最高のプレゼント










「ねっねっ。明日ってさ、ちゃんの誕生日だよね。」
「はい?菊丸先輩、よく知ってますね。」


「そりゃあね、可愛いマネージャーの誕生日ぐらいはねっ。でさ、でさ、何が欲しいのかなぁ?」
「ええっ?いやっ、欲しいものなんて。」


「言ってみ?遠慮しなくて、いいにゃっ」



困った。
あたふたとしながら、部室の壁にへばりついてジリジリと横歩き。



「うん?何でもいいよ♪」



人懐っこい菊丸先輩が顔を近づけてくるから、思わず肩をすくめて身を固くした。



「菊丸!何をしているんだ?次はお前の番だぞ?コートに入れ。」
「げっ。あーい、よっと。んじゃ、ちゃんさ。よぉく考えといてねっ」



手塚部長の声に救われて、ホッと力を抜いたのは一瞬。




「は・・・ハイッ」


「1年の方にボールを運んでやってくれ。それと・・・」
「ハイっ」


「あまり部内の空気を乱さないように気をつけてくれ。」
「え?」



唖然と見上げた手塚部長は、すぐに私から視線をそらした。



部内の空気を乱す・・・って、どういうこと?
私は何をしたの?



「あの・・それは」



混乱した頭で聞こうとした。
私の言葉に、部長が眉間に深く皺を寄せたのを見て続きが出ない。



あ・・・どうしよう。目の奥が熱くなってきた。



。俺は・・・」
「手塚。先生が呼んでいるんだが。あ、話し中?」


「いや、いい。」



そのままの表情で手塚部長が背を向ける。
大石先輩が私と部長の背中を交互に見ては「どうしたの?」と心配そうに聞いてくれたけど。
私にも答える言葉がなかった。





その日の部活は散々だった。
手塚部長の硬質な声が頭に繰り返されて。思い出しては涙腺が緩んだ。


憧れの先輩。中等部の頃から、ずっと見つめてきた大きな存在。
テニスのことを沢山勉強して、高等部入学と同時にテニス部のマネージャーになった。
部員だけでなく、マネージャーにも厳しいテニス部。
一緒に入った子たちが次々と辞めていく中でも頑張れたのは・・・手塚部長を尊敬していたから。


憧れ。尊敬。それが恋にも通じていると。
気づいたのは、いつだったろうか。



『あまり部内の空気を乱さないように気をつけてくれ』



思い当たることは、ただひとつ。
私は純粋にマネージャーをしているんじゃないって、こと。
好きな人の近くに居たい。少しでも役に立ちたい。


そんな邪な想いが・・・鋭い手塚部長には分かってしまったのかもしれない。



「じゃあ・・・もう。テニス部には、いられないよ」



薄暗い倉庫にボールのカゴを並べながら視界が歪んだ。



少しだけ泣いて。
鼻をグスグス言わせながら倉庫の鍵をかけたら、もう日が暮れかかっていた。
鍵を部室に戻しに行かなくては。でも、気が重い。
必ず最後まで手塚部長が残っているから、嫌でも顔を合わさなくてはならない。


もし、もう一度何かを言われてしまったら、緩んだ涙腺は涙をこぼしてしまいそう。
泣いてしまったら、手塚部長を困らせるだろうし。
自分の泣き顔なんて、好きな人に見せたくない。


進みたがらない足を無理矢理動かして部室前に辿り着き、ドアノブを握ろうとしては手が止まる。



どうしよう?でも手塚部長のことだから、倉庫の鍵が戻ってくるのを待っているだろう。
だんだんと闇が迫ってきている空を見上げては溜息をついて、時間ばかりが過ぎていく。


急に中から物音がして、部室のドアが中から開かれた。
胸の前で鍵を握り締め、1歩下がった私の前に現れたのは不二先輩だった。



「あ・・・さん。遅かったね。手塚が待ってるよ。」
「すっ、すみません。あのっ、不二先輩、これを・・・」



咄嗟に差し出した倉庫の鍵。
不二先輩に渡せば、手塚部長に会わなくてすむと一瞬で考えたのだけど。
クス、と。いつもの笑顔を浮かべながら、柔らかく不二先輩に断わられた。



「ダメだよ。手塚は君を待ってるんだから。」
「私を?」



ああ。私に何か言いたいことがあるんだ。きっと昼間の続き。
何を言われるんだろう?


