新年記念 『願い事』












ちゃん、これお願いね」



おばさんに渡された大皿を手に居間へと向かう。
居間には酒を酌み交わす父とおじさん、そして・・・もう一人。



「手伝おうか」



テレビを見ていた精市クンが席を立ち、私の持つ大皿に手を伸ばす。
小さい頃から見てきた彼なのに、その整った顔が近付いてくると焦ってしまう近頃の私。
大丈夫、大丈夫とお愛想笑いを作ると、皿を置いて台所に逃げ込んだ。


幸村ファンのコたちが知ったら袋だたきにされそう。
そんな物騒な事を思いつつ、台所に精市クンのおばさんと母が並ぶのを見つめた。


我が家と幸村家はお隣さん同士。
引っ越してきたのが同じ時期だったのと子供の年齢が近かったことから、母親同士が仲良くなって既に十年以上。
今では家族ぐるみの付き合いで、親戚よりも密に行き来している。


今年も大晦日から飲み始めた父親たちに付き合って、私たちは幸村家に集まっていた。
これも年末にはどちらかの家に集まって鍋をする・・・というのが恒例になっているからだ。


精市クンの妹とウチの妹は二階の子供部屋に引っこんでゲームでもしいるらしい。
残った私は母たちの手伝いをしながら、精市クンとはできるだけ接触しないように努力している。


だって・・・精市クンは特別な人になっちゃったんだもの。


小学生のころからテニスは強かった。
強かったけど体は細かったし、見た目も女のコみたいに可愛くて普通の子だったと思う。
それがいつの間にか巷に名を轟かせるようになり、気付けば『立海に幸村あり』になっていた。
中学生の時には既に追っかけが存在するほどの人気者となり、実力だって全国ナンバーワン。
平凡に暮らしている私なんかが想像できないほどの『凄い人』になってしまった。


途中で病気したり、そのせいで優勝を逃したこともあったけど
だからといって人気が衰えることもなく、また精市クンは高校で名をあげた。



「また精市クン、優勝したんですって?このままプロに進むの?」
「さぁ、ちゃんと聞いたことはないけど」


「うらやましいわぁ。今のうちにサイン貰っとこうかしら」
「サインって。あのコ、普通に名前書くしかできないわよ?」


「いいわよ、その方が。あとで高く売れそう」
「やだ。売る気なの?」



おばさんとお母さんが楽しげに話している。
私はダイニングテーブルに腰をかけ、そうなんだよねと溜息をついた。


今をトキメク彼とは幼馴染。
それは嬉しいような、悲しいような存在だ。


お隣さんなんかじゃなかったら、きっと私も幸村ファンになってただろうなぁ。
だって精市クン、めちゃくちゃカッコイイんだもの。


いつも私は『幸村精市』という存在に関心のないフリをしている。
幼馴染だなんて知れた日には学校中の女子を敵にまわしそうだし、無理なお願いをされても困る。
だから極力関わらないように努力しているんだ。


小学校からの親友たちは精市クンとの事を知っていても口にはしない。
中学に上がったばかりの頃に、精市クンのことでイジメにあってしまった私のことを知っているからだ。


お母さんたちのお喋りをBGMにぼんやりしていると肩を叩かれた。
なんにも考えずに振り返り、ほっぺに人差し指をつかれて目を丸くする。



「ひっかかった。相変わらず隙だらけだね」



カッコよくて、特別で、凄い人なのに、これか。
今どきの小学生でもしないような悪戯をして嬉しそうに笑っている精市クンがいた。
頬が熱くなりそうで慌てて誤魔化す。



「そんなことしてる場合じゃないよ。金儲け目当ての主婦にサインを書かされるかも」
「なに?サインって、誰の」


「精市クン。プロになったら売るらしいよ」
「へぇ。先を見通した商売だね」



精市クンが楽しげに答えた。
だけど私の鼓動は僅かに波立つ。


やっぱりプロを目指すんだ。
最近は野球にしても、ゴルフにしても、十代から活躍する選手が多い。
彼らは連日のようにテレビや新聞に顔を出し、日本中の人から応援と喝采を浴びている。
その一人に精市クンもなるかもしれない。



「ますます・・遠くなっちゃうね」
「ん?」



つい呟いてしまった言葉は幸いなことに聞こえなかったらしい。
私は笑みを浮かべ「私にも頂戴よ。貯金にするから」と茶化した。





除夜の鐘が鳴り始めた。


妹たちは既に寝てしまい、赤ら顔のお父さんたちはご機嫌で酒盛りを続けている。
酒のツマミを出し続けていた母たちも呆れ顔で、もう腰を下ろしたまま動かない。
ひとり台所で洗い物を引き受けた私は、お皿を拭き終えようとしていた。



