私の恋人は世界的な有名人だ。
彼は実力のあるプロテニスプレイヤーであり、非常に若い女性からも人気がある。
が、愛想はない。
顔は整っているが、いつも世の中には楽しいことなんて一つもないみたいな表情をしている。
呆れると片眉が3ミリ上がるとか、腹が立つと口元が締まるとか、困ると眉間の皺が増えるとか、変化は些細なものだ。
声は通って、とてもステキなんだけど・・・必要なこと以外はしゃべらないから面白くない。
やや硬質な声は冷たく聞こえ、端的な答えはインタビュアを困惑させる。
世界的に『愛想が無くて付き合いにくい男』そう思われている私の恋人。
手塚国光・・・その人だ。
「誓い」〜番外編〜 『A sweet lover』
手塚国光の朝は早い。
夜明けと共に起きて、ランニングをするからだ。
護衛もつけずに走るので、そのうち追いはぎにあったり、誘拐されるのではないかと密かに心配している。
私はそんな早朝から起きてランニングに付き合う義理も体力も無いので寝てる。
彼がベッドを抜け出す気配さえ気づかずに爆睡しているのが常だ。
それでも彼が帰ってくる頃には起きて、のろのろと朝食の支度を始める。
彼はアメリカで何年も暮らし続けているのに関らず、思いっきり和食党だ。
それも土鍋で炊いたご飯しか食べない贅沢ものになってしまった。
何回か鍋でご飯を炊いてあげたら、もう他のご飯は食べられないとか言って炊飯器を買ってくれない。
代わりに買ってくれたのが、もっとご飯が美味しく炊けると仕入れてきた土鍋だった。
土鍋でご飯を炊きつつ、お味噌汁やら、厚焼き玉子を焼く。
美味しそうなお米の匂いが台所に満ちる頃、一汗かいた彼が戻ってくる。
彼の帰宅を私より先に気づくのは同居しているネコくん。
光は気配を感じるとすぐに玄関へと走っていく。
手の離せない私はお出迎えを光にまかせて、食卓のセッティング。
靴音がして・・・
「ただいま」
「お帰りなさい」
片手に新聞、もう片手にネコを抱いたジャージ姿の手塚国光が立っている。
毎朝の事だがなんだか笑える姿なのに微笑んで、台所にご飯の蒸れ具合を見に入る。
と、後ろから近づいてくる熱気。
走ってきた後の彼の体温は高いから、近づいてくるだけで熱を感じる。
つまみ食いは駄目よと叱る前に、後ろから伸びてきた手に顎をすくわれて強引に頭を持っていかれたら・・・キスが落ちてきた。
軽く重ねて。呆れる私の目を見て、更に二度三度と軽く啄ばむようにキスをする。
トンと彼の胸をつけば、やっと離れてくれた。
「もうっ、さっさとシャワー浴びてきて!」
「朝の挨拶だ」
「ご飯が冷める!」
「・・・急ごう」
彼は足元にじゃれつく光を避けつつ、シャワーに向かった。
手塚国光はあんな顔をしてキスが好きなのだ。
あんな顔とは?顔とは何の関係もないだろう?と怪訝な顔をして聞くけれど、
ストイックでテニスの事以外は関心なく、恋愛なんか目にも入らないような堅物のふうで実際は違うのだ。
『愛している』ベッドで囁かれた時には眩暈がした。こ、この人は何者?と思った。
大事な試合の前は必ず私を抱きしめて、キスをして、愛してると囁く。
どうも、それが彼なりの自己暗示というか、ゲンかつぎらしい。
が、それをどこでもする。
この前は隣にキムラさんがいて、目玉が落ちそうなほどビックリしていた。
ニコリともしない超真面目な顔で『愛してる』と毎回告げられては、対応する私のほうが困ってしまう。
が、彼は私の反応など期待していないのか、言うだけで満足するのか、私にまで『愛している』を言えと強要しないのが救いだ。
そんなことを義務付けられたら、その日のうちに私は荷物をまとめて帰国するだろう。
二人で向かい合って食事をして。
無口で話題も少ない彼は黙々と食べて。私が一人で喋って。
面白いのか何か分からないような朝食を終える。
ソファーで日本茶を片手にテレビのニュースと新聞、両方を器用に見ている彼を横目に食卓を片付ける。
「、」
「何?」
「お前の主治医が新聞に載っている」
「え?なに、手術でヘマした?」
「違う!新しい術式を成功させたらしい。」
こっちで私の難しい手術を成功させてくれた先生はとても優秀な人らしい。
彼の隣に腰をおろし横から新聞を覗き込めば、さっと肩を抱き寄せられた。
「ここだ」と、記事を見せられても難しい英語は分からない。会話と活字は違うんだから。
えっと・・と、分かる単語を繋ぎ合わせながら読んでいたら、肩を抱き寄せる彼が耳元で内容を読み始めた。
親切心なんだろうけど、その良い声を耳元に流し込まれても恥ずかしいばかりで内容が頭に入らない。
「ちょっ、国ちゃん!耳元に息を吹きかけないで、フツーに読んでよ!」
「なんだ。それじゃあ、つまらないだろう。」
そう言って少し口元を緩めると、とっても意地悪な顔。
「私で遊んでるんでしょう!」
「ああ。可愛いから、遊びたくなるんだ。」
とうとう笑いだしながら、がっしりと体を拘束したうえに耳元に唇を寄せてくる人。
「ヤダっ」
「嫌だ嫌だは好きのうちだと、キムラが言っていた。」
「そんなことないっ」
ムキになって暴れても、キス魔の彼に唇を捕まえられたら・・・もうゲームオーバー。
世の人は知らない。みんな、騙されてる。
私だって、彼を恋人にするまで知らなかった。
「、薬だ。ほら、」
これ以上ないというほど不機嫌な私の口に錠剤を持ってくる。
大雑把な私では飲み忘れが心配だと、薬の管理を勝手に始めた彼の日課。
嫌々ながら口を開けば、幾つかの粒が彼の指から放り込まれる。
目の前で、水を口に含むのは彼。
何故、私じゃないかって?
水を口に含んだ彼。目がとっても嬉しそうに見えるのは錯覚じゃない。
顎を持ち上げられ観念して目を閉じる。
重ねられる唇と流れ込んでくる水を受け止めるために。
私の恋人。
彼はストイックなテニスプレーヤーだと言われてる。
でも、私にとっては
世界で一番、甘い恋人なの。
誓い 番外編 A sweet lover
2006.04.09
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