。」



そういうと、返事も聞かずに外に行ってしまった。
ひんやりとしたシーツに体を横たえた。体に熱がこもっている感じ。


それは、陽射しのせいなのか。それとも、手塚君に触れていたせいなのか・・・
自分でも分からない。
けれど、喜んでいる自分がいた。彼女は、ただの噂だった。よかった・・・
もう少し、片想いしていられると。





しばらくするとポカリを手に、手塚君が戻ってきた。
起き上がろうとしたら、さっと背中を支えてくれた。また、心拍数が上がる。



「これを飲むといい。」
「ありがとう。」



冷えたペットボトルを受けとろうと手を伸ばした。
その指を、長い指に掴まれた。


ベッドに、ペットボトルが転がる。


視線をあげると、目の前には手塚君の顔。


咄嗟に身を引くと、背中に添えられた大きな手に力が込められる。



「てっ・・・手塚君?」
「以前、俺の指を綺麗だと言ったな。あの時、本当は・・・の指の方が綺麗だと言いたかった。」


「なにを・・・」
「プリントを持つ、お前の手が細くて、綺麗で・・・見惚れていた。」


「嘘・・・」



私の指を掴んだ手が、ゆっくりと手のひらまで包んで、優しく握られる。



「ずっと、この指に触れたい・・・と思っていた。」
「手塚君。」



彼の目を見た。ガラス越しの瞳が、真っ直ぐに私を見つめているから、目がそらせなくなる。



「ずっと・・・お前に触れたいと思ってた。」



あ・・・と思ったときには、抱きしめられていた。
夢を見ているのかと、思う。


けれど、自分の頬に触れる黒い髪。


自分の物とは違う、男の人の香り。


体を包む、かたい体。どれも、現実で・・・。


「手塚君・・・。」
「ひとりで、無理をするな。心配で・・・練習に集中できない。」



苦しげに囁かれた言葉。


私の片想い。ひょっとして?そんなことが?



「手塚君、それって」



抱きしめられたままの私が聞こうとしたら、更に強く抱きしめられた。



「これ以上、言わさないでくれ。」 



でも・・・聞きたいの。



「私のこと・・・好き?」
「・・・ああ。」 



手塚君・・・。泣いてしまいそう。



「・・・私も。」
「・・・知ってた。」



え!?



聞き捨てならない言葉に、手塚君の胸を押す。


私が、よっぽどの顔をしていたのだろう。
今度こそ、手塚君が笑った。



は、すぐ顔に出る。いつ、告白してくるのかと・・・待ちくたびれた。」
「・・・信じられない。私、片想いだと・・・。酷い。すごく、苦しかったのに。」


「それは、同じだ。俺も、片想いしていた。」
「でも!?」


「これからは遠慮なく、触れさせてもらう。。」





この人は・・・。





目の前で、手塚君が眼鏡を外した。
切れ長の目が、私を映す。





私は、本当の手塚君を知らなかったのかもしれない。


テニスのことしか考えていない、堅物な人間だと思っていた。


でも・・・本当は、駆け引きも出来る、柔軟な人間なのかもしれない。





近付いてくる彼の瞳に、目を閉じながら・・・思った。





















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