そう思っただけで、胸がぎゅうっと痛くなって。
自分でも口元が震えたのが分かった。



「大丈夫だよ。そんな顔しないで。」



不二先輩は、ほんわかと微笑んで私を見下ろしている。



「今頃、エージは大石に叱られてると思うよ?ちょっと、おせっかいしすぎだったみたいだし。
 君は悪くないんだ。心配ないから・・・中に入って。」



そういって、ドアから体をずらして私の入るスペースを空けてくれた。


君は悪くない。心配ない。それだけは分かったけれど。
後の言葉は意味が理解できなかった。


でも不二先輩はニコニコと微笑むばかりで、さあ・・・と手で私を中に促す。
仕方なく1歩部室に足を踏み入れると、不二先輩が入れ替わりに外へと1歩踏み出した。


すれ違う時。小さく囁かれた言葉。



「一日早いけど。これが、僕達からの誕生日プレゼントだから」



え?と、振り返ったときには。
不二先輩がラケットバックを肩に、片手をあげて「じゃあね」と走り出すところだった。


よく分からず戸惑うばかりの私。
それでも手の中にある鍵だけは返さなくちゃ・・・と、部室の奥に足を踏み入れた。



「失礼します。です。」
「・・・入ってきてくれ。」



低くて通りの良い声が響いてくる。
ロッカーの間を抜けて奥に行く。デスクの前、腕を組んで立っている手塚部長がいた。


いつもは残っている大石先輩や乾先輩の姿がなくて、今日は部長しかいない事に驚いた。



「あ・・・あの。遅くなってスミマセンでした。倉庫の鍵・・・です。」



とにかく手塚部長の顔がまともに見られなくて、俯き加減で鍵を差し出す。
電気はついていても薄暗い部室。今、部長がどんな表情をしているのかも良く分からない。


部長が何を言うのか・・・怖い。早く、この場を立ち去りたい。
俯いた視線の先に部長の白いテニスシューズが見えた。
そして、手のひらから無くなる鍵の感触。



「それじゃっ・・・あのっ・・失礼しますっ」
「まってくれ!、話しがある。」



慌てて頭を下げ、逃げるように背を向けた。
だが、背中から名前を呼ばれて・・・立ちすくむ。



「昼間のことだが」



 ああ、やっぱり。



「・・・すみません。私、」
「いや、違うんだ。こちらを向いてくれないか?」



手塚部長の声が少し柔らかくなった気がして、おそるおそる振り返った。
困ったような、バツの悪そうな表情。
長い指を口元に当てて、何かを言いよどむ雰囲気だ。



「あの・・・」
「昼間は、不用意な言葉を言ってしまった。すまなかった。」


「部長?」
の様子が変だと・・・大石と乾に言われて。さっきまで、不二にも怒られていた。
 俺のせいだから、なんとかしろと。もちろん、菊丸にも怒られた。」
「そんなこと。すみません、私がミスばかりしてたから。部長にまで迷惑をかけてしまって。」


「いや、違うんだ。を落ち込ませたのは・・・俺の言葉だろう?
 分かっていたのに、感情をコントロールできなかった俺が悪いんだ。」



苦々しい表情で、ひとつ息を吐く手塚部長。
こんなに物事を言いにくそうにしている部長を見るのは初めてだった。



あ、こういうことかな?私の好意に気づいて。
そんな理由でマネージャーを続けている私に注意はしてみたものの。
私が、あからさまに落ち込んでたから・・・先輩たちに部長の言い方が悪いとかって言われてしまったんだろう。


悪いのは私なのに。自分の言い方が悪かったと後輩に謝ってくれるなんて。
やっぱり手塚部長は、すごい人です。


こんな私にまで気を使ってくれて、軽蔑の眼差しはどこにも見られない。


私・・・手塚部長を好きで良かった。
それが、どんなに叶わない思いであっても。ほんとに・・・。



「部長、気にしないで下さい。私・・・大丈夫です。もう、部長のお気持ちは分かりましたから。
 でも、マネージャーは最後まで続けさせてください!この想いは捨てますからっ、お願いします!」


「誰への想いを捨てるつもりだ?もしも・・・俺なら、捨てられると困るのだが。」


「それって・・・」



不思議な思いで見つめた先。
私の想い人は、やっぱり困った顔で、ずれてもいないメガネを押し上げた。





腹が立ったのだと、彼は言った。



『菊丸は俺のために、の好みを聞きたかったようだが・・・あれは接近しすぎだ。
 それを許しているにも。俺のに触れるな、と言えない自分にも腹がたって・・・八つ当たりをした。』


『俺の・・・?』



ひとつ、咳払いをして。それでも、真っ直ぐに見つめてきたグラス越しの瞳。





『そう。俺の・・・に、なってはくれないだろうか?』










駅前に立ち、次々と到着するバスを待っている。
一台のバスが目の前に止まり、流れ出てくる乗客の中・・・人目を引く長身の人。



「おはよう。待たせたか?」
「おはようございます。いいえ。私も、さっき着いたところです。」


「ならいい。行こうか?」



肩にかけたテニスバッグを反対側の肩にかけなおし、私の横に並んでくれる。
本当はもっと早く歩くのだろうに、黙って歩調をあわせてくれている。



。名前で・・・と呼んでもいいだろうか?」



前を向いたまま、ほんの少し照れたように聞く横顔。
昨日から、私の知らなかった手塚部長の表情をいくつも見てきた。


くすぐったいような、信じられない現実。


顔が赤らむのを感じながら頷けば、彼を取り巻く空気も柔らかくなった。



。誕生日おめでとう」



そう言って、後頭部をポンポンと叩かれた。
ああ・・・シアワセ。
昨日のショックが嘘みたい。



お互いにドギマギして会話も続かない。
ただ肩を並べて歩いているだけ。なのに、心はあったかい。



「おっ、おふたりさん!やっと、まとまったにゃっ!」
「エージ。あんまり近付くと手塚が妬くからダメだよ。」


「不二っ!」



後ろから追いついてきた二人がニコニコしながら、私たちを追い抜いていく。



「僕達からの誕生日プレゼント。気に入ってくれた?
 ちょっと愛想がなくて、表情も性格も硬いんだけど。よろしくね!」



やっぱり微笑んでる不二先輩がさらっと言って背を向けて行った。


今頃わかった。
先輩達が私にくれた誕生日プレゼント。


それは。隣で、溜息と一緒に微笑んだ人。


手塚国光という、最高のプレゼントだったんだと。





















「最高のプレゼント」

2005.05.25 

私には忍足くんをくれませんか?

ありがとう、かやちゃん!いただきます!<(_ _)>





















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