Sweet rain  〜「遣らずの雨」番外編〜










雨に濡れた傘を玄関に立てかけて部屋に入ると仁王が昼寝をしていた。
私のいない間にやって来て合鍵をテーブルの上に投げ出したまま、ゴロリと床に寝転んでいる。


玄関に靴があった時点で仁王が来ているという事は知っていたけれど、
こうも無防備に彼が寝ているとは思っていなかったから驚いた。


枕代わりのクッションにトレードマークの後ろ髪が流れて広がっているのが奇麗だ。
ブルーのゴムは外されて手首に通されていた。


寝顔は何度も見た事があるけれど、あの頃は違う関係だったから。
見つめる私には刹那があったし、仁王も苦しんでいたから表情が違っていた。
今、目の前で寝息をたてている仁王は幼い子供みたいに無邪気な寝顔をさらしている。


買い物してきた荷物を音を立てないよう台所に置き、そうっと近づいて頭もとに膝を突いた。
しばらく穏やかな寝顔を見つめて、細かな顔のつくりをマジマジと観察する。


勝気な瞳が閉じられると、とても優しい顔になるのね。
なんだか、とても愛しく思えて勝手に手が伸びた。
手にひらに包むようにして触れた頬。
沁みてくるような温かさに心が満たされていくのを感じる。


疲れているのだろうか?
身動きひとつしない事をいいことに、手に触れていた頬に唇を寄せてキスを一つした。



ナイショのキス。



自分のしたことが恥ずかしくなって、顔が熱くなるのを感じながら身を起こそうとした。
けれど突然に頭を押さえ込まれ、状況を考える間もなく重ねられたのは少し乾いた唇。



「これぐらいは、して欲しかったの」



解放されて見下ろした先には、悪戯っぽい笑顔を浮かべた仁王がバッチリと目をあけていた。
本気で顔が赤くなる。騙された!と頭の中でぐるぐる回っているのだけど、恥ずかしくて目が見られない。
すぐに台所へ逃げようと腰を浮かしたら、
これもまた肘を掴まれて素早く起き上がった仁王に背中からシッカリと抱きしめられてしまった。



「か、買い物してきたものを冷蔵庫に入れなきゃ、」
「ちょっとぐらい平気じゃ。」


「生ものが入ってるし」
、耳が赤いぞ。首まで染まっちょる。」



囁くように言って、ワザと音を立てて首筋にキスを落としてくる。
本当に悪趣味。ここ最近、こうやって私をからかって遊んでるんだから。



「本当に、駄目。離して?」
「いやじゃ。俺を独りにしたじゃろ?その分を補給させてもらわんとな。」


「連絡くれてれば待ってたのに。」
「連絡なしでも、いつでも俺を待ってて欲しいんじゃ。」


「我儘。私にも生活があるの。」
「そんな俺が好きなんじゃろ?諦めんしゃい。」



強気な言葉とは裏腹に、手当たりしだい子犬のように甘噛みしてくる。
くすぐったさに困っていたら、ふと斜め前に置かれた鏡が目に入った。
鏡は幸せそうに唇を寄せて私に甘える仁王を映している。



恥ずかしいやら、幸せやら、嬉しいやら。
何もかもが、ごちゃ混ぜになって益々顔に血が昇ってきて焦ってしまう。



「仁王」
「ん?」


「は、恥ずかしいの。せめて・・・前から抱きしめて。」
「はあ?いや、待て。動くな。それは、俺が恥ずかしい。」


「どうして?」



後ろで、ぐっと言葉に詰まる仁王。
鏡には少し赤くなった顔で視線を逸らし思案している彼がいた。


あ、と気がついた。



「仁王・・・ひょっとして照れるから?だから、顔を見られない背中からが好きなの?」



ハッとして顔を上げた仁王。そこで初めて鏡越しに目があった。
音が聞こえそうなくらい一瞬で赤くなった仁王が勢い良く立ち上がって、私を乗り越え鏡をバタンと伏せる。
鏡を伏せたまま下を向いた仁王が絞り出すような声で呟いた。



、人が悪いぜよ。今、寿命が数年は縮まった気がする。」
「だから私も恥ずかしくて困ってたの。」


「で、前から抱きしめてくれということか。」
「そう。それだって、恥ずかしい。」


「全くじゃ。お前を好きじゃと意識してからは、どうも照れてしまう。それでいて、触れたくてたまらんのじゃから参っちょる。
 あ〜、じゃが。俺のデレデレした間抜け面を鏡で観察されていたとは・・・一生の不覚じゃ。トラウマになりそうじゃな。」


「馬鹿。」



簡単に抱き合っていた私たちなのに、気持ちを伴ってからは同じ行為も意味を持つ。
ほんの少しの触れ合いも、何気ない会話も。
すべてが恋人同士のものになっていくのが、たまらなく幸せでくすぐったい。


変わっていく私たち。
それは、甘く。優しく。柔らかく。





ガリガリと頭をかいた仁王が大きく溜息をつくと私を見た。
意を決したように私の真ん前に跪き、両手で頬を包んでくる。


なに?と頑張って目を逸らさずに問えば。



「今日は雨じゃから引き止めてくれんかの?
 一晩中お前さんを腕に抱いて顔を見て過ごしたら、さすがに照れるのにも慣れると思うんじゃが・・・どう思う?」



ああ、そういえば。雨は明日の朝まで降り続くと予報が言っていた。
そういうことならば、仕方がないだろう。
二人とも、この恥ずかしい状態に慣れるのも大切だわ。



そう、言い訳して目を閉じれば。
甘い吐息と一緒に唇が重ねられた。



「好いとうよ、。」



静かな部屋には、恋人の囁きと雨の音。




















「Sweet rain」 

2006.01.02 

沙羅のリク 遣らずの雨その後




















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