雨が降り出している。
早く帰ったほうがいい。こんな仕事は家でも出来る。
分かっているのに意地になっている私。


黙々と文化祭の予算申請の書類をまとめている一人の生徒会室。
帰れない理由は、もう一つある。
少し泣いてしまったからだ。










気持ちを聞かせて










それは放課後の事。
会長である手塚クンが部活前に生徒会室に顔を出した。
文化祭も近くなって準備に追われている生徒会の仕事をするためだ。


全国区のテニス部を率いながら、且つ生徒会長も務めている。
それでいて成績もトップクラス。
端正な顔にバランスの取れた長身の体。
神様は幾つの才能を彼に与えたのだろう・・・と溜息をついてしまうような彼。


短時間に積み上げられた書類に目を通すと、幾つか指示を出して後は自分が処理するとカバンに納めようとした手塚クン。
副会長の鈴木さんが、さっと手塚クンの肘に触れた。



「手塚君、テニスの方もあって大変でしょう?それは、私がやっておくわ。」
「いや、予算は俺が目を通したい。」


「それはそうだけど。全てが出来てから最後に目を通してくれればいいわ。とにかく私がやっておくから。
 テニスの試合も近いんでしょう?そっちに集中して?私・・・応援してるのよ。」



彼女は綺麗な笑顔を浮かべて手塚クンを見上げる。
ああ、お似合いの二人だな。そう思ってしまったら、もう顔をあげることができなかった。



「あの、私・・コピーに行ってくるね?」



傍にいた、もうひとりの書記に小声で囁くと生徒会室を出る。
とてもじゃないけれど、手塚クンと彼女の姿を見続ける気力がなかった。



職員室から戻ってきたら既に手塚クンは部活に行った後。
頭の回転が速い彼女は素早く書類を整理すると、一覧表にまとめるようにと書記の私たちに仕事が回ってきた。
その仕事の早さに感嘆しながら、与えられた仕事を黙々とこなすのが私だ。


こんな仕事でも手塚クンの助けになるのなら。
そう思えば苦にならない。



「ねぇ、ねぇ。やっぱり、会長と副会長って相思相愛なのかな?」
「・・・さぁ」



データをまとめていたら、隣から話しかけられた。
やっぱり、そうなのかな?と、気持ちが沈む。



「でも美男美女だし。最強のカップルだよね?」
「そう・・だね、」


「噂だけどさ。この前、会長に告白したコね『好きな人がいるんですか?』って聞いたんだって。
 そしたら、会長ね・・・」




     好きな人がいる、って答えたんだって。
     きっと鈴木さんのことだよねぇ。




うん、そうか。そうだよね。
お似合いの二人だもの。


何を期待していたのかしら。
平凡で何のとりえもない私が振り向いてもらえるはずないじゃない。


書記だから会えば挨拶ぐらいしてもらえる。
生徒会の事であれば相談もする。
ただ、それだけの事。



もうひとりの書記は塾があるからと帰った。
鈴木さんも雨が降りそうだからと帰った。


そして、私一人が残って・・・少し泣いた。



予算をまとめながら、余白に書かれた手塚クンの文字に泣き笑い。
几帳面な文字に、そっと触れて溜息をつく。
命のない文字なのに。不思議ね、手塚クンの温もりが感じられそうで。



ずっと遠くから見ていたの。
文字が綺麗だからと、なかば強引に立候補させられた書記だった。
でも、手塚クンも会長に立候補しているのを知って、どんなに嬉しかったか。
近くで見ていられるだけでいいと思ったのに。


言葉を交わし、視線を合わせ。
彼の本当の人柄を知るたびに、憧れは本当の恋へと変化していった。


忙しい手塚クンを助けたくて、私も私なりに頑張ってきたつもり。
彼のテニスだって心から応援してる。
鈴木さんみたいな機転はきかないけれど、コツコツとやってきた。
だけど・・・本当に手塚クンの役に立ってるかなんて自信はない。



あ、ここは確認した方がいいな。
この予算は削れるかもしれない。明日、鈴木さんに相談してみよう。
ハンカチで鼻を押さえながら、気づいた所に印をつけていく。



窓を打つ雨の音が段々と激しくなってくる。
遠く雷鳴も聞こえて、嵐みたいになってきた。
生徒会室の時計は、もうすぐ7時を差そうとしている。



他に残っている生徒はいるのかしら?
もうテニス部も引き上げたかな?手塚クンは?