「ねぇ」



突然、背中から声をかけられて飛び上がりそうになった。
振り返れば、人を驚かせておいて笑っている精市クンがいる。



「心臓が止まるかと思ったじゃない」
「ゴメン、ゴメン。それより、もう終わる?」


「・・・・終わるけど」
「そっ。じゃ、行こうか」


「どこへ?」



私の問いかけに精市クンが綺麗な笑みを浮かべた。





頬を冷たい風が撫でていく。
睫毛まで凍りそうな深夜の神社に長蛇の参拝客が並んでいた。



「お賽銭が借金じゃ効果が薄そうだよね」
「お参りに行こうって自分が言い出したのに財布を持ってこないなんて信じられない」


「ちょっと他のことに頭がいってたもんだから」



何に頭がいってんだか。
突然に初詣に行こうと言いだし、寒いから嫌だと断った私を引きずってきたくせに財布も持たずに来たとは。
まぁ文句を言い続けられたおかげで、共に歩く気まずさは紛れたけれど。



「真田君を誘えばよかったのに」
「駄目、駄目。真田は常に夜の十時には寝る男だから」


「まさか」
「そして起床は常に五時だ。新年は余裕で初日の出を拝めるよ」



本当なのか冗談なのか分からないような会話を交わしつつ、私たちは亀の歩みで拝殿に向かう。



「あ、待って」



人波の向こう、視界を掠めた姿に足を止めて身を縮めた。
精市クンの背に隠れるようにして俯くと、確かめるように上目づかいで瞳を凝らす。



「なんだ、違った」
「なに?」



安堵して体の力を抜いた私に精市クンが首をかたむける。



「知ってる人に会うと不味いなぁと思って」



精市クンと深夜に並んで歩いてたなんて知られたら大変なことになる。
だから嫌だったのにと内心で呟きながらポケットに突っこんでいた手を擦り合わせた。



「不味いかな」
「不味いでしょ」


「俺は不味くないけど」
「私は不味いの」



白い息を手に吹きかけても温もりは一瞬だ。
新年に間に合わないよと急かされて出てきたから手袋を忘れてしまった。
財布は忘れても手袋は忘れなかった精市クンが、ちょっと憎らしい。



「手袋貸そうか?」
「いい。ポケットの中に入れとけば、あったかいし」



拝殿が近付いてきて灯りが眩しくなってきた。
チャリン、チャリンと小銭の音も響いてくる。



「あのさ」
「うん」


「俺、神様にお願い事するから」



当たり前なことを精市クンが拝殿の奥を見つめながら言う。
瞳に映る参道脇の灯りがオレンジ色に輝いて綺麗だ。



「でもさ、お賽銭は借金だし。俺のは聞いてもらえないかもしれない」
「ええ?」


「もしも神様に聞いてもらえなかったら、その時はが願いを叶えてよ」


「どうしてそうなるの?お賽銭のお金ぐらいあげるよ」
「ううん。に叶えて欲しいから」


「そんな・・私に叶えられるようなことなの?」
「まずは神様にお願いしてからね」



聞く耳持ちませんの精市クンは笑顔のままで歩を進める。
段々と迫ってくる拝殿を前に『願い事って何』と私は焦るのだけど、精市クンは何も答えなかった。


お賽銭箱の前まできて複雑な心持ちの私と真面目な顔で手袋をはずす精市クン。
私から借りた百円玉を投げるとパンパンと手をたたいた。
遅れないように私もお賽銭を投げて手をたたく。



えっと、新年が・・・



「神様、お願いします」



隣から聞こえてきた声に、自分の願い事を忘れて振りむく。
願い事を声に出して言い始めるとは冗談にも考えていなかった。
だけど精市クンは大真面目に目を閉じて手を合わている。


精市クンの形の良い唇が開き、白い息が続きの願い事を語った。



「隣にいる人がずっと俺の傍にいてくれますように」



動けなかった。
私も手を合わせたまま、賽銭箱の前で呆然と立ち尽くす。
拝殿に向かって丁寧に頭を下げた精市クンが瞼を開き、ゆっくりと私に向いた。



「神様、叶えてくれるかな?」



悪戯っぽく笑った精市クンの耳が赤い。
きっと私は耳だけじゃなく赤いと思うけど。



「駄目なら、が叶えるんだよ」



そう言って、手袋のない手で私の手を取り拝殿の前から退く。
そのまま握った手を無造作に自分のポケットに突っ込んだ精市クンは私の顔を見ずに歩きだした。
ぎゅっと力を込めて握られた手が温かい。



「どうしよう。びっくりして、お願い事が途中だったのに」



小さく呟くと精市クンが前を向いたままで答えた。



の願い事は俺が叶えるから」



新年が良い年でありますように。
もう叶えてしまったらしい精市クンの横顔を見上げたら、その向こうに新年を知らせる花火が上がった。
港からも新年を祝う汽笛が響いてくる。



「あけましておめでとう。これからもよろしく」
「おめでとう。えっと・・・こちらこそ」



歓声と打ち上がる花火の音にかき消されそうになりながら答えれば、
これ以上ないほど綺麗に微笑む精市クンが私を見つめていた。





精市クンの願い、私に叶えられるかな。
叶えるには色々なものに負けないよう頑張らなくちゃいけない。



だから、ね。
あなたもずっと私の傍にいて。



そしたらきっと願いは叶えられると思うから。




















2010年 新年記念 『願い事』

リクの多かった真面目な幸村で。




















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