2003年9月末 レクリエーション的なノリで体育館を借りてフットサルっぽく
やってみる。当時は女性メンバーも在籍。
10月 INFINITYとの練習試合を企画、職場同僚
でチームを結成し試合に臨む→フルボッコされてかなりヘコむ。
が翌日には立ち直り、以降週一のペースで、
小千谷市民体育館をホームとして練習をするようになる。
INFINITYと合同練習開始。
2004年3月14日 十日町庭スポ杯で初の公式大会出場。初戦の相手はFC拓越(十日町)。
筆おろし戦のココでも0−9のフルボコ敗戦。
2試合目の大嶋スタンド戦は1−2で惜敗。
メモリアルな初得点を、当時は助っ人だった佐々木さん(INFINITY)が
決めちゃった、ビミョーな出来事が。
また、大会出場に合わせて記念すべき1stユニホームを製作。
「ボンバーマン」で勝ったヤツがデザインを決めるという、アバウトなノリ
でスピード制作。決定権ゲットしたのはfire.6。
4月 17日、初の自主大会“SANYOカップ”開催。記念すべき第1回大会の
優勝は船岡FC。fireは4チーム中3位。翌18日、十日町総合体育館にて
カミューラ、十日町市役所との合同練習試合。3勝1敗1分で乗り切る。
24日、小千谷西高サッカー部、INFINITYとの合同練習試合。現役高校生のヤングパワー
の吸収を目的としたのこの企画だったが、想定外の美女軍団(マネージャー13人!)観戦により、
メンバーから大好評のイベントとなる♀(2勝1分)
5月 6日、蒼丘の杜体育館にてAS Registaら3チームでの練習試合。Registaさんからもフルボ食らい、
惨憺たる内容に川ちゃん猛ギレ。某メンバーが半ベソ状態に。
29日、第2回SANYOカップ開催。優勝は1976十日町。fireは5チーム中3位。
1976十日町にもフルボ食らう。また、このころチーム名がfire works(=花火職人)に正式決定。
それまではFCベギラゴン、FCヘルシー等流動的。
7月10日 5チーム参加による、第3回SANYOカップにて記念すべき初優勝!打ち上げでは飲んだり吐いたりケンカしたり
なぜかカレーを食ったりの、狂乱の宴となる。また、待望の2ndユニホームが登場。オレンヂ軍団に変身。
8月22日 図に乗って迎えた第4回SANYOカップで参加6チーム中、5戦全敗の断トツ最下位仏恥義理。
優勝はINFINITY。
9月 第5回SANYOカップ開催。優勝はカミューラ。fire works4チーム中3位。
10月 第6回SANYOカップ。優勝INFINITY。fireは4チーム中2位。
23日の中越大震災により、フットサル活動停止と小千谷市民体育館使用停止、さらにメンバー勤務の会社より
“自宅待機”を余儀なくされ、ニートのような精神状態に陥る。fire
works史上最大の危機。
そんな中11月某日、下田村「いい湯ら亭」にてHOT POTら4チームにて合同練習試合。
3戦全敗。しかし地震後初のフットサルと、試合後の温泉入浴、
下田村の秋の紅葉を満喫。HOTPOTさんステキなお誘い本当にありがとうございました。
12月 会社の都合により、メンバー数名が群馬へレンタル移籍(=出向)。先の見えないと不安の中、
2004年を終える。
炎の2003〜2004 結成から震災まで