それは突然だった。
一瞬で室内の灯りが落ちた。


嘘!停電?


声にならない短い悲鳴をあげる私。
急いで窓に近付けば青白い稲妻が室内を照らし、次には雷の音がした。
廊下の非常灯がぼんやりと天井近くの窓ガラスに映っているのが見える。


職員室に先生は残っているかしら?
手探りで廊下に出ようと足を踏み出せば、デスクに束ねてあった書類を落としてしまった。


ああ、と。しゃがみこんで、また手探りで書類を拾い集める。
それた台風の影響で局地的な大雨が降るとの予想通り、滝のような雨が窓をうつ中に雷鳴が混じる。


心細くて、怖くて。でも、書類をそのままにして帰ることもできない。
生徒会室の鍵だって締めて出なきゃ。


早くなる鼓動を堪えていた時、部屋中が美しい紫色の光りに包まれた。
あっと思う間もなく、地鳴りと共に落ちた雷。
ビリビリとガラスが震える。


思わず悲鳴をあげると、耳をふさいで体を丸くした。
イヤ、怖いよ。どうしよう!


続く雷鳴と一緒にガラガラと音がする。
同時に「誰かいるか?」と声がした。



「は、はい!」  誰?


「その声・・・か?」
「手塚・・クン?」



また稲妻が光り、生徒会室の入り口に立つ手塚クンの姿が見えた。
彼にも私の姿が見えたらしい。お互いの視線が合うと、手塚クンが私に向かって一歩踏み出したのが見えた。
続いて、また大きな雷の音がして、私は蹲ったままギュッと目を閉じて耐える。
ガツンと私の隣にあるデスクにぶつかる音がして、手塚クンが近くに来たんだと顔をあげた。



「大丈夫か?」
「う・・ん」



暗闇の中から声がする。
やっとのことで返事をした私の肘に何かが触れた。
それは肘から徐々に腕をたどって肩に上がってきた。



また、光る。
その光りに浮かび上がった手塚クンは私の真ん前に膝をついていた。
真っ直ぐ私を見つめる手塚クンのメガネのフレームも青白く光る。



また、雷が落ちて地響きが追う。
ビクッと跳ねた私の肩が思いもしない方向に引き寄せられて体が傾いた。


硬い布の感触と自分以外の温もり。
押し付けられた耳に規則的な鼓動が聞こえた。



「直ぐに治まる。少し我慢してくれ。」



直接胸から聞こえる声に戸惑いながら、コクコクと訳も分からず頷く。
稲妻が光るたびに制服の金ボタンを見つめ、雷鳴が轟くたびに彼の胸に額をつけて震えた。
その度にギュッと力を込めて背中を抱いてくれるから、涙が零れた。



手塚クン、手塚クン、手塚クン。



もう他に何の言葉も、想いも浮かばなかった。
ずっと心の中で彼の名前を呼んで、彼の鼓動に涙が止まらない。



雷鳴の間隔が徐々にあいてきた頃、チカチカと瞬きして明かりが灯った。
ハッとして顔を上げれば、とても近い手塚クンも蛍光灯を見つめていた。


離れなきゃ。



「あ、あの、ありがとう・・」



泣いていた顔を見られないよう俯き加減で手塚クンの胸を押した。
あっさりと離れた手塚クンに頭を下げて立ち上がろうとしたら、先に立った手塚クンの手が私の前に伸びていた。
その手のひらには紺色のハンカチ。
手塚クンを見上げれば、少し困ったように覗き込んでくる瞳。



「すまない、遅くまで仕事をさせてしまって。」
「ち、違うの。家でも出来るのを勝手に私が残ってて、」


「いつも家に持って帰ってまで仕事をしてくれているのは知っている。すまないと・・・思っていた。」
「そんなこと、手塚クンに比べれば・・・」


「いいから、これを使ってくれ。」
「あの・・私・・ハンカチは持ってて、」



泣いた顔を見られるのは恥ずかしくて顔を半分隠しながらキョロキョロすれば、
床に落ちていたチェックのハンカチを手塚クンが拾ってくれた。
軽く埃を払ってはみたものの「これでは駄目だろう?」と、また紺のハンカチを差し出してくれた。
躊躇いながらもハンカチを受け取って頬を拭うと、さっきまで感じていた手塚クンの香りがした。


お互いが黙り込めば、まだ続く雨の音と小さく轟く雷鳴。



「雷が・・・泣くほどキライなのか?」



訊ねられて、コクっと頷く。
雷も苦手だけれど、涙はそんな意味じゃない。



「そうか。もう少し早くに上がってくればよかった。
 この部屋に明かりがついてるのに気づいて、直ぐに上がってはきたのだが。」



手塚クンの言葉で分かってしまった。
彼は鈴木さんが残っていると思ったのではないだろうか?だから心配で様子を見に来たんだろう。
なのに居たのは私。


優しいから・・・怯えてる私を放ってはおけなかったんだ。
手塚クンらしい。



「彼女なら、5時半くらいに帰ったよ?」
「彼女?誰のことだ?」


「鈴木さん、」
「鈴木?それが、どうした?」


「どうしたって・・・鈴木さんを迎えにきたんじゃなかったの?」
「何故、俺が鈴木を?」


「何故、って」
「明かりがついているのを見た時、残っているとしたらだろうと思ったのだが。」



驚いた。私が残ってると思って上がってきてくれたの?
驚きが、そのまま表情に出ていたのだろう。


手塚クンは小さく溜息をつくと「やはり、分かってなかったのだな」と呟いた。



「前々から言おうと思っていたのだが、」



彼は少し咳払いをしてから話し始めた。
窓ガラスを背にして立っている手塚クンの後ろでは木々が揺れ、空が明るくフラッシュしている。


私は茫然と手塚クンの声を背景と共に見て聞いていた。



が、どんな仕事も嫌がらず真面目に取り組んでくれている事に感謝している。
 つまらぬ雑用も多いのに、何も言わずに目立たず片付けてくれている事も知っていた。
 ただ・・・頑張りすぎているのが心配だったんだが、つい言いそびれていた。」



手塚クン、ちゃんと見ててくれたんだ。
そして評価もしてくれてたんだ。
なんだか胸がいっぱいになって、ゆるんだ涙腺が刺激される。



「ありがとう・・・嬉しい。」


「礼を言うのは、こっちだ。
 もう一つ、言っておきたいことがある。
 何か誤解があるようだが・・・鈴木とは何もないし、何とも思ったことはない。


 俺は・・・俺が見てきたのは、。お前なんだ。」










後で手塚クンが笑って話してくれた。





     あの時の、お前の顔。
     今思い出しても可笑しくてな。


     瞳にいっぱい涙を溜めて。鼻の頭は赤くて。
     そんなお前が瞬きもしないで、俺を見つめていた。


     可笑しかったけれど、可愛らしくて。
     やっぱり、好きだと思った。





。良かったら、お前の気持ちを聞かせて欲しい。」



息をするのも忘れてる私に手塚クンは緊張した面持ちで聞いてきたのよ。
だから、私はまた泣いてしまったの。


そして言った。



「私は・・・手塚クンが・・すき、です」と。



手塚クンは大きく息を吐くと、メガネを押し上げてから言った。



「よかった。
 停電に紛れて、つい抱きしめてしまったから・・・気が気じゃなかった。」










あれは二年前の秋の出来事。
今も隣に居る人は、窓の外の激しい雷雨を眺めながら呟く。



「もうしばらくは帰れないな。」
「すごい、雨ね。あ、見て。光った。1.2.3.」



三つ数えないうちに大きな雷鳴が響いて肩をすくめる。
私の様子に瞳を細めた手塚クンが黙って両手を広げてくれた。
いつもの仕草に、私も黙って彼の胸に頬を寄せる。
あの日と変わらない大きな胸と温もり、そして鼓動に包まれて目を閉じた。



「ねぇ。」
「ん?」


「手塚クンの気持ちを聞かせて?あの頃と変わってない?」
「いや・・変わった。」



変わらないと答えて欲しかった私が顔を上げると、フッと手塚クンが微笑んだ。
大きな手が頬を包んできて、唇が寄せられる。
私の唇に重なる瞬間に囁かれた吐息に体の力が抜けた。





     あの頃より・・・もっと好きになった。





雷は、もう怖くない。




















「気持ちを聞かせて」  

2006.06.07  

皆さんのリクを盛り込みすぎた・・・



















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